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お互いの目的の達成

 この世界で精鉱石発掘所と呼ばれる、大部分が迷宮化している洞窟には順路の石版というものが置かれている、と言うのが通説だ。

 順路の石版は今では読み解く者も学者か、それに師事した専門職の採掘者にしか読めない文字で綴られた、新たな採掘所への道標である。

 まだ世界中の採掘所が発見されていないだけで、いつか採掘所も全て見つかる日が来ると言われているのだが。

 1箇所の採掘所に2個の順路の石版と言う事も珍しくない為、1箇所の採掘所から辿れる順路は1本だけというわけではない。

 だから、いつ最後の採掘所が発見されるのかわからないというのが現実である。


 そんな順路の石版の前をシオンは携帯シャベルで黙々と“掘って”いた。

彼女の言う所によると、こういった最下層の床が鉱物質の金属でない場合、順路の石版が踏み固められた埃の堆積層に埋もれる。

 だからパッと見では全ての文章を解読できないという事例が過去にあったというのだ。

それが今回は運悪く、石碑に記された文の区切りのいいところで石版が埋まっていて、掘り出して調査する事を主張した。

 だが彼女とここまで一緒に来た臨時のチームはこれ以上の調査の必要はないと言って置き去りにして言ったのだという。

 彼女は何度も調査が不十分な状態では採掘公社に順路の石版解読の情報を提出しても報酬は出ない事を訴えた。

 しかし掘り出せるかもわからない文章のためにこれ以上この場で敵の圧力に耐えるのはごめんこうむる、と言う事らしい。

 本来なら彼女も戦闘要員のチームメンバーが帰還するのに合わせて採掘所を抜け出したかったが、もしここでシオンの調査が不完全で新たな採掘所を発見し損ねた場合。

 調査要員としてのシオンの名誉は地に落ち、解読者としては立ち直れなくなる恐れがあったため、その場に残って地面を掘っていたというのだ。

 そうこうしていたら敵に囲まれそうになっていて、必死に逃げ出した先でアクロと行き会ったと言うのが彼女の事情らしい。

 その話を聞いたアクロはシオンにある疑問をぶつけた。


「なんでシオンはシャベルなんか持ち込んでたの?普通採掘所では使わないよね」


 この単純で、普通の採掘者にとっては当然の疑問にシオンはあっさりと答えた。


「今回たまたま持ち込んでたんじゃなくて、私の場合何時も携帯してるの。私の家は昔から解読者と探知者の兼業をしてきた家系で、石版の周囲に手を加えなきゃいけないなんて状況の話はいくらでも聞けたわ。その備えをしてたっていうだけよ」

「へぇ、しっかりしてるんだなぁシオンって」

「ありがと。でも臨時チームの奴らは私がシャベル持ち出したら爆笑しはじめたわよ。ほんと腹が立つったら……」

「それは大変だったね……ねぇ、他にも石版を調べるのに使う特殊な道具とかあったら教えてもらえないかな」

「掘りながらでいいなら……たとえば、形質復元剤ね。これはもう本当に解読者以外で使うのは街で軽微な物の復元に使う道具なんだけど、石版は古代遺物だから磨れたり欠けたりしてることがあるかもしれないわよね?そういう時に私達はそれを使うのよ」

「へー。形質復元剤にそんな使い方があるんだね。僕は昔防具の補修に試しに使ったりした事がある程度だなぁ。あれって一塗りで直せる物以外は買い換えた方が安くつくことが多いよね」

「そうね。でも石版の復元はお金に……換えられちゃうこともあるけど、基本的には人間皆の財産だから。細かい事言ってられないわけよ」

「なるほどなぁ。それで、その石版には復元剤使う必要ありそう?」

「気をつけて掘ってるけど、保存状態がすっごくいいの。これなら復元剤はいらなさそうね」


 2人でそんな話をしながらのんびり話をしていると、何かが唸るような低い音が聞こえてきた。

それを聞いてアクロは剣を抜く。


「生産始まったみたいだね」

「そろそろだと思ってたわ。敵の再生産拠点の稼動。まだ掘り出すだけで時間が掛かりそうだから、守りをよろしくね」

「えっと、精鉱石は全部ボクので、石版解読で報酬が貰えたら取り分はボクが3で君が7、だよね?」

「そうね、よろしくお願い。この解読作業が上手くいけば新採掘所への開拓団への参加もあると思うから、結構長い付き合いになるかもだしね」

「開拓団かぁ……ボク新規の採掘所の調査ってしたことないんだよね」

「私もないわ。出来るだけ若い番号の採掘所の近くで仕事してるんだけど、中々上手くいかないのよね。だからこの仕事は私の初めてのチャンス。だから絶対モノにしたいの」

「そうなんだ。それじゃ……しっかり解読しなよ!」


 言いざまにアクロは音も無く石版のある十字路の北側に一跳び、忍び寄っていたすっぱりと軽量種の首を落とす。

 砂に硬い物が落ちるぼすっという音を聞き、シオンはシャベルを振るいながら叫んだ。


「アクロ!会ったばっかりだけど私貴方のこと信じてるから!守ってね!」


 シオンの声を受けながら剣を振るい、迫る軽量種の首を次々に落としていくアクロはそれに答える。


「任せて!ボクが絶対にシオンを守る!」


 アクロの言葉と、脳裏に浮かぶ出会いの時の戦闘の光景がシオンの心のうちを過ぎり、シャベルを振るう腕に力が篭る。

 彼に背中を任せれば、自分はひたすらに作業に打ち込める事を確信して掘り続ける。

ほとんどの戦闘を1、2撃で終わらせるアクロの戦い方は敵が迫っていることを感じさせない静かなもので、シオンの耳には敵が倒れる音しか届かない。

 それが逆に彼女に安心感を与える。

年齢はまだ聞いていないが、恐らく同年代、それも幼いとすら感じた少年からそれは与えられた。

シオンはこの時改めてアクロときちんとチームを組みたいと思ったのだった。


 そして、軽量種と中量種に重量種全てをひっくるめた敵が20匹以上が襲ってくる襲撃の波を20回ほどアクロが凌ぎ切った時。

 シオンは自らの身体を半分ほどこの層の表層を覆う埃の堆積層に沈ませながら、シャベルがガチリと本来の床を捉える感触を受けた。

石版の横幅が彼女が片腕を横に伸ばしたほどなので、それなりに大きな穴になっている。

だが彼女は確かに掘り出したのだ。


「掘れた!確かに石盤には続きの記述があったわ!急いで解読するから、もうちょっとだけ頑張って!」


 シオンの言葉に、ついアクロはどのくらい掛かるか聞こうとして止める。

彼女を焦らせて解読を誤らせては元も子もない。

だから一言。


「解った!ボクはまだまだ戦えるから、ゆっくり調べて!」


 そう叫んで今までの襲撃で回収した精鉱石を一つ、シャクリと噛み砕いた。

精鉱石は食べれば瞬く間にエネルギーとして人の身体に廻る活性剤としての側面も持つ。

採掘所の深部まで探索する時には敵から得られる精鉱石をそのまま食料にして進む事はままあることだ。

戦う為のエネルギーを貯えた身体でとんとんと跳んで息を整えると、シオンには届かない小さな声でアクロは呟いた。


「剣が折れるまで……いや、ここなら剣が無くてもやれる。ボクがシオンを守るんだ」


 気合を入れたアクロは自然に周囲を警戒する。

彼はその気になればただ周囲に気を配るだけの警戒より確実に敵を捉えられる索敵法を使えたが、ここのレベルの敵ならばそれは必要ないと判断し、エネルギーの温存を優先した。

アクロの耳は優秀で、約50m離れた位置からの軽量種が床を踏む音も捉えられる。


 そんなアクロに守られながら、シオンは背嚢の中から取り出した白色の記録用フィルムに石版の文を写し取る。

 その後、フィルムを丁寧に背嚢の中の箱に仕舞い、替わりに取り出したメモ帳に文節を追っては戻りを繰り返し掴んだ文意を書き留める。

 それからは、元から埃の層の上に露出していた分で指定されていた地点から、更に北西に向かって川を二つ超え、当時森があった丘の中腹に入り口を設けた事。

 その入り口を開く方法は入り口から丘の裏側に廻った所にある出入り口開閉装置にエネタリム……これは研究によって現在では精鉱石がそれに当たると判明している……を投入して動力を入れる必要がある、といった事が読み取れた。

 メモ帳も背嚢に放り込んで背負ったシオンは一足飛びに穴から出るとは出来ず、上体を穴の外に寝そべらせて地面にうつぶせた腹を起点に足を思い切り穴の縁に掛けて身体を持ち上げ、自力で穴から這い出た。

 そんなシオンを背後にかばいながらアクロが敵を蹴散らしているのを見て、彼女は声を張り上げた。


「アクロ!調査終了、撤退しよ!」


 シオンからの声掛けにアクロは切り捨てた軽量種の残した精鉱石を拾いながら答える。


「方向は!?ボクの感覚だと南の方では敵の再生産拠点が動き始めてる!」


 更にその言葉の間にも中量種を2体、戦闘不能にしながらアクロは応えを待つ。

シオンも応える為に、陶磁器のような白い額の中央から赤銅色の角を伸ばし、空気中の分子の連なりから情報を拾得して階層全体の敵の位置を知覚する。


「東よ!東側ならまだ再生産拠点は力を貯め始めたところだから、そっちから大回りして上層への出口を目指しましょう!」

「解ったよ!」


 アクロは進むべき方向が決まったと同時に、止めを刺していなかった中量級2体を、迫る重量種の足に絡むように投げつける。

 そして自分が振り返るのを待ってから十字路の角を先行していくシオンに追いつくため、軽快な足運びで走り始めた。

 瞬く間にシオンの背後に追いついたアクロはシオンに話かける。


「あのさ、シオンって古代語解読だけじゃなくて探知もするんだね」

「まぁね。古代語解読だけでやっていけるほど、世の中甘くないもの。この程度の長所はないとね」

「ボクも探知系の機能は一応持ってるけど、さすがにフロア全体は無理だなぁ」

「私機能を発掘系と探知系に特化させてるから……ちょっとエネルギーがきついから口閉じていい?」

「あ、エネルギーきついの?精鉱石食べる?」

「それ、貴方のでしょ。いいの?私なんかに食べさせて」

「仲間だからね」


 軽く速度を上げてシオンに並んだアクロは、背中のすっかり膨らんだリュックサックから精鉱石をいくつか取り出すとシオンに手渡した。

それを受け取ったシオンはじっとアクロを見つめた後、サクリと精鉱石を噛み付きながら言った。


「ありがと」

「気にしないで。探知角を出しながら走るの、辛いでしょ」

「……うん」


 その後は無言で精鉱石にかじりつきながら、再び速度を落として背後についたアクロの前を先導して走るシオン。

 その道行きは順調で、敵は姿を現わさず、いつしかシオンは赤い角を仕舞い、脳内の記憶に残る情報のみを頼りに進み始めた。

 探知していない状態で進むと、情報のずれにより接敵する事もあったが、それは即座にアクロが対処した。

 こうして最下層を駆け抜けた2人は、最下層で生き残れるなら加速度的に余裕を感じるようになる上層まで駆け抜け、第398精鉱石採掘所から抜け出したのだった。

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