監査
宿屋での朝食の最中にやってきた採掘公社からの連絡員に、監査官到着の報を受けるとアクロとシオンは急いで食事を胃に収めた。
そうして手早く準備をすると、公社支部に向かったのだった。
「お待たせしてしまったようねぇ。私は採掘公社公認の古代語解読監察官、メビリム。採掘所内での護衛はお願いします」
良く手入れされたエメラルドグリーンの髪に、艶やかなクリーム色の肌と、有能さと女性性が同居した、凛々しくも色気を感じさせる引き締められた高い鼻と、ぽってりした桜色の唇。
そして身長はシオンより頭一つ大きい程度なのに、公社のタイトな制服をはち切れんばかりに押し上げる大きな乳房と、スカートの裾から肉がはみだし気味な健康的な太もも。
その肩からは大きめの肩掛けかばんが下がっていた。
その姿をみてアクロは美人な人だなぁと思い、シオンは心中女としての闘争に完璧に負けたと心が折れかけていた。
「よろしくお願いします。ボクはアクロ。護衛は任せてください」
「お、お願いします。私はシオンです。戦闘はできないですけど、探知系の機能には自信があります」
「そう、それで発掘者登録は2人の連名だけど、実際に解読したのは2人のどちらなのかしら?」
「あ、それは私です」
メビリムの問いに、手が胸の前に来るように挙げるシオン。
それを見てからメビリムは視線をしっとりと流すようにアクロを見つめながら言った。
「そう。じゃあ解読中に敵からシオンさんを守ったのはアクロ君なのね。立派だわ」
「ボクはシオンの仲間だから当然です」
胸を強調するように身を前に乗り出したメビリムに頭を撫でられながら、アクロはなんとなくシオンの方を伺う。
そこには何故か女の子なのにメビリムの胸を凝視するシオンの姿があった。
おっぱい好きなのかな?と思いながらそっと自分の頭を撫でる頭をはずすアクロ。
それを見てシオンは自分の胸を見ながら小さく腕を持ち上げて拳を握り、アクロの事をよくやった!という表情で見ていた。
「ふふ、ちょっと子供扱いが過ぎたかしらぁ。それじゃあ早速出発しましょうか」
「いいよ。ボク達も準備はできてるから。ね、シオン」
「はい、じゃあ早速採掘所へ行きましょう」
「よろしい。じゃあ案内よろしくねぇ」
メビリムの言葉に頷き、彼女を先導しながら公社支部を出る2人。
その後、何故かアクロと身体が触れるかどうかという距離で、シオンの事は意図的に話の輪から外すかのように彼にだけ話し掛けるメビリム。
それをちらちらと気にするシオンに、なぜだか居心地の悪い思いを抱えながらアクロは採掘所に向かうのだった。
採掘所内を進む間、メビリムは積極的にアクロの採掘者としての経歴を聞き出そうとしてきた。
それだけならいいのだが、彼女はアクロが第3精鉱石採掘所からこの第398精鉱石採掘所に移ってきた理由をしつこく聞き出そうとした。
アクロは何度もやんわりとそれを拒否したが、メビリムは引かなかった。
これに、アクロより先にシオンが怒った。
「監査官!いいかげんにして!アクロは話したくないっていってるのに、それを根掘り葉掘り聞き出そうとするなんて、貴女には遠慮とか気遣いって言葉は無いの!?」
「シオン。不味いよ、公社の監査官にそんな事言ったら」
「ふふ、良いのよアクロ君。じゃあ聞かせてもらうけど、貴女はその事情を聞かせてもらったのぉ?チームなのよね」
「そ、それは……私達まだ出会って3週間にもならないチームだし。アクロが話すまで待つべきよ」
「そう。チーム暦は短い、と」
「なっ!?もしかして貴女、私達のチーム暦を確認する為にこんな回りくどい事したの!?」
足を留め、敵が来た時にすぐ動けないとアクロが言っているにも関わらず手を繋いでいたメビリムに食って掛かるシオン。
その様子を余裕の笑みを浮かべながら受け流すメビリム。
「ごめんなさい。あんまりアクロ君が可愛いからいじめたくなっちゃったわぁ。ふふっ」
「あ、貴女ねぇ!」
「シオン。いいから……ボクは気にしてないから抑えて」
「でもっ!」
「大丈夫、大丈夫だから」
気が昂ぶったシオンを、小さな子供にするように抱きしめて背中をぽんぽんと叩くアクロ。
この行動にメビリムが面白そうな表情をし、シオンは陶器のような白い肌を真っ赤に染めて声を上げた。
「な、なにするのよ!?」
「落ち着いた?」
「おち、落ち着いたから離してぇ!」
「はい、離したよ。それじゃいこうかメビリムさん」
「そうねぇ。行きましょうかぁ……面白い物も見れたし、今度こそ本当によろしくねぇ」
「なにが面白かったんですか?」
「そ、そうよね!ほんとなにが面白かったのかしらこのおばさん!」
「ふふ……人のことをおばさんって呼ぶ事の罪深さなんて貴方もあと10年もすればわかるわよぉ。だから許してあげる」
「10年なんて、ずっと先の事じゃない」
「そう言えるのって、若さよねぇ」
そんな会話をしながらも再び採掘所内を進み始めた二人に、なんとなく触れてはいけない気がして黙って着いて行くアクロ。
彼は敵と遭遇するとすぐに片付けてしまうのだが、その間も二人はなんだかつんけんしていて、アクロはなんでシオンは良い子なのにメビリムさんにはあんな突っかかるんだろうと思うのだった。
こうして若干アクロが肩身の狭い思いをしながら最下層の順路の石版までたどり着いた。
しかし、そこでシオンとメビリムの間は意外な状態になった。
「これねぇ。確かにフィルムの写しと文章は同じみたい。後は訳の考証だけねぇ」
「じゃあ照合お願いします」
「解析の途中で何回か確認を取るかもしれないけどその時はちゃんと答えて、ねっ」
「解ってます。これでもこれ専門の家系なので」
「そぉう?それは心強いわね。それじゃ始めましょうか」
周囲の敵をアクロが排除して周辺の警戒をしている間、シオンとメビリムの二人はやんややんやと楽しそうな声を上げていた。
アクロには調査中に接近した敵の排除があるため、全て意識していたわけではないが以下のような具合だ。
「これは第4期前期に見られる文体の特徴だわぁ、なんていうのかしら、ただ距離を表すのにも詩的な代替表現を使って文章的な装飾を行おうとするのよねぇ」
「ご先祖様の時代にこの文体が見つかった時は真面目に北に4万歩の歩幅はどんな長さかが議論されたって聞いてます」
「ふふ、そんな話もあるわねぇ。それで当時最年少の研究者が「歩幅の大きさにこだわる必要はない。なぜなら明確な地形の示唆があるから」って発言して一旦は収まったのよねぇ」
「そうですそうです。でも、地形って変わっちゃう事が判明して、やっぱり歩幅の想定は必要だってなって……」
「今の主流の歩幅はわかるぅ?」
「機能による記憶保存はしてませんけど、知識として知ってます。確か歩いてと記されている時の1歩は60セム、駆け足でと記されている時は72セムですよね」
「その通りよぉ……検算終わり、ここの部分は北に130カメール、貴方の翻訳との誤差はそんなに無いわね」
「でもその少しが私達解読屋家業にも公社の発掘部隊にも重要なんですけどね。一歩分の長さがズレると凄い距離に差が出ちゃいますから」
「なのよねぇ。古代人の骨格標本でも残ってれば解りやすいんだけど」
「そんなの、残ってても丸々解読業の資料にはできませんよ。人の体格なんてそれこそ同じ時代でも全然違ったりするんですから」
道中ではあんなに自分を中心に張り合っていたのに、なんだか急に仲良くなっちゃったなぁ、と思いながら沸いてくる敵を処理するアクロ。
少し不可思議な気持ちにはなったけれど、これで採掘所から脱出する時にはぎすぎすした空気がなくなっていればいいかな、と願うのだった。
そして、順路の石版解読が終わった帰り道。
肝心の2人は再び角を突き合わせていた。
「ねぇ、教えてよアクロ君。第3からここに移ってきた理由。教えてくれた、ちょっとは胸を触らせてあげてもいいわよ」
「だから!なんでそんなに人が隠したがる事を聞くのよ!アクロ、胸なんかに騙されちゃダメよ!」
「何言ってるの。男の子なんてプライド高いんだから、自分で傷だと思ってる事を自分から言えないって事だってあるのよぉ。そういう時はこっちから聞いてあげなきゃ。ねぇ?」
「例えそうだとして貴女のは野次馬根性にしか見えないのよ!出会ってからの時間を考えなさい!」
「あら、意外と重い悩みも出会ったばかりの見知らぬ人に言い捨てるようになら言えるって事もあるのよぉ?」
「むぐぐ、ああいえばこういう……」
終始こんな調子で、アクロ的にはなんで事情を話したら胸を触らせてあげるとか、自分が胸を触りたがっていると思われるのか不思議なのだが、とにかく二人の仲はまた来た道の時と同じような様子で、 アクロが背中のリュックに回収した精鉱石の重さのような、ずっしりとした重い気分にさせられるのだった。
そんな空気に包まれながらも帰り着いた採掘公社支部で、メビリムの調査によって、位置の誤差はあれど新たな採掘所の大よその位置は特定されたと判断された。
こうしてアクロとシオンの二人の採掘所通い禁止が解かれた上で、多額の報奨金が支払われたのだった。
だが、2人にとっても公社にとってもコレからが本番である。
この街を起点に組まれ、出発する新採掘所の発掘団の一大事業に、2人も参加する事になる。
人が揃うまで第398採掘所に潜る事は許されたわけだが、相変わらず街の移動は禁止されたままだ。
メビリムは約一ヵ月後、今度は発掘団で会いましょうと言い残して支部の奥へと消えていった。
シオンは次の日早速アクロの装備の更新をさせようと画策し、アクロはそんな事も知らずに夕食の時間にシオンに聞きたいことを聞いた。
「ねぇシオン。ちょっと聞きたいことがあるんだ」
「なぁに、何かあったの?」
「あのさ、シオンとメビリムさん。二人とも行き帰りはピリピリしてたのに解読作業中は仲良さそうだったでしょ。なんであんな態度に差が出るの?」
「それは……あの人、アクロにちょっかい出さなきゃ結構普通の人っていうか、解読の事で話せる人って少ないし。仕事では気が合うけど、普通の生活では御免って感じよ。解るでしょ?普段気が合わないけど、仕事中だとなんか通じ合っちゃうみたいなの」
「ああ、それならなんとなく解るよ。ボクの集落にも普段は仲悪いのに戦闘になると抜群にお互いを助け合う人っていたから」
「そう、そんな感じよ。……で、私からも一つ聞きたいんだけど」
「いいよ。なにかな」
「本当のこと教えてね、アクロは話聞いて欲しい人?そっとしておいて欲しい人?どっち?」
シオンのどこか弱気な表情で放たれた言葉に、アクロは少し考えてから言った。
「ボクは、話せる時が来たら話すよ。それまでは悩みは全てボクの中のことだ」
「そう?それならいいの。私、貴方をそっとしておくのがいいなんて言っておきながら、もしそれが無関心だと取られたらどうしようって……」
「そう感じる人っているのかな。ボクはシオンは人を気遣う良い子だと思う。だから心配しないで」
「うん。ありがとうね、アクロ」
それから、二人はなんとなく無言になり食事を片付けた。
そして二人はそれぞれの寝室に戻り、アクロはシオンは良い人だから話しちゃってもいいかもなぁと思いながら。
シオンはまだ出会って二週間程度でまだまだお互いの信頼が足りないから話してもらえないのも当然よね、と思いながら眠りに就くのだった。