不和
それは発掘団参加希望の人員が街に増え、第398精鉱石発掘所に通う人間も増えてからのことだった。
いつものように泊りがけで最下層に精鉱石を採りに来ていたアクロとシオン。
見知った顔……悪い意味でも……が居る階層の間の安全地帯で身を寄せ合う様に眠りに就こうとするその時に、アクロが話始めた。
「シオン。君に聞いて欲しい事があるんだ」
「……いいよ。ちょっと眠いけど、ちゃんと聞いてあげられる」
「ボクがこの街まで来る前の話なんだ」
手を繋ぎ、誰にも聞かれないように癒着通信で話された事情。
そして同時に伝えられる、あの時守れなかった自分がシオンを守れるのかというアクロの抱えていた悩みを受け取り、シオンは一度手の癒着を切り離すと、アクロの首に腕を廻した。
アクロはシオンの胸に顔を埋める形になり、あれ、これ怒られるのかなとのんきな事を考えていたが、結果は違った。
「大丈夫。アクロはきっと私の事守れる。だってアクロは毎日強くなってるし、私はそんなアクロを信じてるから。だから大丈夫、自信を持って」
そういってアクロを抱きしめたまま眠ってしまったシオンに、なんだか解らないが軽装な装備越しにでも解る彼女の柔らかさを言葉にしたようなシオンの励ましを胸に、アクロもまた眠るのだった。
それから、シオンはそれとなくアクロに、自分の精鉱石の取り分から精鉱石を彼に渡し、アクロが精鉱石を食べる量を増やすように仕向けたりした。
アクロは当然、二人での成果なのだから二等分にしよう、と言ったのだがシオンはコレをやんわりと、私を守ってくれる人には強くなってもらわなきゃね、と言って食べさせた。
こうしてアクロの告白……この場合は恋愛的な意味合いは含まれないが……をきっかけに、アクロとシオンの距離は縮んでいったのだった。
そんな二人の距離感の変化など些細なものとして、精鉱石の貯えも充分にできた1月半後。
ようやく人が集まって新採掘所発掘団が結成され、街を出発した。
あのメビリムを筆頭としてその人数は実に1500人を超える。
その内訳は戦闘要員500人、探知発掘系要員300人、採掘所外での生活をサポートし、場合によっては採掘所近郊に街の原型を作る人員多数だ。
その中でも特に重視されるのは採掘所の機能を回復させる前から採掘所内を徘徊している敵の排除を担当する戦闘要員だが、その重要さは調査する為の壁として重要という意味で、最もその能力を問われる者達だ。
故に今回の発掘団の中にはアクロ以上の能力を持つ者も、多数とは言えないが確かに存在していた。
そして探知発掘系の人員だが、これは更に細かく分ける事ができて、文字通り発掘の為に地形を変える様な機能に特化したものが100人。
採掘所内の敵を探知する事に長けた者が180人、そしてメビリムやシオンのような古代語の解読が必要な時に求められる人材が20人。
少々採掘所の機能を回復させるのに必要な古代語を解する人員の人数が少ないように思われるが、これは仕方の無い事なのだ。
古代語解読の機能を備えるには長い時間と、費用が掛かる。
シオンのようにそれを専門とする一族に生まれたのでなければ、自然と狭き門となる。
だから数を集めようにもそうは行かないという事情があるし、たとえ集められたとしてそれを守護する戦闘要員の人数がさらに肥大化するという問題がある。
それ故にこの比率なのだった。
採掘所外での活動をサポートする者達はそれこそ地下水脈から水を引く採掘団の外側の要のような者や、金銭または精鉱石と引き換えに雑用をする者、純粋に普段は行商人と呼ばれる者などの集まりである。
その働きは多岐に渡るが、採掘公社お抱えの業者である事が多い。
そしてそれを動員するに見合うだけの利益が、基本的に新採掘所発見には伴う。
よほど採掘所内の敵が強くて戦っていられないという採掘所でもないかぎり、採掘所とは富を産出する場所なのだ。
当然、その様な事業を行う一団であるためか、発掘団はある種の熱のようなモノをもつ集団になる。
日々戦闘系採掘者の間で同行した行商人から酒が買われ、小さな宴会が起こる。
行商人は酒が切れないよう、足の速い馬車による連続補給の輪を構築する。
酒が飲まれなくても、腐りにくい密封された容器に入れられた炭酸水なども、日々水を必要とする人間全般に対する売り物となる。
アクロ達のように大量の精鉱石を持ち込んで食料代わりにする採掘者も多いが、日々の潤いにと通常の食材で作られる食事も売れる。
旅の道中においては暖かい、まともな食材で作られる食事はありがたがられるのでこれが売れる。
故に毎日発掘団には馬車が追いつき、中身の詰まった樽や木箱を置いて、空になったそれらを回収していく。
このように、発掘とは冒険ではなく、しっかりと補給線を作り完遂すべき事業なのだ。
そんな中でもシオンは変わらなかった。
今更だが彼女は中々の美少女で、他の採掘者から色気のある誘いと言うのも受けたが、全てアクロの陰に隠れてやり過ごした。
それは時として、私はアクロの恋人、という主張にもよって退けられた。
勿論、迂闊に恋人じゃないよ、とアクロが言い出さないように、癒着通信を使った内緒話で恋人の振りよろしく、という一言があってのものだったが。
恋人っぽく振舞う為にシオンはアクロと腕を組んで胸を密着させてきたり、スキンシップが増えた。
そんな風に変化したように見えても、テントの中で2人きりになると出合った頃のようなシオンに戻る。
恋人の振りなんかさせてごめんね、と言いながらその身体を離す。
その分離感を、アクロはなんだか寂しいなと思いながら口に出す事ができない。
アクロだって、若いとはいえ男だ。
幼げで、少し鈍い所もあるが、毎日異性、しかもどちらかと言えば好ましく思っている人間に密着され続ければ意識もするようになる。
でもそんな気持ちも、夜になるたびに新採掘所の中枢で使われている文字はいつの時代の物だろうとか、どんな機構で稼動させる事になるのかしらとか語るシオンを見ていると、なんだか自分が不純な気持ちを抱いているかのような感じを受け、何も言いだせなくなる。
そんな状態が3ヶ月ほど続いて、とうとう一団は新採掘所の入り口があると思われる元丘……今では全体が陥没してくぼ地のようになっている……に到着した。
「明日から発掘だね。シオン」
「そうね。でもまずは採掘所の口を開ける作業からだから、貴方の出番はもう少し先ね」
「精鉱石を入り口に繋がる動力部にいれなきゃいけないんだよね。ボクの用意した精鉱石で足りるかな」
そう言うアクロの視線の先には、第398精鉱石採掘所で背負っていたリュックの3倍ほどのサイズの、パンパンに精鉱石が詰まったリュックがあった。
シオンの視線もそれを追い、アクロを安心させるように余裕を持った表情で言う。
「大丈夫よ。貴方の精鉱石だけで足りなくても、他の人達だって精鉱石を持ち込んでるんだから。足りなくて発掘中断なんてことにはならないと思うわ」
「そうかなぁ。ここに来るまで結構食べちゃったし」
「まぁ足りなくなっても公社が追加の精鉱石持ち出すでしょ。大丈夫大丈夫」
「シオンは夢が叶うかもしれないのに、気楽なんだね」
「そりゃあ、遺跡の起動優先権は公社派遣の監査官と採掘登録者にあるし。それでなくても私はアクロなら一番に私を遺跡中枢に連れて行ってくれるって思ってるから」
「ボクより強い人もいるよ?」
「大丈夫。私が貴方に道を教えてあげるから。道中の調査は他の皆に任せて、私達は中枢を目指しましょう」
そういって笑うシオンの顔に悪意は無く、ただひたすらに夢だけを追いかけている無邪気な少女がそこにいるだけだった。
とりあえずアクロはシオンを落ち着かせる為に彼女の肩を手で優しく揺さぶりながら言う。
「独走は危ないよ。油断しちゃダメだ」
「ん……解ってる。私の探知機能で捉えられない敵はほとんどいないと思うけど、気をつけてね」
「見えてても強い奴とかいるから困るんだけどな」
「その時は精砲機構でもズドンと……」
「ボクの言ってる強さって、そういうわかりやすい攻撃が通じるかどうかも含めての強いなんだけどな」
「あ……そっか、敵の中にはアクロでも捉えられない速度で動く奴がいるんだもんね。ごめん、私考え無しだった」
「いや、良いんだ。でも気をつけて、探知角でフロア内を変な速度で動いてる敵がいたらちゃんと教えて」
「解った、約束するわ」
「うん、約束」
そっと手を胸の前で手を重ね癒着させ、お互いの重要確認事項に設定した事を確認しあう二人。
お互い、じっと目を見つめあう。
紅い視線と鋼色の視線が混じりあい、アクロが何かを口を開く。
「あの、こんな夜にいうのも何だかずるいような気がするけど……ボク、シオンの事が好きかも」
「えっと、これって……普通の好き、じゃないわよね?その、表情からすると」
「う、うん。なんていうかここ最近ずっと一緒にいて、シオンが柔らかいとボクは嬉しいなって……」
「や、柔らかいとって!身体目当てなの!?」
「ち、違うよ!ただ、ずっとくっついてるのが自然になって……だから、この好きが本当の好きか、確かめたいんだ」
「確かめるって、どうするのよ」
手を離して、そっぽを向いてしまったシオンの肩を捉え、アクロは力を篭めて言った。
「この採掘所発掘が終わったら、ボクと付き合って欲しい。チームとかじゃなくて、その、異性として」
「……そんな事して、気まずくなったらどうするのよ。私、貴方とは長くチームを組みたいって思ってるのに」
「それは……」
「はぁ。でもここで私が断っても、気まずくなっちゃうよね」
「いや、そんなことは……無い様にがんばる」
「貴方が頑張っても私が意識しちゃうってば」
「……ごめん」
「ああ、もう、そうじゃなくて!」
肩に置かれたアクロの手を、脇にやりシオンはアクロににじり寄って、アクロと耳を重ね合わせる。
「自分に任せておけばそんなことにはならないくらいいってよ。バカ……」
「ごめん。それってボクが自分で言わなきゃいけない言葉だよね」
「そうよ。付き合う前から人を不安にさせるなんて。好きかどうか解らないなんていわないでよ」
「ごめん……」
「告白するなら、好きって言ってよ」
耳を合わせて、自分の中に響くシオンの声と、以前耳を合わせた時は意識しなかった、彼女の体温と、くっつけた胸の柔らかさに意識が行く。
自然とアクロのメタルブラウンの頬も、そうとは解り難いけれども確かに血が昇っていると解る変色を見せる。
その感覚はシオンが彼の背中に腕を回して抱きしめた事でより顕著になる。
アクロは状況に流されて、好きだ、と言ってしまいそうになるが押し留まる。
だがその自制はシオンの事を考える時間が長くなるだけ、その力を弱めていく。
それでもアクロはその感覚に抗った。
シオンの身体を、わき腹を掴んで引き離すと、思い切り頭を下げて言った。
「ごめん!ボクがバカだった!本当にどうしようもないバカだった!」
「アクロ……!」
「お願い、ボクのほんとの気持ち、採掘所の中枢を動かすまでに見つけておくから!シオンに適当な気分で好きって言いたくないから!お願い、ボクに時間をください!」
勢い良く言い終えてからアクロが頭を下げてシオンの答えを待っていると、いつしか鼻をすする水音が聞こえてきた。
そしてその後、女の子らしさなんてかなぐり捨てたかのような涙でむせたような声でシオンは泣いた。
「あぐろのばがー……なんでぞごまでいっでずぎっでいっでぐでないのぉ……ばが!ばが!ばがぁ!」
全てをかなぐり捨てたような声にアクロが顔を上げると、端正な顔を歪めて、ぽろぽろと大粒の涙を流すシオンの顔が目に入った。
しばらくその顔を、心の中に生まれた痛みと共に見つめていたアクロだったが、シオンがいつしか泣くのに疲れると、彼女に言われた。
「出て行って」
「うん……」
「しばらく別のところで止めてもらって。私しばらくアクロと一緒のテントじゃ寝られない」
「解ったよ……荷物は置いていくから」
「そう。じゃあすぐ出て行って」
「うん。じゃあまた明日、シオン」
「……またね、アクロ」
シオンに酷いことをしてしまった。
その事で頭の中が埋め尽くされて、どさりとテントを出てすぐの土の上に寝そべるアクロ。
どうすればよかったのか、あのまま身体の感触に流されるように好きだと言ってしまえばよかったのか。
そんな事を延々考え続けながらアクロは眠りに就いた。
一方のシオンは、しばらく内心でアクロの煮え切らなさを罵った後、醜態を見せてしまった事とテントを追い出してしまった事でアクロに嫌われるのではないかと感じる。
それでもやはり好きと言ってくれなかった事が許せない、という感情と、明日からは発掘なのだから皆の前では普通にしないと、という理性の争いにその日の就寝時間を大きく遅らせる事になった。