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再び近づくまで

 そこかしこで遭遇する大きな吸盤の4足歩行で天井や壁を徘徊し、折りたたまれた針のような2対の腕を交互に打ち出してくる中量級の敵。

 そして時折遭遇するアクロ達の身の丈の3倍はありそうな通路の3分の1ほどの空間を制圧する、巨大な拳をひたすら力任せに繰り出してくる左腕と両足がキャタピラになっている重量種など。

 この採掘所に配置されたプラントが造る敵は腕を主眼に置いたモノが多いようだ、と感じながらアクロ達は第100層まで降りてきた。

 そして本来は採掘所の中枢の動力を動かしてから開くはずの扉をアクロの腕力でこじ開けて、入った部屋の中をシオンが物色……というには語弊がある、彼女には既にそこに何があるのか探知済みの事実なのだから……古代の置物を回収する。

 こうしてシオンの背嚢が膨れ上がると一度地上に引き返す提案をして、アクロがシオンがそれでいいならと取って返す生活を既に20日以上続けていた。


 アクロはてっきり1日目にいけるところまで言って、可能ならば中枢を動かしてしまうものだと思っていたのだが、どうもそう簡単にはいかない採掘者間の問題というのがあるらしい。

 シオンの言う事には、新採掘所の地図作りで稼ぐ探知系採掘者や、より深くまで潜ってそこに居る敵の情報を持ち帰る潜行者と呼ばれる採掘者達は即時の中枢起動を望まない。

 そういうわけで、中枢を起動させるべきかは日々の終わりに採掘者達によって合議され、一定割合が稼動に賛同した状態でなければ中枢稼動はむしろ処罰対象になる、というのだ。

 アクロは少し頭を傾げたが、とにかくこれも採掘所を飯の種にする形の一つ、と言う事で納得させられた。


 二人の今の主な活動場所は100層だが、当然のように20日も経てば他のチームにとっての活動場所は変化する。

 1日の終わりに提出される報告の全体告知によると、今最も深く潜っているチームの到達点は第264層を進んでいるというのを二人は知っている。

 当然、二人は真っ先に中枢を発見し、それは第134層にあるというのを報告している。

中枢は名前の通り、採掘所の中心にあることが多いので地図と敵の情報収集は終わるだろうと言うのが大方の採掘者達の見解だ。

 ただし、敵の情報収集は最速で地図を作る事を目的としたチームより、戦闘などにより必然的に時間を食うために作業は遅れているだろうとも見られている。


 それはさておき、中枢が安易に起動されないのにはもう一つ理由がある。

再起動された採掘所のプラントは、長時間の機能停止に寄る穴を埋めるためなのか、中枢起動時に平常時の数倍に達する敵を、採掘所起動前の数倍の性能で生産する。

 敵の向上した性能はその後変わることなく、新たに順路の石版を解読しようとする採掘者達を妨害する。

 それに加え、中枢の操作を妨害するかのような守護者が居る事も少なくない。

探知系採掘者はともかく、戦闘系採掘者はなるべく全員が中枢起動の為に動ける状態である事が好ましい。


 だが1日も早い中枢の起動を望む者たちも居る。

解読者達がそうだ。

なぜなら順路の石版は、なぜか中枢を起動しないと出現しないからだ。

だから彼らは基本的に中枢の起動には賛同する立場なのだが、いかんせん数が少ない。

彼ら全員が起動に賛成したとしても、それでは発掘団の総意は動かないのである。


 そんなわけで今は日々の糧を得るために採掘者というより、盗掘者のような事をしている所だ。

今はその帰り道と言う事だ。

 同じような事をする採掘者は他にも居るので、自然と彼らも下層に移動しているわけだが、彼らはゆっくりとした日々を送っていた。


「シオン、今日の回収品はなんなの?」

「んー。オルシュブールっていう工房の製品ね。用途は良く分かってないんだけど、光の当たり加減で七色に変わる板とか、今の時代では主に観賞用になる物が殆どね」


 アクロの問いに、指先を顎につけながら答えたシオンに、更にアクロは質問を重ねる。

そして彼の視線はシオンの背負う膨らんだ背嚢に行っている。


「観賞用ってことは、この部屋は美術品置き場だったのかな?」

「どうかしらね。見た目で美術品にしているだけで当時はもっと違う使い方をされていたかもしれないわ」

「うーん。ボクには想像もできないや。シオンはどんな風に使われてたと思う?」

「私の探知機能はこの七色板の材質が採掘所入り口を開くための文字が浮かぶ部分と同じ、っていう情報を伝えてくれたわ。だからこれはきっと適切な扱いをしてあげれば文字が浮かんだりする物なんだと思うけど」

「でもあれ、文字列盤ついてなかったよね」


 アクロの指摘に、白い肌とコントラストを描く金髪を少しかき上げて唸るようにシオンが答える。


「それが分からないのよね。採掘所の機構に接続されてるようにも見えなかったし。何かを受けとる機能を持った部位はあるんだけど、何を受け取るのかが分からないし……まぁ結局、美術品として売るしかないって事ね」

「あ、もしかしてさ。あれが動くなら情報をやり取りしてたんじゃないかな。ボク達が使う癒着通信で行うようなやり取りを遠距離同士でやるの」

「んー……その可能性はあるわね。でも動力が分からないのよね。それが分かれば一大発見なんだけど」

「そういうのって研究してる人いるのかな?」

「それは居るわよ。大抵お金持ちのパトロンに雇われて研究するって形だけど、狭き門だけど公社でも発掘物解析部門があるし」

「そうなんだ。ボク採掘所って敵と戦って精鉱石を手に入れる場所だと思ってたから全然そういうの知らないや」

「だから貴方は常識が……いえ、これは間違いね。発掘物解析部門はちょっと専門知識に入るわ」

「え、なんだか重要そうな部門なのに、有名じゃないんだ」

「重要そうなのはそうなんだけど……未知の物体の解析って、形質復元剤みたいな大発見ができればいいけど、地道な研究の連続らしいから……どうしても趣味的というか、専門色が強くなって有名になるってことは100年単位であるかないからしいわよ」

「なるほど。あ、ところでさ」

「何?」

「ボク達、普通に話せるようになったね」

「あ……」

「やっぱり、シオンと話してると楽しいよ」

「……今日から、テントで寝る?」

「いいの?」

「あんまり、ぐずぐず怒ってても馬鹿みたいだし……私は構わないわよ」

「そっか、じゃあ今日からまた一緒だね!よろしく!」

「うん、改めてよろしくね、アクロ」


 まだ気恥ずかしげに視線を外しながら、でも確かにシオンの方から近寄る。

二人は並んで採掘所の通路を歩く、だがこうなるまではちょっとした時間が必要ではあったのだ。




 第402精鉱石採掘所の発掘初日、勢いに乗って仲直りしたかに見えたアクロとシオンだったがやはりそう一筋縄に行くものではなかったようで。

 第90層で探知角を伸ばし終わったシオンにエネルギー補充の為の精鉱石を渡そうと近づくと、シオンは一歩引く。


「あの、シオンなんで遠ざかるの?」

「……貴方はなんで近づくのよ」

「いや、探知角使ったでしょ。精鉱石食べない?」

「まだいらない。大丈夫よ」


 アクロからの精鉱石の受け渡しに断りをいれながら、再び地図をしたため始めるシオン。

そんな彼女との距離感を計りかねながら、アクロは考え込む。

 もしシオンが意地を張って自分からの精鉱石を受け取らないのなら問題だが、本当に大丈夫だから断ったなら自分は余計なお節介を焼いている事になる。

 昨日までのお互いの関係なら、ここで踏み込んで、もしシオンにとって多少お節介な状態だったとしても、それは好意的に受け取られただろうとアクロは思う。

 でも今はこういった細かいやりとり一つでも、誤ってしまうとお互いの距離が離れてしまう気がして躓いてしまう。

 アクロはすぐにでもシオンの横に並んで歩きたい衝動と戦いながら、自らも探知系機能の板耳を起動してシオンに万が一のことがないように気を払いながら進んだ。


 一方、シオンはシオンで声には出さないものの、なぜ素直に精鉱石を受け取らなかったのだろうと悩んでいた。

 思えばアクロに少しでも歩み寄るには絶好の機会だったと彼女は思う。

けれども、昨日の今日で軽々しく許したような態度を取れば、それはそれでアクロにやすい女と思われるかもしれないと思うと、彼女にはそうする事ができなかった。

 別に気取りたいわけではない。

ただ、アクロにすぐ機嫌の取れる女だと思われて、他の男と話したりする時に、アクロに誤解されたりしたくないだけだ。

 そう思う事自体、自分がアクロの事を好きな証なのではないかとは考えても、だからこそ自分から彼を許す事ができない。

 メビリムにでも話せば笑われるだろうが、それでも潔癖な14歳の少女にとってそれは重大な問題だった。


 二人がお互いにこんな風に意識しているものだから、自然道行きは口数少なく、互いの距離も近づいたり離れたりで一定しない。


 だが二人の距離が自然になる瞬間がある。

それは戦闘の時間だ。


「アクロ、前方に敵中量種4体来てるわ。周囲の索敵は?」

「僕がする。シオンは下の層の構造調査の為にエネルギーを温存しておいて」

「解ったわ、後方確認は目視でやるわね」

「よろしく。それじゃボクは行くね」


 迫る敵に対して向かうアクロと、背を向けるシオン。

そこには確かに二人が築いてきた役割分担があった。

それが互いに不和を忘れさせ自然な距離を取らせる。


 アクロは天井に陣取る中量種に対して、駆け寄りながら自分も裸足の裏面を壁面に接着して天井へと駆け上がり中量種の位置の優位を殺す。

 基本的に身体の構造が攻撃対象への上方向からの攻撃に適するように作られている敵はこのような対応をされると非常に弱い。

 なので敵である中量種は壁面を移動してせめて天井から壁面に移動してアクロに対する攻撃をしやすい壁面に逃げようとする。

 しかしアクロはそれを許さない。

散開しようとする敵4体の内最も近い敵に対して、ただの鉄製の剣から新調した特殊金属剣で真っ直ぐに打ち込む。

 中量種の胴体が容易く両断され、吸盤になっている足を残して吹き飛ばされて床に落ちて、機能中枢まで破壊されたのか溶解を始めた。

 後は単純にそれを3回繰り返すだけで片はついてしまう。

このように中量種はさしたる問題にならないのだが、アクロにとってこの採掘所の重量種は警戒に値する存在だった。


「アクロ!後方に重量種!速いわ!」


 600mほど離れた通路の角から現れて2人を認識した重量種は巨大な片腕からは考えられない速度でシオンに迫る。

 実に10秒ほどでシオンの目の前まで到達し、その腕をシオンに向かって打ち出そうとする。

だが、既にシオンの前にはアクロが戻っていた。

迫る巨大な拳を剣ではなく、自らの拳で打ち返してそれを完全に破砕してみせるアクロ。

攻撃用の腕を失い、残った腕は通路内の移動で加速する為のキャタピラしかない。

 それも使いようによっては攻撃に転用できるかもしれないが、後は重量種の懐から敵の胴の中心に剣が直撃して動きが鈍った後しかシオンには視認できない速度で動いたアクロの前にはなんの助けにはならなかった。


「はぁ。この重量種、出会うたびにぞっとしないわ。あんな大きさの敵が逃げる間も無い速度で近寄ってきて攻撃してくるなんて」


 自分のすぐ後ろで、ぺたんと座り込み彼の背中を見上げるシオンにアクロは振り向く。


「あいつが2匹同時に、前後とか左右とかから現れたらちょっと厄介だね」

「ちょっと、なの?」

「うん。あいつの拳はボクのより弱いから。シオンはボクの腕の届く範囲内に居れば絶対安心」

「それ、絶対?」

「うん。絶対」

「十字路で四方向から来られたら?」

「んと、その時はシオンが嫌がるかもしれないけど、シオンを抱えてすぐに一本の通路に飛び込んで、そっちから迫ってくる奴を叩いたら、後は順番どおりに処理して終わり。かな?」


 シオンが気がつけば、とても自然に身近に居るアクロ。

その事を感じてから僅かに逡巡してから、勇気を持って口を開く。


「私は別に嫌じゃないわ」

「え?」

「だって、守ってくれるために抱っこするんでしょ。なら嫌じゃない」


 精一杯のシオンからの歩み寄りに、アクロは笑顔になりながら言った。


「解った。シオンを守るためならボクは近くに居てもいいんだね」

「そう、なるかしら」


 アクロの言葉にそっぽを向きながらも、離れようとはしないシオン。

このようにして2人は再び、徐々に距離を縮めて行ったのだった。




 そんな風に、少しずつ距離を縮めなおした2人は今日も夕日の光を浴びる。

2人揃って採掘所の外に出てのびをする。


「今日も何とか食費分くらいは稼げたかな?」

「七色板なら今日だけじゃなくて一ヶ月くらいの食費にはなるわよ」

「そっかぁ。新採掘所ってすごいね」

「そうね……まぁそうでもなきゃ、誰も採掘所の発掘なんてしないわよ」

「それもそっか。あははは」

「ふふふ、ねぇ、明日はどうする?」

「もっと深くもぐろっか。いい加減めぼしい物は回収しちゃったよね」

「そうね。じゃあ明日は1層ずつ探知をかけて遺物発掘って言う事で」

「うん。それでいこう。ところで夕飯何食べる?」

「そろそろお魚が食べたいかも……干物でもいいから食べたいわ」

「魚かぁ。剣魚の干し物があったらボクも食べたいな」

「そうだ、ご飯食べ終わったらお風呂に入りに行きましょうよ。街の設営に周ってる人の話だとサウナ風呂ができたって」

「そうなんだ。じゃあ今日からはお湯を買って身体を拭くだけじゃなくて、思い切り垢擦りできるんだ」

「そういうこと。それじゃ、行きましょ」


 無意識か、それともさりげなさを装ってか、シオンはアクロの手を握って歩き出す。

その行動に驚くアクロだが、何も言わないシオンの様子に笑顔を見せると、彼女に腕を引かれる前に自分が前に立って料理を売っている行商人達の居る方へ向けて歩き出した。

 こうして、2人は中枢起動の日までを過ごして、ゆっくりと仲を修復していくのだった。

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