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  作者: のぶを
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ミスイングランド

 涼しい風が少し吹き始めている。長かった夏が逝き、真っ青な空に羊雲が連をなしている。

 十月も半ばに入り、スーツ姿で外に出てもやっと汗をかかずに過ごせるようになった。

 

 七階建ての海沿いに立つこのマンションは、海草のような潮の香りで包まれている。高級リゾートを思わせるようなその外観は、中世のヨーロッパをイメージしたとかですべてが白亜に覆われている。青い空に、白い雲、そしてこんな外観のマンションに生活している人間はどんな部類の人間なのかと思いを巡らせる。人並みの生活をしている内田信人ウチダ ノブトにとって、そこはまさに落ち着かない現場であった。

 

 既に、そのマンションの七階にある現場では鑑識班による臨場が行われている。

マンション全体は、所轄の新浦安署により保全が行われ、第一発見者並びにマンション住民への聞き込みも行われている様子であった。

 内田は県警本部に出勤した直後の八時二十七分、新浦安署から他殺体発見の一報が入り現場に到着していた。多少の、到着時間に遅れはあったものの、内田の所属する県警本部刑事一課第二強行班捜査二係の面々も係長の川島を筆頭に総勢六名が九時過ぎには到着していた。

「管理官には連絡したのか?」

という川島の問いに

「はい、八時半には現場に向かう旨連絡を入れました。朝一という事もあり、現場に直接赴いてほしいと伝えました」

と内田は答えた。


 そんな会話から十五分ばかりが経過した。左腕に『捜査』と書かれた腕章をした大柄な面々が、ロビー前にたむろしている光景は異様である。当然、マンション住民の目も気になるが、所轄の刑事達の目も気になりだした。それを察してか、係長の川島が

「……行こう」

 と短く発した。

 開放されているオートロックを横切り、広いロビーに出る。三階部分まであろうかという大きな吹き抜けに、中世の城を連想させる巨大シャンデリアと、ロダンを思わせる四体の彫刻を抜けエレベーター前へと六人の男たちが突き進む。カツカツと六人が進む足音が幾重にもその広いホール中に響いている。六人が乗っても、余裕のあるエレベーターの中で、男たちは無言であった。

 七階に到着し、保全を行う所轄の制服警官に県警本部と告げ現場のある704号室に案内される。

 外観やロビー同様、フロアーの廊下も絢爛であった。派手さはないものの、屋内廊下はすべてグレーの絨毯で、壁面は大理石で覆われている。現場である704号室の前に着き、足に靴カバーを付け、両手に白色の手袋をはめる。川島が、現場に先頭で入り、既に臨場を行っている鑑識班と所轄の刑事に軽く挨拶を交わす。既に、指紋採取も現場鑑識も終わっている様子であった。

 新浦安署の田所と名乗る、四十代と思われる刑事が状況報告に入ろうと、われわれを部屋の奥に招き入れたその時、玄関で聞きなれた大きな声がする。

「内田さ~ん、川島さ~ん」

 その大きなキンキン声はこう付け加えた。

「……遅れてすみませ~ん」

「やれやれ。やっとミスイングランドのご到着か」

 と川島が吐息混じりに吐き出した。

 内田が腕時計に目をやると、既に時計は十時を回っていた。



 日下部クサカベ カイ管理官は、ひとしきり遅刻の言い訳をした。

 やれ登庁する電車がおくれたとか、やれスカートからのほつれ糸が気になったとか、やれ公用車が出てくるのが遅かったとか、そもそも普段から公用車は使わないからそれは、普段車に乗せている内田にも責任があるとか。まるで小学生がするような言い訳を悪びれもなく淡々と語っていた。言い訳をしている絵はどんどん興奮し、最後には内田にだけ文句をぶつけていた。

 しばらくは、その発言に圧倒されていたが川島が大きな咳払いを一つし、二人を一瞥イチベツした。


「ごめんなさい。遅れてすみませんでした。十時七分。現状報告並びに判明事実の報告を各人からお願いします。鑑識さんそれから当然所轄の方もご遠慮なくどうぞ」

 急に絵の声のトーンが変わり説明を求めた。

「では私から」新浦安署の田所という所轄のベテラン警部補が口火を切る。

 その言葉と同時に、鑑識班が被害者の遺体に掛かっている白色のシーツを取り払う。

 そこにいる全員が田所の言葉をよそに、その遺体を一目見て言葉を失った。

 田所が続ける。

「現場は浦安市新浦安にある、このマンション浦安シーサイドパレス704号室です。八時十九分、第一発見者である、このマンションの住人、千頭センドウかおるさんの兄である、千頭太一センドウ タイチさん、三十三歳より遺体発見の通報があり、現在に至ります。第一発見者である千頭太一さんには下のパトカーで待機してもらっております。

 遺体は二十代後半から三十代前半の女性で、現在身元確認中ですが状況から、この部屋の住人である、千頭かおるさん三十一歳と見てほぼ間違いないと思われます。

 ほぼ、と申しますのは……

 今、皆さんも見てわかる通り、遺体の顔面部だけがなんらかの原因によりただれ落ちております。この状況から、兄である太一氏もショック状態、また顔面部での本人確認が取れないというのが現状であります」

 簡単な発見状況を聞くと、絵は間髪をいれずに鑑識班に見立てを求めた。

「まず遺体の状況から、遺体は部屋の中央部にあるソファの右端にまるで座っているかのように置かれていました。顔面は司法解剖をしてみないと詳細はわかりませんが、なんらかの薬品を使い顔面表面部を丁寧に溶かした後、鋭利な刃物でそぎ落とされております。しかし、これは死因とはなんら関係ありません。直接の死因は、左胸部にある刺傷とみて間違いありません。まさに心臓部を一突きという状態です。また、平然と座っているように思われますが左腕肘部と左股関節は脱臼しております。また、左胸部、顔面部の傷がこれほどひどい状況であるにも関わらず、ソファーにはこの傷に値するような量の血液の付着がないことも加味すると、死後この位置に遺体を座らせたと見るのが妥当と思われます。状況から見て、明らかに他殺体であると結論付けます。

 また、胸元を見ていただきたいんですが……。

 明らかに生活反応がない、意図的なメッセージと思わせるものが……。」

 ここまで話すと、話している鑑識班が遺体の胸元をそっと指差す。


 そこには、死因と思われる胸部刺傷の左側に、鋭利な刃物で書いた数字の『4』が刻まれていた。

 

絵は、考え込んでいた。顎の下に手を当て、O脚の足でペタペタとソファーの前をグルグルと回っている。所轄の田所や鑑識班は、少し面を食らっているようだった。

 絵はグルグルと回りながら、整然と話し出した。

「まず最初に、鑑識さん部屋の指紋を全部調べて。もう一度、全部ね。それと、遺体は解剖して死因特定と死亡時刻をきっちり割り出してください。部屋の血液痕もしっかりと調べてね。見たところ、凶器もこの部屋にはないようだし。何か手がかりなりにそうなものはすべてチェックしといてください。

 次に川島さん。あなたは本部から二人それと所轄から一組借りて、被害者であろう千頭かおるさんの身辺を調べて。特にご家族の状況も。会社の交友関係もね。

 あと、所轄の田所さん。あなたはここから一人連れ出して所轄の方々を束ねて、不審人物の聞き込みをしてください。死体を運んだんだから何かあるはずでしょ。あっ、そうそう。マンション内の監視カメラの映像も手配して。この部屋に、たどり着くまでに最低三台はあったから。多分マンション内には、もっと多くの監視カメラがあるはず。

 残りの方々は……過去の類似事件、残虐性のある事件を割り出してくださるかしら。メッセージがあるという事は、過去の事件で何かがつかめるかもしれない。

 それと、内田さんは私と一緒に来てください。第一発見者のお兄さんに話が聞きたい。それと、部屋の遺留品も調べましょ。鑑識さんと一緒に。

 皆さん。わかりましたか?

 では、本日午後四時、新浦安署にて本件の殺人事件捜査本部を設置し、初回の捜査会議を行います。

 以上。解散!」

言い終わるとすぐに、絵はしかめっ面のまま内田の腕を引き現場を後にした。


 部屋を出て、一階のロビーに向かう。エレベーターに乗り込んでも、なお、絵は考え込んでいた。

 内田に聞こえるか聞こえないかの声で、

「……4……4…………4」

 そう言い続けながら、第一発見者の待つ警察車両へと向かった。

 

 いつもの事であったが絵は、現場に入ると表情が大きく変わる。内田は、こうなったときの絵を尊敬していた。

 県警では、今までの慣例でキャリアと呼ばれる人間が現場に出ることなどなかった。県警にいるキャリアといえば常に二年ほどの短期で異動をする。いわば腰掛的な存在で、もっぱらデスクワークに従事し、短いお勤めをそつなくこなす程度の存在であった。

 聞いたところによると、絵は大学卒業後、警察庁に入庁する。同期入庁のキャリアはわずか7名しかいない。女性キャリアは唯一の存在であった。入庁する女性官僚といえば、いずれも一筋縄ではいかなそうな壮健屈強なイメージが強いが、絵にはそのイメージは当てはまらなかった。毎回といっていいほど、現場に到着した絵は現場保全の制服警察官に止められる程である。

 うまく言えば『可愛らしい』のであるが、率直に言うと年不相応に『子供っぽい』のである。

 その風貌から入庁当時はマスコミからも、もてはやされいた。警察大学入学時には、密着取材を受け、警察庁のイメージアップの一躍を担っていた。その後も、一貫して本庁の総務畑に身を置き、警察の仕事、警察のキャリアというよりも、警察庁の『受付嬢』的な仕事をこなしていた。

 警視昇格を機に、また三十一才という年齢を機に、絵はその役目を終えたようだった。

 絵がその当時選択した道は、キャリアの特権である海外留学であった。

 帰国後の、他省庁への移動も含め今後を約束されての海外留学であったが、なぜか絵はその留学先の英国で犯罪研究に没頭する。

 もともと、国立大学出身の絵にとって、勉学はパズルであり、ゲームの様なものだった。オックスフォード犯罪研究所で『犯罪行動心理学』『犯罪者言論』を学び、修士号を取得していた。その成果は、あのオックスフォードから、継続して研究を重ねてほしいとオファーがくるほどであった。

 二年後、絵はあえて警察庁に戻り本庁勤務をしていたが、留学前の『約束』を生かして現場を熱望し、千葉県警の刑事一課管理官となった。

 管理官となってからの半年間で、四件の殺人事件や凶悪事件を解決してきたが、そのいずれもが今までの捜査と一線を画するものであった。現場を経験していない、絵独特の捜査方針なのかそれとも、イギリス仕込の捜査方法なのかはわからないが、捜査する側からしてみれば戸惑いの連続であった。現場の刑事は、そんな絵を揶揄して『ミスイングランド』と呼んでいた。

 また、絵の現場感というものなのか、無頓着振りを象徴しているのか、官僚なのに公用車も使わず、現場指揮をしているにもかかわらず直接容疑者に尋問をしたり、捜査会議での現場刑事同士の情報共有など、上層部からしてみれば、煩わしさの塊でもあった。

 強烈な縦社会の警察組織の中で、そんな絵をしばしば上層部が直接罵倒する場面もあったが、絵自身は全く意に返さない様子であった。

 そんな年下の絵を、内田は尊敬していた。


 広いロビーを抜け、二重のオートロックの扉を出る。マンションの玄関には、ホテルのような車寄せがある。今はその車寄せを警察車両が占拠し、マンションへの出入りを制服警官が管理している。

 その車寄せから少し後方に停車しているパトカーの中に、第一発見者の千頭太一がいた。

 千頭太一は、気分が悪いのか車両の後部座席の扉を開け放ち、外に両足を突き出す恰好で横になっていた。

「千頭さんですか?」

 絵がやさしく声を掛ける。千頭太一はこちらに目線を向け、起き上がろうとしていた。

「そのままでいいですよ。お疲れですね。お話だけ聞かせてください」

「……はい」

 千頭太一はその体格とはおおよそ似合わない細い声で答えた。

「私は、千葉県警捜査本部の内田です。こちらは同じく県警の日下部です」

 内田は自ら名乗り絵を紹介する。絵は身分証を提示し、やさしく話し出す。

「お疲れですね、少しだけお話を聞かせてください。千頭さんはどうして今日朝早くからこちらへ?」

「はい。妹がここ数日会社に出社していないと聞きまして、朝会社に行く前に立ち寄ったら……」

「あの状態の妹さんを発見したという事ですね。見る限りセキュリティーはしっかりしてるようですが部屋へはどうやってお入りになりました?」

「はい、私どもの家系は代々繊維商を営んでおりまして、妹はその関連会社の代表をしておりました。そんな関係で、妹の住まいも会社の所有物となっております。当然、スペアキーも会社で保管しておりますので」

「妹さんに最後に会われたのはいつですか?」

 絵は間をおかずに聞く

「ちょうど二週間前になります。会社の会議で、とは言っても家族会議みたいなものなんですが」

「なるほどですね」

 絵が「なるほどですね」と言うときはほとんど話を聞いていない。どこか他のところに意識があるのである。

「では千頭さん、ご自宅はどちらですか?」

「私ですか?すぐそこにあるマンションです。歩いて二、三分でしょうか。あそこに見えています」

そういいながら、大きい体を起こし前方に指を向けた。

「あっ、すごい近くなんですね。本当にラッキーです。あっ、妹さんがあんなことになったのにラッキーだなんて、大変失礼しました。一旦お帰りになってもかまいませんよ、詳しい状況もわかってないので。そのかわり……今日の夕方、新浦安署に来ていただくことは可能ですか?」

 千頭太一は少し不思議そうな顔で聞き返した。

「もういいんですか?夕方は可能ですが。妹のことですし」

「ええ、結構です。では何時にしましょうか?こちらも予定を空けておきますので」

 千頭太一は少し間を置いて

「では、会社に出社して報告もしないといけないので、五時ごろではいかかでしょうか?」

「あら、ほんとにちょうど良かったです。その時間は空いてるんですよ。じゃあ十七時に新浦安署でお待ちしております。LOVELY!」

 絵が笑顔でそういうと、ますます千頭太一は怪訝な表情を浮かべた。たまらず内田が

「千頭さん、どうぞお気を悪くなさらないでください……日下部はつい先日、英国から帰国したばかりで……『LOVELY』はありがとうございますって言う意味なんです。では、十七時に新浦安署で。あっ、駅をはさんで逆側ですから」

「大丈夫です」

 千頭太一は一言だけ声を出しむくりと立ち上がった。


 絵は、足早にロビーを横切りエレベーターへと向かっていた。内田は絵について後ろをす少し小走り気味についていく。エレベーターに乗り七階を押すと、絵が話し出した。

「内田さん。『4』って何?考えた?」

 内田は何も言わずに首をふった。なぜ第一発見者をあんなに早く返したのか絵に聞きたかったが、絵にとってはその事はすでに終わったことのようだった。

「私も全然訳がわかんないですもん。あ~あ、お腹減ったな。現場をもう一度調べたら内田さんご飯いきましょ。おそばがいいです。月見そば」

「管理官、おの仏さん見て食事できるんですか?」

 絵は何も答えず、エレベーターを降りた。


 現場に戻ると、絵はまたもや考え込んでる様子だった。ペタペタと広いワンルームの部屋を大きく回っている。

 この部屋は、玄関を抜けると左手にトイレとバスルームがあり、突き当りのドアの先におよそ五十平米程の広いワンルームが広がっている。右奥にキッチンとミニバーカウンターがあり、左奥には部屋と思えるくらいのウォークインクローゼットがある。

「鑑識さん、お願いします」

 絵が鑑識を呼んだ。既に五名来ていた鑑識班はその半数が帰りの準備をしていた。

鑑識の班長が、飛ぶように絵のもとに駆け寄った。

「鑑識さん、凶器はありましたか?」

「ありません」

 短くはっきりと答えた。

「指紋は?」

「玄関先では、四種類ほどの指紋が採取されましたが、それ以外の場所では二種類しか発見されていません。ご指示通り、採取できるすべての箇所を調べました。キッチンですと冷蔵庫、カウンター、ポット、カップに至るまで、この部屋は手の付けるであろうと考えられるところは全てです。カーテンフックまでも調べました、クローゼットもトイレもバスも、廊下の壁もです。

 間違いありません、二種類です」

「Great! すばらしいわ、鑑識さん。何か遺留品はありましたか?」

「う~ん、管理官そこが難しいところでした、この部屋は被害者宅なので、すべてのものが被害者のものと思われます。従って、この部屋にあるものはすべてが彼女の遺留品と言わざるを得ません」

「そうですね。財布とか鍵とか携帯とかは?女性ですから、身の回りのものすべてを入れたバックがあるはず、そういったものは?」

「鍵はありました、指紋は一種類です。財布や身の回りのものが入ったバッグはありませんでした。

バッグは、クローゼットにある空の物のみです。携帯電話はそのテーブルの上にありました」

「じゃあ、携帯電話は鑑識さんで持ち帰って、通話履歴とメールの履歴を過去一ヶ月分調べてもらっていいですか?」

「かしこまりました、管理官。あと、先ほどのご指示ですが血液痕はこの部屋のすべてに反応がありませんでした。それとご遺体は検視に先程まわしてあります」

「さすがですね。仕事が早いわ。この後、鑑識さんも捜査会議に出ていただけるかしら?」

「もちろんですとも」

 その言葉に、絵は少し満足げに答えた。

「LOVELY!」

 内田はその後、いつものことのように鑑識の方々に『あの言葉は、ありがとうの意味です』とだけ伝えた。

 絵は、踵を返し内田の腕を引いて笑顔を浮かべながらこう言った。

「月見そば」


 結局、絵と内田は新浦安署へ向かう道すがら、蕎麦屋を見つけることができなかった。

 絵は新浦安署に着くと、すぐに刑事課のある三階にはあがらず、受付で身分証を提示した。

 何をするのかと思うと、受付の年配婦警に『月見そば』の出前を注文するように指示をしていた。

 内田にも何か食べるのか、という目で促したので

「かき揚げうどんを」

 と伝えた。

 受付でのやり取りを察してか、署長と総務課長が絵に挨拶をする為に現れた。絵は軽く会釈をし、三階の刑事課内の応接に案内される。新浦安署のお偉方連中が必死にご機嫌取りをしていたが、絵は公用車も、豪華な弁当も、会議という名目の接待も必死に断っていた。

「まあ、まあ、まあ」

 とお偉方が取りなしたが

「結構です!」

 と強く拒否したのには少し面食らったようだった。丁度、その時注文していた出前が到着し、事なきを得た。お偉方は、まだあきらめてない様子だったが、隣室の会議室を捜査本部として用意する旨を伝え退席した。


 内田は出前を食べ終え、非常階段にある喫煙所で小休憩をしていた。そこに、一人で退屈したのか、絵が顔を出した。絵とは年齢が近いこともあり、相棒のような存在になっている。移動の車の中や、こういった待機の場面でも相棒のような会話をする。警部補である内田にとって、本来、警視である絵は、普段であれば交わることのない相手だが、絵にはそれを感じない。係長である川島の方が、内田にとって緊張する存在なのである。現に今も、絵は事件のことなど話をしない、一人で『うどん派』なのか『そば派』なのかを力説している。

 タバコを二本吸い終え、室内へともどる。

 一旦、先ほどの応接に荷物を取りに帰り、準備の進む会議室に入る。

 

 ホワイトボードが三枚並べられ、その前に長テーブルとパイプ椅子がいくつか並べられている。

そのパイプ椅子に腰を下ろし、絵は携帯をいじりはじめた。

「4にまつわる話って何か思い当たる?検索しても四谷怪談とか、不吉な数字とかしか出てこない」

「管理官、例えばカウントダウンとかっていう可能性は?」

 内田も隣の椅子に座り答えると

「これから、あと三人殺しますよって普通犯人は言わないわよ。もし伝えるなら、これも稀だけど予告状の方が無難じゃない?何が目的か、なぜ彼女なのか、そう伝えることもできる」

「ですよね」

「しかも、今回のように手の込んだ死体を、わざわざソファーにおいたりする必要もない。顔が溶かされ、剥ぎ取られ、時間も労力も掛かるのよ。あの死体を見るかぎり、強烈な恨みとしか考えられない。しかも、犯人がわざわざメッセージを残すのよ『4』ってね。

 普通、自分が殺した死体は隠そうとするんじゃないの?それが犯罪者の心理でしょ?」

「確かにその通りですね。でも、捜査が進展すれば、何かしらの情報が出てくるんじゃないでしょうか?そうすれば、今の点が繋がるのではありませんか」

「内田さん。いつも思うんですけど、そんな事、当たり前ですよ」

 そう言うと、絵はまた携帯に目を落とし、考えはじめた様子だった。


 内田にとって、捜査会議に使う写真や資料に目を通す事も重要な仕事の一つであった。

現場に出て捜査する絵の相棒として、いつしかその仕事が内田の仕事になっていたと言った方が正解かもしれない。

 そろそろ、初動捜査に動いている捜査員たちの情報が入ってくる頃であった。携帯をとり、まずは係長の川島に電話を入れようと廊下に出たときだった。

 内田が携帯の画面を操作していると、巨体が物凄い勢いでぶつかってくる。その衝撃で、携帯を落としてしまい、内田自身も尻餅をつきそうになった。

「失礼しました!」

 見上げると、傍らには手を差し出し本当に申し訳なさそうな顔をした所轄の田所が立っていた。

 

 田所は額に汗を浮かべ、今まさに急いで署に戻ってきたという様子だった。

「いやいや構いません。私の不注意ですから。ところで何かありましたか?急いでる様子ですが?」

 と田所に聞き返す。田所はハッとした表情を浮かべた。

「ご報告が……早急に管理官のお耳に入れておいた方がいいかと思いまして……」

 内田は会議室に座る絵を指差し、どうぞというそぶりを右手でして見せた。田所は恐縮したように背を丸め、内田にも一緒に来てほしそうな態度で同席を促した。

「日下部管理官、よろしいでしょうか?」

 内田が、絵に声を掛ける。絵は内田の隣にいる巨体を見てスッと立ち上がった。

「確か……田所さんでしたよね?どうかしましたか?」

 田所は大きな背中を更に丸め話し出した。

「管理官、恐縮です。実は駅近辺で捜査に当たっていた部下の刑事から妙な報告がありまして……早急にお耳に入れた方が良いと判断しまして、報告にあがった次第であります」

「妙な事とは?何か今回の件に関係が?」

 絵は、田所をじっと見つめて聞き返す。

「はい。私が聞いても妙なんです。不審者の聞き込みをしていた刑事が駅前のコンビニエンスストアに入ったところ、店員が何やら女性客を取り押さえていたそうなんです。刑事達が急いで引き離し、話を聞いたところ、突然その女性客が商品のおにぎりやサンドイッチを売り場で代金を払わずにその場で食べだしたという事でした。店員が注意したところ、その女性客は全く話を聞かず、その行動は、まさに常軌を逸していたそうです。刑事二名が間に入り、仲裁に入ってもなを、その女性は静止も聞かず奇行を続けたそうで、今度は刑事達がその女性を取り押さえました。

 捜査員が何を聞いても聞こえている素振りさえなく、何も答えない状況が続いたので捜査員はその女性を署まで連行したのですが……。」

 ここまで、話して田所は一呼吸置いた。

「署に連行しても、女性は質問に答える気配が全くなく、挙句には奇声を発する始末だったもので、やむを得ず所持品を確認したところ……。

 免許証、保険証などすべての氏名が『千頭かおる』と明記されていたそうなんです」

 絵は表情を変えずに

「本当ですか?では、その所持品は盗まれたものであったという事ですか?」

 と質問をする。すると田所の表情が変わり、自信を持ってこう続けた。

「それが、担当の刑事が免許証の写真と確認したところ、化粧もしてないですし、目つきも違いますが、間違いないとの事です。

 その女性は、『千頭かおる』本人に間違いありません」

 そう話すと、絵は面談を求め田所は足早に取調室に案内した。内田も当然一緒に向かったが、驚きのあまり足には全く力が入っていなかった。


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