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  作者: のぶを
4/4

捜査会議

 新浦安署に設置された捜査本部は、十五名余りの刑事達の熱気が充満していた。

 川島の連絡を受けて、捜査会議の開始は遅れていた。

 

 この一時間の間に、事件が大きく動いていた。

 被害者と思われていた千頭かおるは、駅近くのコンビニエンスストアで錯乱と思えるほどの状態で発見された。

 その奇行から千頭かおるは拘留されたが、今までのところ会話と言える会話は全くできていない。地べたに座り込み、壁に向かってまるで読経するかのように、独り言を言い続けている状態が続いている。

 絵は、マジックミラー越しに千頭かおるを見ていたが、結局、直接尋問することはなく

「もう少ししたら落ち着くわね、それまで待つしかないわね。

 担当刑事に部屋から出るように指示してね。それから、誰でもいいから一人になった彼女をこの部屋から観察し続けるように。お願いしますね」

 と言い残し、取調室の隣室を出て行った。


 そして、川島からの連絡である。

 二度の電話を受け、新浦安駅で発見した負傷者が千頭かおるの実父、千頭一義であると思われること。

 また、その体に『5』と言う数字が刻まれていたこと、などの報告を受けた。

 川島自身は、今捜査本部に向かっている為まだ詳細は報告されていない。

 しかし、同じ地域で、体に数字を刻まれた人間が発見されたことは、この二つの事件に関連がある事は間違いないと思われた。

 絵は、千頭かおるが発見された事以上に、二つ目の事件に興味を持った様子で、捜査会議の開始を川島が戻るまで遅らせる事を決めた。

 内田は、捜査本部に戻り静まり返ってはいるが、どこか熱気を帯びている刑事達の中に身をおいた。

 しばらくして、捜査本部に新浦安署の田所が大きな背中を丸めながら入り、ひな壇の絵に歩み寄る。

「川島係長が、先程到着されました。私のワイシャツを、渡しておきましたので着替えてからこちらに来るように伝えてあります」

 絵は「LOVERY!」と答え、田所に着席を促した。

 

「日下部管理官、遅れまして大変申し訳ありません」

 少し大きめの真っ白なワイシャツ姿で、絵に軽く頭を下げて川島が捜査本部に入ってくる。スラックスのすその部分には、おそらく血が乾いたであろう黒色の斑模様が染み付いている。左手には半分以上が、真っ黒に染まったジャケットを持ったまま、捜査本部にいる刑事達にも軽く一礼をした。

 絵の隣の席に一旦座り、一言二言、絵と耳元で会話をした後、もう一度勢い良く立ち上がり、ひな壇から刑事全員を見渡した。

「遅れて申し訳ない。

 十月四日、十六時三十分、捜査会議を始める」

 川島が短くも、決意ある表情で捜査会議の開始を告げ、静かに話し出す。

「皆さんも周知とは思うが、事件は複雑化かつ連続性を帯びてきている。初動捜査の停滞や捜査の混乱は絶対に避けなければならない。よって、本日の捜査会議では現在までに判明した事実のみを報告してもらいたい」

 この川島の言葉を皮切りに、各班から事件のあらましが説明されていく。

 当初、千頭かおると思われた死体は、今や身許不明遺体となっている。

 発見現場からは、身許を示すようなものは一切発見されていない。

 その身許不明遺体は、解剖に回され所見が鑑識班から述べられる。

「死因は、胸部を刃渡り十四センチ程の包丁のような刃物で刺されたことによる失血死と考えられます。

 死後経過は、直腸温度等から判断して解剖時から逆算すると22時間前つまり、昨日十月三日、十四時付近と見て間違いないと思われます。

 生前及び死後の性交渉の痕跡は認められません。

 また胃の内容はほとんど空っぽの状態でありました。

 しかし、毒薬物の服用が認められました。毒薬物と申し上げましたのは、その内容物が『リン酸を基本成分に、シンナー成分、ガソリン成分』が含まれており毒物か薬物か現段階では判断いたしかねる状況だからです。食道及び胃内部は軽度ではありますがその毒薬物が要因で、その一部分が溶け出しておりました。

 顔面部でありますが、不思議なことに毒薬物と同成分が多量に検出されております。

 おそらく、濃度量が顔面部は多かったと考えられます。

 これが解けている原因かと……。

 この毒薬物ですが、現在の日本ではその人体に及ぼす危険性から流通はしていないと聞いておりますが、『クロコダイル』と言われるロシアで出回っている麻薬とも成分が一致いたします。

 顔面部は、その溶け出した後、丁寧に刃物のようなものを使い皮膚部分を剥いでいるというのが見解です。

 また胸部の数字についてですが、皮膚状況から生活反応はなく、死後に刻まれたものであると断定できます。

 失血死、また顔面部の状況から多量の血液が出ていると考えられますが、その量の血液反応は部屋から発見されておりません。

 身長は百六十センチ、やや細身です。年齢は三十才前後と推定されます。

 指紋とDNAは犯罪者データとは一致しませんでした。


 次に、部屋内部の不審点は認められませんでした。すべてが、整然としていました。

 ただ、気になる点が一つ……。

 部屋内部の指紋が二つしか発見されていないという点です。

 先程、一つは現在拘留中の千頭かおると一致しました。

 もう一つの指紋は被害者とも犯罪者データとも一致しませんでした。

 これらの点から、被害者は外部から死後、何らかの形で持ち込まれたと考えられます。

 鑑識からの報告は以上です」

 絵は、鑑識からの報告を熱心に聞いている様子であった。メモは一切取っていなかったが、時折うなずく姿勢を見せていた。

  

 次に、新浦安署の田所から聞き込みの報告がされた。

 特に不審人物が発見されたと言う様な報告はないとのことで、都心の生活スタイルなのか千頭かおる自体を知っているという話も皆無の状態であったらしい。

 また、マンション敷地内には合計七台の監視カメラが設置されていたが、そのいずれもにマンション関係者以外の映像は映っていなかったということであった。

 千頭かおるが発見された状況についても報告がされたが、特に新しい報告はなかった。

 

「では、私が」

 と川島自らが最後の報告を始めた。

「どこから報告したら良いのか……。

 私たちは当初被害者と思われていた、千頭かおるの身辺調査から捜査を開始しました。

 千頭かおるは、親が東京・日本橋で営む繊維専門商社『株式会社センドウ』の取締役を務めております。株式会社センドウは、繊維卸売業で年商五百億円強の中堅企業でありながら、同族での経営を貫いている会社でありました。社長は父親の千頭一義、母親の絹代は取締役経理担当、かおるの兄である千頭太一は代表取締役副社長をしております。父親の一義はいわゆる二代目社長であります。

 かおる自身は、取締役であるのと同時に、子会社の婦人服専門店を運営する『サウザンド・クロッシーズ』の代表を務めております。

 まず、ご両親に話を聞きたいと思い所在を確認しましたら、母親の絹代が会社にて対応してくれました。

 会社の経営また家族関係も良好のようでした。

 ただ一点、代表である千頭一義は3ヶ月前より体調を崩し自宅近くの病院にて入院療養中との事でした。

 また自宅は現場の近くにあります、ベイサイドマンション浦安です。補足ですが、両親が最上階の1001号室、息子の太一が901号室に居住しております。この、『ベイサイドマンション浦安』と現場である『浦安シーサイドパレス』は、株式会社センドウ所有のマンションである事が判っております。

 当初、被害者が千頭かおると推測されていた為、母親からの詳細の聴取は明日、新浦安署にて行うこととなりました。

 次に、株式会社センドウと同ビル内にあります『サウザンド・クロッシーズ』の事務所にて取締役の中川祥子に話しを聞くことができました。

 ここで、2点ほど新しい話を聞くことができました。

 まず1点目は、千頭一義と絹代は再婚同士であること。千頭かおるは千頭一義と前妻の間の子供で、千頭太一は絹代の連れ子だという事です。こちらは、既に戸籍等で確認済みです。千頭絹代は、もともと、株式会社センドウで事務員をしており、千頭一義が前妻と離婚後、見初められて再婚したそうです。

 2点目は、千頭かおるは2週間ほど会社には出社していないと言う事でした。約2週間前に、フランスにコレクションの視察に行き、予定では先週帰国後に出社の予定であったそうですが、帰国から1週間たっても出社しない為、兄である太一氏にオフレコで報告したとの事でありました。

 また、『サウザンド・クロッシーズ』の専務取締役でチーフデザイナーの、北村香代子氏もまた、フランスに同行していたそうですが、その後出社していないそうです。

 北村香代子の行方はについては現在鋭意捜査中です」

 

 絵はあいかわらづ、熱心に聞いているそぶりではあったがメモなどを取る気配は一向にない様子だった。


 川島は一呼吸置いて報告を続ける。

「続いて、第2の事件について報告いたします。

 センドウからの帰路に、当該傷害事件に遭遇します。

 現在、傷害事件の被害者は身元確認中ですが、先程、搬送先の慶明堂病院に確認しましたところ『千頭一義』に間違いないようです。

 また、被害者の様態ですが、重症ではありますが命に別状はありません。

 被害状況ですが、目視による確認をしたところ、両腕の手首部分より先がすべて切断されておりました。

 また、被害者の首から名札が下げられており、そこには被害者が認知症を患っているという旨の告知がされておりました。

 こちらも病院に確認したところ、千頭一義であるならば間違いないとの事です。

 詳細は、個人情報の観点から現在は伏せられております。

 そして……。

 被害者の胸部には、第一の被害者同様メッセージが残されておりました。

 

 数字の『5』と……。

 

 こちらにつきましては、被害者及び治療が落ち着き次第、搬送先の慶明堂病院に確認を行いたいと思います。


 現状、状況から判断して、明らかにこの二つの事件が関連性があるというのは、間違いないと思われます。

 現状、確認できている事実は以上です」


 川島の報告が終わると、絵はヌクッと立ち上がり顎に手を当てたままペタペタとひな壇のある長机の前に歩み出た。

「う~ん。良くわからない。誰が容疑者なの?」

 刑事達に問いかけるように話し出す。

「今の時点ではわからないことばかり。

 凶器はどこなの?

 千頭かおるが生きている以上、部屋にいた死体は誰なの?

 一緒にいなくなった、北村さん?それとも第三者?

 どうやって死体は運ばれたの?

 なぜ、認知症のお父さんが手首がない状態で?何か意味があるの?

 そもそも、数字の意味は『4』『5』って何か意味があるの?」

 絵はペタペタと歩き出した

「部屋からは指紋が二つだけ……。

 クロコダイルという麻薬……。

 数字の刻まれた犠牲者……一人は死亡。一人は生存。

 しかも、二人には簡単に付けられるとは思えない痕跡を残している。

 でも、わからないことばかり……」

 絵は顎の下に当てた手を解き、今度は両手で頭を押さえる。

 ペタペタと、長机の前を行ったりきたりしている。

「今後の捜査方針ですが……。

 最優先事項は、第一の事件の被害者の身許割り出し。

 これを中心に、部屋の指紋のもう一人の該当者を探す事。

 クロコダイルの出所を探す事。

 ここから、何かを掴めるかもしれないわね。

 あと、北村香代子さんの行方も優先で調べてね。

 また、周辺の聞き込みも再度徹底して。とにかく、犯人はマンション内もしくはマンション外から死体を現場まで運んでいる。そこも徹底的に調べてほしいの。

 あと、千頭家は少なからず、この事件を解く鍵になりうる。もう一度細かく話しを聞かなくちゃ。内田さん、お兄さんは、もうそろそろこちらに来るわよね?」

「はい。予定は十七時ですから、まもなくかと」

 と、内田は短く答える。

「川島さん、明日はお母様は何時に?」

「約束は午前十時に、しかし、ご主人が病院に運ばれましたので……」

「わかったわ、じゃあ、第二の被害者の容態も気になるから、お兄さんに話を聞いた後、病院に向かいましょ。今日がいい。話を聞くのは今日がいい」

 絵は自分に確認するように、伝える。

 絵は足を止め、頭に当てていた両手を腰にあて刑事達に語りだした。

「皆さん、現時点では被害者不明、容疑者も捜査線上に一人も上がっていない。

 わからないことだらけの状態です。先程の捜査方針を優先し一つ一つ確定事項を積み上げていきましょう。

 犯人が殺人の犯す理由は四つしかない。

 嫉妬、復讐、金、衝動。

 ここに、必ず殺人の理由がある。

 そして、殺人を犯した犯人が被害者を傷つけたにも関わらず生かす理由は二つだけ。

 ためらいか偽装。 

 各人はこれを必ず頭に入れた上で、捜査に当たってください。以上」

 そう言うと、絵は自席に座りなおした。

 川島は、手早く刑事達に捜査の割り振りをして直ぐに捜査に出るように指示をした。

 例によって、内田は絵とコンビを組むことになり捜査本部にて千頭太一の到着を待つことになった。

 川島も、千頭一義と絹代の聴取をする為、そのまま捜査本部にて待機しようと席に腰を下ろしたが、絵から

「駅向こうのショッピングセンターに行って、スーツを新調してきてください」

と言われ、千頭太一の聴取をする間は本部を離れることになった。

 捜査本部を出る川島に、絵は

「あっ、川島さん。経費でいいですからね」

 と、笑顔で伝えた。川島は本当に、本当に小さな声で

「LOVERY!」

 と言って、恥ずかしそうに捜査本部を後にした。



 窓の外を見ると、既に陽が落ち始めていた。

 天気が良かったせいか、窓はみるみる濃いオレンジ色に染まっていく。


 絵と二人で千頭太一の到着を待っていた。

 絵は、川島を送りだした後すぐに携帯電話をいじりはじめ、ずっと下を向いている。

 内田は、時折その携帯を覗いてしまう事があるのだが、大半が英語ばかりの画面で殆どが理解できない。よくこんな画面を見てニヤッとしたり、考え込んだりできるものだと感心してしまう。

 程なくして、捜査本部に設置されている固定電話が内線音を鳴らした。

 内田が受話器を取り

「わかりました」

 と短く答え絵の方を向く。絵に

「千頭太一が来ました。取調室に入っています」

 とだけ伝えた。絵は、携帯を自分のスーツの上着のポケットにしまいながら内田に話し出した。

「まず、千頭太一さんに確認することはアリバイ。

 これは第一の事件について。

 それからお父さんの事件の事をどこまで知っているのかの確認も必要。

 その二点の確認をしっかりしたいの」

「はい」

「最初に、向こうから話をしてくるようなら、十分に聞いて。

 そして、何か質問されるようなことがあったら、必ず質問で返すようにして下さいね。   

 必ずですよ」

「はい」

「わかりましたか?」

「わかりました。管理官」

「じゃあ、最初の五分位は内田さん一人で行きましょ。

 私は遅れて入るから」

 内田は、戸惑いを感じた。今まで、絵とコンビを組むことも多く、多くの尋問や聴取に立ち会ってきたが、こういった場面で対応することなどなかったからだ。一瞬の戸惑いを感じ取ったのか、絵が続ける。

「内田さん、もう一度確認するわね。

 質問には質問で返すこと。

 確定的なことは、一切言わないでね。

 これだけ。

 世間話をしていてもいい。会社のことを聞いてもいい。好きなものを聞いてもいい。とにかく、私が入るまで何かしらの会話を続けてほしいの。大丈夫?」

「勿論です」

 そう答えて、内田は取調室に向かったが、絵の本意は全く分からなかった。


 内田は取調室付近で、制服警官に千頭太一の入っている取調室を聞き部屋へと入った。

そこには、スーツを脱ぎラフな恰好になった千頭太一が座っていた。

 真っ白なTシャツに紺のブレザーを合わせている。

「ご足労頂きましてすみません。千頭さん」 

 内田は優しく語りかけた。同時に千頭太一は席から立ち上がりお辞儀をしながら答える。

「どうも刑事さん。朝はすみませんでした。気分が悪くなってしまいまして。失礼な対応をしてしまったのではないかと気にしていました」

「いえいえ、そんな事ないですよ。問題ありませんよ」

 更に優しく、笑顔で対応をする。また、その千頭太一の気遣いに何か心地の良い印象を受けた。席に座るように手で千頭太一を促す。

「刑事さん。実は今しがた母から電話がありまして、父のことなんですが……。

 事件に巻きこまれたと……。

 何かご存知であれば教えていただきたいんですが?」

「と、いいますと?」

 内田は、絵からの指示を徹底する。

「つい一時間前に入院中の父が、病院外で大怪我をした状態で運ばれたと……。

 何かの事件に巻き込まれたようだと母から連絡があったもんですから、刑事さんであれば何かご存知なのではないかと思いまして」

「そうですか、残念ながら私は詳細を存じ上げておりません。もし必要であれば調べておきましょうか?」

「お願いします」

 とても細い声で答えた。

「でも千頭さん、今日は本当に大変な一日でしたね。

 心中お察しいたします」

「ええ、まだこれから病院にもいかなくてはなりません」

「そうですね、こちらもなるべく早くお話だけお伺いできればと思っています。

 ところで会社のほうはどうでしたか?」

「実は、今日は会社には行ってないんです。妹がやはりああなったことですし、仕事どころでは。会社の方に連絡しましたら、母のところに刑事さんが尋ねてくると言う話もありましたし、私は昼過ぎ迄ゆっくりと休んで、午後からは自宅で溜まった残務をしておりました。私は、会社の副社長をしておりますので、通常業務は社員たちで行えますから」

「流石ですね。大きい会社なんですよね?

 その年齢で、大企業の副社長なんて本当にご立派です」

「いえいえ、僕なんかたいしたことはないんです。

 会社はおかげさまでそこそこの規模でやらせて頂いておりますが、基本的に私は実力というよりも、三代目という看板だけですから。

 何か新しいことは創り出そうと考えてはいますが、歴史ある業界という背景もあり難しいですよね。まだまだです」

 内田は、一貫して謙虚な態度の千頭太一と自分の上司を比較していた。年下の上司でも、千頭太一のようにしっかりとした人格者であればと思いを巡らせる。

 その時、まるで話を聞いてたかのように、絵が入ってきた。

 その姿は、まさにふらっと入ってきたかの様だった。

「どうも、千頭さん。県警の、日下部です」

 絵は、にっこりと微笑んで席に着く。

「日下部さん、朝はすみませんでした」

「いえいえ。千頭さん、申し訳ありません。あまり時間がないものですから、本題に入ってもよろしいですか?」

 絵は、とても急いでいるという口調で聴取を始めた。

「はい、助かります。私も病院に行かなくてはいけないものですから」

「あっ、それそれ。私達もこの後、病院に行かせて頂くんですよ」

 千頭太一はすぐさま聞き返す。

「父の件ですか?」

「やはり、お父様ですか?

 私達も実は詳細を掴みかねていまして、ただ同じ管内で事件が起こったものですから、何か関連があるのかと疑っているような段階で……」

 絵は、食い入るように千頭太一を見つめている。

「……おそらく駅で起こった事件であるならば、私の父で間違いないと思います」

「駅で?そうなんですか、病院に向かう前に確認させましょう。

 何かその駅で起きた事件について、ご存知の事はありますか?」

「いえ、本当につい先程母から電話があったものですから。

 父は入院中のはずなんです。それが何故、と言う気持ちです」

 絵は、視線をそらさずに千頭太一を見つめている。

「そうなんですか。ではでは、少し質問をいいですか?」

 絵は千頭太一の返事を待たずに続ける。

「千頭さんは、かおるさんとは仲が良かったですか?」

 千頭太一は少し考えてから答える。

「う~ん。家族としては仲がよかったと思います。

 実は、かおるとは血縁がないんです。父と母は再婚なものですから。

 かおるとは二才しか年が離れていませんでしたし、家族になる前からの知り合いでもありましたし。仲はよかったと思います」

「じゃあ、フランスに行かれたこともご存知でしたか?」

「はい。当然です」

 絵は、一呼吸置いて話し出す。

「フランスから連絡はありましたか?また帰国後は連絡はありました?」

「フランスからは一度連絡がありました。と言っても、仕事の件ですが。

 帰国後というより、私も仕事で一週間出張に出ていたものですから、連絡は取っておりませんでした」

「出張?どちらへ行かれていたんですか?」

「はい。中国とロシアへ行っておりました」

 絵はほんの一瞬、ニヤッと笑った感じがした。

「そうですか。

 話は変わりますが、かおるさんのお宅には行ったことはありますか?」

「はい」

 千頭太一は、短く答える。

「どれくらいの頻度で訪れていましたか?」

「難しい質問です。引っ越して一年位だと思いますが、引っ越した当初はごく頻繁に行ってました。所謂、雑用なんですが。最近は月に一度くらいでしょうか。

 どちらかというと、私のマンションに実家があることもあって、こちらに来る方が多かったように思いますが」

「最近もいかれました?」

「今日の朝以外は、1ヶ月程行っておりませんでした」

「その際、以前と何か変わった点はありませんでしたか?物がなくなっていたとか、新しいものがあったとか」

 千頭太一は、しばらく考え込んでいた。

「私も気が動転していた事と、最近はかおるの家に行っていなかったので記憶が定かではないんですが、ソファーが違っていたように思います。カバーを変えただけかもしれませんが……」

「もう一度、部屋に入れば分かりますか?ソファーが変わっているかどうか?」

 千頭太一は、一見、自信がなさそうにこう続けた。

「分かると思います」

「では、千頭さんあと二つ質問をさせてください。

 北村香代子さんという方をご存知ですか?」

「はい、知っております。当社の子会社の役員をしております」

 その口調は、今までと違いはっきりと答える。

「お話したことは?」

「あります。かおると、北村さんは学生時代からの友人なんです。といっても、大学は違うんですが。大学時代に、かおるは一年間フランスに洋裁の留学をしているんですが、その時からの知り合いです。私も、その頃に紹介されておりますので、数回ですが食事行った事もあります」

「じゃあ、仲は良かったんですか?」

「う~ん、会社に入ってからはあくまで社員として対応していた、という程度だと思います」

 絵はそこから先は、聞こうとはしなかった。

「次で最後にします。形式的な質問です。

 単刀直入にお伺いします。

千頭さんは、昨日の午後二時頃はどちらにいらっしゃいましたか?」

 

 この質問を、絵が千頭太一に向けた時だった。

 明らかに、千頭太一は前のめりになった。しかし、言葉が出ない様子だった。

「…………そ、それは、かおるが死亡した時刻ですか?」

 千頭太一は、みるみる顔が赤くなり、目には涙が溜まっているように見えた。

 絵もその様子を察したのか、今度は強い口調で語りかける。


「千頭さん、こちらが質問をしているんです。

 もう一度だけ聞きます。昨日の午後二時頃、どちらで何をしてらっしゃいましたか?」

 千頭太一は、既に耳まで真っ赤に染まり、目に溜めていた涙は頬を伝っていた。


「…………もし、もしそれが、かおるの死亡時刻ならば

 …………かおるは、死んでいない。

 私が見た死体は、かおるではありません……」

  

そう言って、千頭太一は下を向き人目をはばからず涙を流した。



 絵は、千頭太一の様子を見ても微動だにしなかった。

 当然といえば当然ではある。確かに、千頭かおるは生きている。

 でも何故、彼がその事実を知っているのか?

 絵は、千頭太一を見つめながら静かに話し出した。

「千頭さん、何でそう思うんですか?

 知っていることがあれば今、話してほしい。

 日本の警察も捨てたもんじゃないですよ。

 あなたの力になれる」

 千頭太一は、肩を震わせている。絵は、立ち上がり千頭太一の方へ歩み寄った。そっと肩に手を置き、語りかけるように続ける。

「あなたは二週間前にしか、かおるさんと会っていないと言った。

 死亡推定時刻を伝えると、あなたはそれはかおるさんじゃないと言う。

 何故ですか?電話でもありましたか?

 あなたが、昨日の二時頃何をしていたのかそれを話してもらわない限り、警察としても今日あなたを帰すわけにはいかなくなります。

 その時は、あなたは当然容疑者となる。わかりますよね?」

 千頭太一は、スーツの左ポケットから真っ白なハンカチを出して、涙を拭った。

「日下部さん、正直にお話して信用してもらえるのでしょうか?

 今更、本当の事をお話して信用してもらえるのでしょうか?

 私はかおるを殺してはいない」

 内田は、そんな姿に何か決意めいたものを感じた。今まで、二人の会話に圧倒されていたが、今は真実を知りたいという探究心が胸を突く。絵は、千頭太一の隣の席に腰を下ろし、彼の目を正面から見つめながら再度確認をした。

「千頭さん、もう一度だけ確認しますよ。

 昨日の二時頃、あなたはかおるさんと何をしていたんですか?」


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