アクロの装備が貧弱な理由
それは公社からの監査官が到着するのを待っているアクロとシオン。
しばらく退屈な日々が続く、というその日々の中での何気ない1コマ。
「ほら、食べなよ精鉱石」
「いいわよ。そんな悪い……貴方の倒した敵のでしょ」
「うん。でもさ、もし監査官の調査が巧い事片付いたら次は発掘団でしょ。シオンはちょっとは身体を強くしておいた方がいいよ」
「でも……私精鉱石分のお金、払えない」
食事時に通常の食事だけでなく、自分が保有している精鉱石をシオンに勧めるアクロ。
自分でも1食に1個の精鉱石を食べながら。
「お金とかいいよ。ボクとシオンはもう仲間なんだし。仲間の強化はボクの為にもなる」
「私、お金の問題は仲間だからこそきちんとした方がいいと思うの。そうじゃないと貴方、私以外の人とチーム組んだ時に良い様に使われちゃうわよ」
アクロの事が心配いだと、眉尻を下げる表情にも表してシオンは彼の差し出した精鉱石を戻す。
それを再びシオンの方に押し出してアクロは言った。
「そういう事言ってくれるシオンの事、好きだな。好きな人に贈り物をするのは良くない?」
「す、好きって……それなら、悪くないかもしれないけど、でも贈りすぎはダメよ。結局、相手と自分の関係を壊しちゃうから」
「そうなの?でもボク心配だよ。シオンふにゃふにゃで、敵にすぐやられちゃいそうだ。だから少しでも身体を強くして欲しくて……」
「……そういう言い方はずるい。でも、そんな心配しなくて済むようにアクロが守ってくれるんでしょ?」
「第398精鉱石採掘所でなら、その層の敵が全て集まってきたりでもしなければ守りきる自信はあるよ。でもボク達は未知の発掘所に潜る可能性がある、ボクはそんな場所でも絶対なんていえるほど、強くない」
少し悔しそうに顔を俯かせ透明な歯をかみ締めるアクロの表情に、彼の気持ちを伺うように、姿勢を低くして覗き込むシオン。
それを見て、シオンはアクロが本気でそう言っているのを感じた。
「アクロ、凄く強いじゃない。それでも?」
「ボクより強い人はいくらでもいる。勿論、敵も」
「なんだか、凄く思いつめてる感じだけど。それって前に言ってた話したくない事情が関係してる?」
「それは」
「事情自体は話したくないなら話さなくていいから。関係があるかだけ聞かせて」
「……うん、関係、ある」
うな垂れて、普段の元気さの欠片も無いようなアクロの様子にシオンは目を伏せながら言った。
「何があったかは聞かないわ。あんな強くても自信がなくなるような事情ってどんなことなのか、私にはわからない。でもこれだけは言わせて」
「なに?」
「アクロは強い。誰にも負けないって信じる。だからアクロは自信満々でいて。最初に会ったときみたいに」
「シオン……うん、頑張る」
「じゃあ自分に自信をつけるためにその精鉱石自分で食べちゃいなさい。私達がチームを組んでる間は、貴方の強さが私達の強さなんだから」
「解った。いただきます」
アクロは、シオンに促されるままに差し出していた精鉱石を食べた。
過去の事情を思い出しながら。
それは第3精鉱石採掘所の、第4400層での出来事だった。
アクロが採掘所の中にある集落で一人前と認められ、個別に外の人間とチームを組むようになってからから3年、アクロと2人の仲間は入念な準備によって自信を裏打ちする。
それまでのように苦戦はすれども負ける事は無い、と。
そう思って彼らにとっては未知の領域を進んでいる時に起きた。
「こいつら、面倒だ!ずっと聴いてなくちゃいけない!」
耳を板を2重に重ねたような形状に変化させ、それを振動させて擦り合わせ音波を放射、それが反射するのを感知して不可視の敵を捉えて剣を振るアクロ。
彼が面倒だという理由の一つは、常に耳の探知機能を起動させることでエネルギーを余計に食うということ。
二つ目は音を発して反射するのを待たなければいけないため、暗闇の中でも見通す優れた目を持つ彼らにとっては視覚での捕捉に比べて敵の位置などの把握のタイムラグがあること。
仲間達は総じて再生系機能を保持していた為大事に至っていないが、それでも確実に傷を負っていた。
「あせるなアクロ。今のところ俺達に負ける理由は無い」
「でもタルタス!」
「落ち着け。敵の攻撃の軌道の予測は機能拡張無しでも修得する事ができる。それにはもってこいの敵だと思え」
姿の見えない敵に対して特殊合金の胸当てが肘当てを使った守勢に廻りがちなアクロに対して、積極的に攻勢に出ている大柄で、禿頭の腕の太さなどがアクロの2回り以上大きな、メタルブルーの肌を持つ厳つい男。
重装備であること感じさせない、まるで演舞を舞っているかのように剣を操り、次々に不可視だった敵の溶解した液溜まりを作っている。
アクロを挟んでタルタスと呼ばれた禿頭の反対側には金の髪を翻すメタルグリーンの肌の、きつめの顔つきをした大柄なタルタスとアクロの中間程度の背。
そしてしなやかな体つきの女性が陣取り、アクロへ掛かる圧力をいなし易い正面に留まるようにフォローをしていた。
「タルタス、貴方見えない状況での攻撃予測なんて出来たの?口先でアクロを丸め込もうとしてるじゃないでしょうね」
「ははは!ラミーレ、そいつは愚問だぜ。そいつは俺の動きを見りゃわかるだろ」
「確かに、貴方傷は少ないみたいだけど、それは防具のおかげじゃない?」
「ラミーレ、タルタスは俺達の中で一番強い」
「解ってるわアクロ。でもタルタスには私みたいな事を言ってあげる人が必要なのよ」
軽く答えつつ、見えぬ敵からの突きを装甲を着けた手でいなし、その関節を的確に捉えた拳撃で打ち砕く。
ラミーレとタルタスは明らかにアクロ以上の実力者だった。
二人とも明らかにアクロを気遣い、支えている。
そんな二人に守られながら、アクロは徐々に見えない敵からのコンマの差で遅れる情報から敵の動きを読んで反撃する事を学習していた時に、それは現れた。
見えない敵の中から唐突に姿を現した、白い人型の敵。
頭巾を被り覆面で口元を覆った人間のように黄色の目を輝かせ、上腕部と胴体、そして太ももまでを白く輝かせ、手足の末端は鎖帷子のようなコードの連なりになっている。
「なんだぁこいつは。姿を現すって事は自信の表れか?敵に自信なんてものがあるのかはわからんが」
「タルタス、油断しないで。こいつ姿を現すまで私達の耳に引っかかってなかったわ。何かある」
「アクロは奴がなんで俺達の耳に引っかからなかったか解るか?」
「あいつの所に音波を飛ばしてるけど、返ってこない。多分同じ波の音で打ち消されてる」
「よーしいいぞ。それじゃあまずは俺があいつを抑えるからな。お前はラミーレと二人で他の姿を見せられない奴らを掃除……」
タルタスが指示を出し終える前に、白い敵は動いた。
採掘所の壁面や天井を跳ね回る変則的な動き、それも速い。
アクロはその動きを完全に捉えられないでいた。
「アクロ、危ない!」
金属同士の噛み合う音を発しながら、ラミーレが白い敵の天井から一気に打ち下ろすようなアクロへの貫き手の一閃を、横から弾いて阻止する。
だがそれが隙になってしまう。
白い敵が弾かれたのは片腕のみ、もう一方の凶手が敵には残っていた。
そしてその手はアクロに向けた攻撃の数倍の速度を持ってラミーレの腕に伸びていた。
「ラミーレ!」
「この野郎がぁ!」
アクロが剣を跳ね上げ敵の攻撃を弾こうとするが、間に合わない。
タルタスの剣は右手に握られており、アクロより位置的な不利があったが、それでもアクロの剣より白い敵の腕に肉薄した。
しかしそれまでだった。
「い゛……がぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」
痛みに慣れているはずの歴戦の戦士であるラミーレが絶叫した。
白い敵の貫き手は精鉱石を食し続け強化された肌と筋肉を突き破り、タイタスが振るう分子断刀でなければ切る事はかなわないだろう骨まで断ってラミーレの右腕を奪った。
そして腕を落とした白い敵は床に這うような姿勢になりタルタスの攻撃をやり過ごしつつ、更にラミーレの右脚を狙いその手を閃かせる。
「テメェ!これ以上ラミーレをやらせるか!!」
次の極低空からの貫き手にはタルタスの斬撃も届き、白い敵の腕を切り飛ばした。
だが、ラミーレの足もまたエネルギーの太いバイパスを断ち切られたことで大量の血液を撒き散らしながら転がった。
「ラ、ラミィィィーーーレ!?」
完全に動揺し、戦士の顔から怯える少年の顔になったアクロが我を忘れて剣を投げ捨て床にくず折れそうなラミーレの身体を脇から支える。
腕と足を失い、大量の血を失ったラミーレの意識は無い。
辛うじて再生機能が失った器官の完全再生とまでは行かずとも、傷口を癒着させて出血を止めたので出血死の危険は無なくなった。
だがとにかく彼女の状態の情報を欲したアクロが敵を目の前にしているのにも関わらず行った癒着通信で身体の状態を看た。
するとショック状態も再生機能で徐々に復旧されていくのを確認した。
一方でタルタスは片腕になった白い敵と激しい打ち合いを行っていた。
タルタスの持つ分子断剣は刃となる部分が分子より小さい原子レベルまで圧縮された形状になっている。
なので理論上は刃を立てれば切れぬものの無い剣だったが、白い敵は的確に剣の腹を弾く事で打ち合っていた。
「タルタス!ラミーレ生きてる、生きてるよ!」
「バカ野郎!!剣を投げ捨てるな!死にたいのかお前は!」
「でも、でも……!」
「いいか、落ち着いて聞け。くっ!」
アクロと会話する間も、その神経は眼前の敵に集中し、急激に形状を変え、鞭のようになった敵の蹴りを装甲をつけた腕で受け止める。
そして締め潰されそうになった瞬間に素早くその鞭になった足を切り捨てて体勢を整えたタルタスは言った。
「すぐに剣を拾いなおせ。そしてお前はラミーレを運んで逃げるんだ」
「タルタスは!?」
「こいつを片付けてから行く!行け!」
「うっ、うぅ……ダメだよタルタス、ここにはまだ他にも敵が……」
「俺は勝つ!だからお前はラミーレを助けるんだ!行け!」
「うー……うわあぁぁぁ!」
涙を流しながら、耳が拾う感覚を頼りに剣を拾い、ラミーレを担ぐ。
タルタスは振り向かない、だが状態は彼も把握していた。
「行けよアクロ。帰り道で殺されるなんてドジは踏むなよ」
「解った。解ったから、勝って戻ってきてよタルタス!」
「ふん、俺を信じろ」
「絶対だからね、絶対だからね!?」
叫びながら自分より大きなラミーレを担ぎ逃走を開始するアクロを白い敵は追わない。
変形させていたから多少の被害で済んだが、片脚を損傷しているのだ。
ひたすらに逃げるアクロには追いつけない。
そもそもそんな状態の敵は目の前のタルタスが通さない。
こうして、アクロ達にとって悪夢のような採掘は終わりを迎えた。
数時間遅れて彼らと合流したタルタスは一言、ぶった切ってやった、とだけ言った。
そしてその後、片腕と片足を失ったラミーレは採掘者を引退し、地上に居を移しタルタスの配偶者になった。
タルタスは採掘者を続けているが、未来あるアクロに世界を見て来いと送り出し、その後は彼にとっては浅い層で稼ぐ事に専念する。
妻となったミラーレの世話人を雇える程度の稼ぎを安全に得るため、深く潜る事は無くなった。
そんな二人にアクロは自らの装備を売り払い作った約4000万ジールを渡した。
タルタスもラミーレは何も言わず、アクロなりの精一杯の謝罪であるお金を受け取った。
ただ、彼らは同時にアクロに言った。
「負けた事は忘れるな。だが負けたという事実には勝て。それがこの金を受け取る条件だ」
と。
特に、アクロを庇い不具になったラミーレはアクロの背中を押す事に努めた。
彼女にとって若干11歳で自分達と同じ層で戦っていたアクロの才能は、潰れられるには惜しく、その将来が見たかったからだ。
そしてそれはタルタスの気持ちも同じだった。
こうしてアクロは二人の仲間に送られて自信を取り戻す為の旅を始めたのだった。
そんな、1年前の事を思い出してボーっとしながら精鉱石を噛んでいたアクロに、シオンが問いかける。
「なんだか今度はボーっとしちゃって、どうしたの?」
きょとんとした幼さの抜けきらない年上の少女の顔を見ながらアクロは思った。
自分を守ってくれた2人のように自分は彼女を守れるのだろうか、と。
「なんでもないよ。ちょっとここに来る前のことを思い出してただけ」
「そう。話聞いて欲しい?」
「ううん。大丈夫。これは、ボクが自分で乗り越えなきゃいけない過去だから」
そう言って、アクロは精鉱石を飲み込んだ。
これが監査官が来るまでに空いた時間の、ある1コマの話だ。