第二話
閃葵は、美琴の運転する車の助手席に座ってじっと前を見ていた。垂れた目のせいで今にも寝そうに見えるが、本人曰く眠くはないらしい。
「閃葵君は、科学者、って言ったよね? 専門は?」
「話すと長くなるとも言った」
「どうせ家までは長い道のりだから、話して」
「…あまり聞き慣れない単語とか出てくると思うけど」
「いいよ」
閃葵は溜息を一つ吐いて、窓の外を見ながら言った。
「犯罪者心理学が本当の専門。他にも社会心理学と神経心理学の研究をしてる。より具体的に言えば、これら三つを統合したものが研究のテーマだ。犯罪者の脳と心の関係、更に社会と心の関係を探ってる。要約するとこんな感じ」
「へぇ~。心理学なんだ?」
「平たく言えばね」
「すごいね、まだ若いのにそんなに勉強して。行きたい大学とか決まってるの?」
「アメリカの大学。アメリカは飛び級が使えるし、心理学が盛んだ」
「へぇ~。すごいね、夢があっていいね」
「夢なんかじゃない。俺は研究がしたいからする。それだけだ。尤も現実は厳しいから、今アメリカに渡るための資金を貯金中なんだけどね」
美琴はクスッと笑った。閃葵が目だけを動かしてそちらを見る。
「でも、親御さんも閃葵君のこと応援してくれてるんじゃない?」
「さぁね。死んだ人間の心はわからないから」
「……え?」
「赤信号だよ」
閃葵に言われて美琴が前を向くと、彼の言うとおり信号が赤色に点灯している。美琴は急ブレーキを踏んだ。上半身が前につんのめる。
「死んだ……?」
「五年前にね。飛行機事故だったんだ。その飛行機に乗ってた人は全員死んだ。例外はない」
あくまでも淡々と話す閃葵に、美琴はしばらく口がきけなかった。閃葵は相変わらず窓の外を見ていて、ちらりともこっちをみない。
「青だよ」
またしても閃葵に言われて前を見ると、信号が青に変わっていた。美琴は急いで車を出した。
「……ごめん、ね」
「いいんだ。俺にとって親のことを聞かれたということは謝られる理由にはならない」
「……ご両親は、何をしてたの?やっぱり科学者とか?」
「そうだね。二人ともそうだった。元々、相談屋も親から受け継いだものだし」
「そうなんだ」
「俺の今のクライエントは、親の時代からの常連が七割、新規が三割だよ。尤も、親はちゃんと資格を持ってやっていたけど」
「へぇ~……」
閃葵との話に夢中になって曲がる場所を過ぎそうだったが、美琴は寸前でそれに気付いて左折した。
「さっきから運転が危なっかしいよ? 俺が代わろうか?」
「結構です」
美琴はむっとして突き放すように言った。美琴にしてみれば、閃葵のような少年が運転をすることの方がよっぽど危なっかしい。
「……閃葵君、免許持ってるの?」
「持ってなかったら代わろうかなんて言わない」
当たり前の指摘に、美琴は確かにと頷いた。
「でも、初心者でしょ?」
「なんでそうなる?」
不機嫌そうに言う閃葵に、美琴は助手席の彼を見て驚いたように言った。
「えっ、閃葵君、いくつ?」
「前見て」
またしても忠告をされた。美琴が言われた通り前を見て、再び聞く。
「今、いくつ?」
「二十歳」
「ええっ、本当に?」
再び閃葵の方を向くと、彼は人差し指を前に向けて、無言の忠告をした。美琴ははっとして、前を見た。閃葵は相変わらず、窓の外を見ている。
「別にサバ読んでないけど」
なんてことないように、閃葵が言う。
「驚いた……。私、てっきり高校生くらいかと」
「見た目で人を判断しちゃいけないよ」
「はい……」
五歳年下からの勧告に、美琴は若干項垂れてそれを聞き入れた。
「あとどのくらいで着くの?」
閃葵が珍しく窓から目を離して、美琴に聞く。美琴はカーステレオに表示されている時計をちらりと見た。
「あと五分くらいかな。二時半には着くよ」
「そう」




