守護者との戦い
発掘開始から30日が経って、全ての敵の情報が収集され、第402精鉱石採掘所の詳細な地図が書きあがる。
それを全てメビリムが窓口となり公社が買い取った事で、ついに採掘所の中枢に火を入れる日が来た。
この日に備えてシオンは中枢起動の賛同者が増え始めた5日前から何度も中枢前まで通ってその内部を探知する事に時間を費やした。
おかげで内部に控えている守護者の形状などは完璧に把握して、アクロだけでなく中枢で戦う事になる戦闘系採掘者に伝えてある。
その形状は腰から下は完全に床に埋め込まれていて、人の骨格の様な上半身から伸びた綱が繋がった4対の筒状の器官、その中央には何かを収束するような湾曲を持った珪素質の無色の目がはまり込んでいる事がわかっている。
攻撃方法は恐らく光線系。
人間の採掘者も掌に強力な熱線を照射する機能を持つ者がいるので、似たような攻撃になるだろうと推測されている。
シオンが調査した、現時点でわかる範囲の守護者の能力を基に、空間の限られる中枢への突撃要員が絞られた。
まずアクロ、彼は発掘登録者で力量も充分と認められているので満場一致で決まった。
次にイオード、銀の肌を持ち桃色の長髪をなびかせる彼は、素早さに秀でていて100mを1秒足らずで駆け抜けるアクロよりも速く鋭く動く精砲機構の名手で、その狙いは衝撃波を考えて使わなければならない味方の肩越しから自由自在に敵に撃ち込む事が出来る。
3人目にはウルク、トルマリンカラーの肌と鉄色の髪をひっ詰めた彼女は2mを超える巨躯を誇り、見た目どおりその豪腕から振り出す槌で敵を粉々に砕く戦闘法を取り、またその装備は耐熱耐寒対衝撃を兼ね備えた外圧緩衝素材で作られており抜群の防御力を誇る。
この三人が中枢攻略に選ばれた。
他の人間は中枢内で戦闘が行われている間にシオンを初めとする探知系採掘者を護衛する人員や、採掘所に火が入った段階で大量生産される敵をその場で処分する。
その為に再生産拠点に張り付く役目に就く。
なお今回メビリムは地上で成果の報告を聞く事に専念する事になる。
もし万が一彼らが失敗すれば、彼女は新たな発掘者の招集願いなどを公社に出し、発掘団を維持する務めがあるからだ。
こうして、それぞれの戦う理由を金銭の為、名誉の為、夢の為にそれぞれ託して、第402精鉱石採掘所の起動作戦が開始された。
そして中枢の部屋の前で最後の作戦会議をする三人。
シオンは護衛役の戦闘系採掘者に囲まれながら、それを見守る。
「イオードさんには守護者の光線発射装置の無力化をお願いしたいんだけど、やれる?」
「任せなさいって、俺に掛かれば地平線の辺りをふらふら飛んでるハエも止まってるのと同じだよ」
「ウルクさんは守護者の基部の破壊をお願い」
「それはいいけど、坊やは何をするんだい」
ウルクが値踏みするような眼でアクロを見つめる。
それに気づいているのか居ないのか、アクロはさして気にとめることも無く話を続ける。
「ボクは両方。最初はイオードさんと一緒に光線発射装置の破壊に回って、無力化を確認したらウルクさんの補助に入るよ」
「一つ聞いとくけどさぁ、俺の精砲機構で守護者の中枢を抜けるようならぶち抜いちゃってもいいんだよね?」
イオードが白い歯を見せて笑いながら言うと、残りの二人はそれぞれ答えた。
「ボクはいいですよ。ボクの目的はシオンに採掘所を起動させてあげることだけですから」
「あたしは……まぁ早いもん勝ちだね。誰が一番に守護者の機能中枢を破壊できるか競争だ」
「じゃあ、確認も終わったし行こう」
「おっと待ちな少年。連れのお嬢ちゃんが何かいいたそうじゃん。行って来い」
「え?あ、はい」
イオードに促されてアクロはシオンの元に向かう。
その合間に両腕の精砲機構を起動させて具合を見るイオードを、ウルクが肘で小突く。
「わざわざ教えてやるなんてお節介だね、あんた」
「いやぁ、少年よりあの少女がさぁ。可哀想じゃないの、何も言わずになんかあったら」
「あの坊やが守護者にやられるってかい?」
「守護者の光線がどの程度の強さかは解らないけど、その可能性はあるっしょ。少年も精鉱石で鍛えてみるみたいだけど防具はお粗末なものだし。一発でも喰らったらどこか無くなると思うなぁ」
「ま、そこは否定できないね。でもあの子はあんたに迫るくらい速いんだろ。あたしみたいな装甲は必要ないんじゃない」
「へへ、俺に迫る、ね。迫るだけで同速じゃないんだ。これはでかいっしょ。まぁそれでも直線だけの光線攻撃を避けられないような珠じゃないと思うけどね」
へらり、と笑う着けた装甲は心肺機能を守る胸当てだけなイオードを見て、ウルクはフルフェイスメットのマスクを降ろして肩を竦める。
こうして2人が待つ間、アクロはシオンと短い会話を交わした。
「アクロ。私答え、待ってるね」
「解った。任せてシオン」
今の2人にはコレで充分だった。
アクロはシオンに背を向け、シオンはアクロを見送る。
目に見えない信頼の糸がそこにははっきりとつながっていた。
「さあ、行こう!イオードさん、ウルクさん!」
「はいはい。ま、ぱぱっと片付けよっか?守護者の後も予定はあるしな」
「そうだねぇ。行こうじゃないか」
まずイオードが先行して中枢の部屋に入る。
すると甲高い警戒音と共に、部屋の中心に据えられた守護者が侵入者に反応して攻撃態勢に移る。
見かけの巨大さによらぬ俊敏さでイオードに照準すると、一本の直撃照射とその周囲を狙う牽制射を放つ。
その攻撃をあざ笑うようにイオードは加速し、簡単に守護者の射線から逃れ、左腕の精砲機構を起動させると、そこに専用の紡錘形の弾丸を据えると無造作に守護者の光線照射部を撃ち抜く。
「思ったより温いねー。こりゃ楽な仕事かな?」
再び速度を落とした彼を守護者は照準するが、そこにアクロが突入する。
跳ばずに高速のすり足で滑るように移動したアクロはイオードを照準していた光線照射部の一つを剣で切り落とす。
だがそれに構わず守護者は再びイオードに射撃を行う。
「イオードさん!」
「慌てなさんな。こんなもんチョイってなもんよ」
軽い口調でアクロの声に答えると、再び光線が発射される瞬間に加速して射線を外すイオード。
先ほどの彼の動きを考慮に入れた大きな偏差射撃が行われていたが、彼はそれすらもすり抜ける。
そしてアクロとイオードが残った光線照射部を破壊すると、地響きのような音を立ててウルクが部屋に入り、大槌を構えながら守護者の元へと駆け寄る。
「でえええええぇぇぇりゃあ!」
バキンという破砕音が響くが、守護者は折れなかった。
それを見て取りアクロもウルクを援護しに行こうとしたが、イオードがそれを止めた。
「少年!まだだ!この野郎再生機能持ちだぞ!」
瞬時に身体の向きを変え、アクロが光線照射部を見ると、2つに増えた照射部が彼を狙っていた。
そこからの光線をすり足でのZ字を描く変則移動と上体の移動で避けきるとアクロは叫んだ。
「分裂型再生だね!」
「ああ、厄介だな。だが、対処法はある!」
「すいませんウルクさん。援護にはいけそうに無いです」
「やれやれ、これは中枢破壊は貰ったかな?」
アクロとイオードは再生と分裂を果たした光線照射部の根元から下をそれぞれの攻撃で破壊し、分裂が2個以上に増えないように対処する。
ウルクは二人が攻撃を許さない間に状態を思い切りひねり、片脚を上げ、全身のバネがたわんだ状態から最高の1撃を2度、3度と繰り返し打ち込み、再生も追いつかない速度で守護者の基部を歪ませていく。
時折、アクロとイオードのサポートが間に合わず光線がウルクに照射されるが、堅牢な装甲がそれを弾く。
「へし折れな!こんの、でくのぼうがぁ!」
声を張り上げ、一際気合を入れたウルクの一撃が完全に守護者の基部を破壊し、その巨体を床に着ける事に成功する。
横向きに倒れた為、守護者の脇についていた光線照射部の縄の繋がる根元が押さえられ、2基のそれの動きが制限された。
こうなるともう後は守護者はなすがままと言った風体で、堅牢なはずの骨格に守られた胸の中心部にある機能中枢を、アクロとイオードの援護を受けて存分に力を振るうウルクの大槌に叩き潰されるの待つのみ。
最後の守護者の巨体を浮かすほどの一撃を機能中枢に受けた守護者はそのまま溶解を始めたのだった。
「ふー。やっぱり止めはあたしが頂きだったね」
「まぁしゃあないか。余計な欲だして腹に穴が開いても困るしさ」
「ボク、シオンをつれてきます」
仕事は終わったと言った感じで中枢の外に向かおうとするアクロをイオードが呼び止める。
「おっと、その前に。少年、精鉱石はどうする?」
「あたしゃ等分でいいと思うがね」
「俺は弾代分大目に貰いたいんですがね、っと」
「ボクはウルクさん次第ですね」
アクロに決定権を委ねられ、僅かに考えたもののウルクの答えは早かった。
「はぁ、弾代くらい多めに見るかね。こんなので揉めるのも時間の無駄だよ」
「よっしゃ。じゃあ切り分けよろしく少年。切れるだろ?」
「勿論。じゃあ切るよ」
守護者が解けきった後に残されたアクロの身長ほどの丸い精鉱石を、中心がやや大きくなるように3分割するとアクロは軽く中心だった部分をイオードに投げる。
それを両手で受け取ったイオードはへらりと笑い、ウルクも自分に向かって投げられた珠の端を受け取り頷く。
「うーん、俺ぁ一旦上に戻りますかね……これを担いだまま戦える気はしないっしょ」
一応背中の背嚢に入れようとしたようだが、直径が大きすぎて背嚢に入らないイオードを見てアクロは言った。
「もっと細かくします?」
「ああ、出来るんだったら頼むよ少年」
「あたしのもお願いね。やっぱりでかい一個だと面倒だからね」
「解った。じゃあ、はい!」
黒い刀身を閃かせると、イオードとウルクの持つ精鉱石が賽の目形に崩れ落ちる。
2人はそれをだまって拾って背嚢にしまうとアクロに礼を言った。
「と、折角切って貰ってなんだけどコリャ一旦帰還だねぇ。もうこれ以上背嚢に入らないよ」
「そーうね。ま、俺の足なら行って戻るまでに二時間くらいで……ああそうだ、道中は敵が沸き始めるかもなんだよな。わりぃ、先行くわ」
そういうと2人はアクロを振り向きもせずに中枢から出て行った。
アクロはそれを気にすることなく、外で待っているシオン達古代語解読者を呼びに行く。
採掘所の動力が入る時が迫っていた。