それでも二人はチーム
明けて朝、元から紅い為に目立たないが寝不足と号泣で充血した眼と擦りすぎて腫れぼったい目蓋の腫れを引くのを待とうとしたシオンだったが、そうも行かなかった。
「あら、何でこんな所で寝てるのよアクロ君。シオンちゃんはどうしたの?」
「はは、ちょっと」
「ふぅん。シオンちゃんは起きてる?」
「起きてる気配はあるけど出てこなくて……」
「そっ。こらシオンさん!起きてるんなら出てきなさい!仕事の時間よ!」
メビリムの声と共にテントの入り口が開かれ、メビリムが入ってくる。
「ちょっと、勝手に入って……」
「はぁ、ちょっと来なさい」
「や、やだ!こんな顔じゃ外出られない……!」
「それじゃ困るの。いいから来なさい」
手を取られ、テントから引きずり出されるシオン。
彼女が必死に顔を隠しながらどこに連れて行かれるのかと思っていると、メビリムが水屋で水を買う。
そして手ぬぐいに買った水をしみこませるとシオンの顔に当てた。
「あっ……これ……」
「一刻は待てないわ。半刻でその顔直して発掘所入り口に集合。いいわね?」
「……すいません」
「アクロ君と何があったのかは知らないけど、きちんと探知系の仕事をしなさいね」
「はい。ありがと、メビリムさん」
「こんなの柄じゃないんだけどねぇ。同じ女としてそんな顔で仕事させるわけには行かないじゃないの」
そう言って、他の団員にも声掛けをしに行くのか去っていくメビリム。
シオンは探知角を出して、目の周りを冷やしながらテントに戻る。
するとテントの前にはアクロが座っていて、シオンが近くに来るのを感じると彼は立ち上がった。
「あの、さ。今日使う物取るのに中に入ってもいいかな」
ぎこちない言葉に、シオンはついぶっきらぼうに言い放つ。
「なんで気にするのよ。ここは『私達』のテントじゃない」
「う、うん。そうだよね」
「別の場所で寝てもらうけどね」
「……はい。はぁ……ごめんね」
「もういいから、早く支度しなさい」
「うん」
出合った頃よりぎこちない二人。
こんな経験、お互いに初めてでどうすればいいのか解らない。
しかし発掘作業は待ってはくれないのだった。
いつもより開いた距離、いつもよりぎこちない、それ以前に格段に少ない口数でやり取りして発掘団を先導する。
そしてシオンの探知角で探し出した入り口の動力炉にたどり着いたアクロ達。
メビリムの指示に従いながら精鉱石を、ハッチを開けハンドルでロックされていた内蓋を開き、次々に精鉱石を入れていく。
するといつしか低い音が聞こえ始め、精鉱石が砕ける音が聞こえ始めた。
「いいわぁ。どうやら動力は確保できたみたね。発掘所の入り口を開きに行くわよぉ」
メビリムの指示で採掘者達はゾロゾロと来た道を戻り始める。
そんな中、アクロはシオンに歩み寄ろうと、一歩近づく。
「えっと、さすがだよね、シオンの探知角は。こんなに採掘所の入り口から離れた動力炉を見つけられるなんて」
「いつも機能の向上に努めてるから」
「一緒に、並んでやってたよね」
「……そうね」
「2人で訓練して、お腹すかせて……それで一緒にご飯食べてさ。楽しかったよね」
「そうかもね」
それでも空回りして、二人の間になんだか重い空気を落としてしまう。
アクロは敵よりも女の子の扱いの方が何倍も難しいと感じた。
敵との関係は単純に倒すか倒されるかだ、でも女の子は違う、倒したり倒されたりしたその後が重要そうなのだ。
勝つべき時に勝って見せて、負けるべき時は負けないといけない、そんな単純な力の関係ではないものを感じていた。
「初めに出会って石版を掘り出してる間、ボクがどんな気持ちで戦ってたか解る?」
「……アクロの事だからまだあの時は精鉱石が一杯取れるぞ!とかじゃないの?」
「あの時さ、ボクはシオンの事絶対守るって気持ちで戦ってたんだ。出会ったばっかりでおかしいかもしれないけど、また取り返しがつかなくなるような事は嫌だったから」
「貴方は、その、以前にあんな事があったもんね。それを聞いた今ならそんなおかしくは感じないかな……」
「それで、ボクはシオンの事は自分が守りたいんだ。だから……傍に居ても、いいかな?」
自信なさげに言ったアクロに、シオンの方から傍に動いてアクロの手を握る。
そして、アクロの顔を見ずに小さな声で言う。
「だったら、守ってよね」
「……!うん!」
周囲からは若い二人が何やら喧嘩をしていたようだけれど、その問題にも一応の決着がついたのか、と見られていた。
当然二人はお互いの事で一杯一杯で、周囲のそんな反応には気づいていなかったが。
そんな二人にメビリムが近づきそっと声を掛ける。
「二人とも、一応の仲直りはしたみたいねぇ」
「はい、まだ一応、ですけど」
「別に、仲直りとかじゃ……私はまだアクロの事、許してないから」
「え、えぇ!?そうなの!」
「ふふっ、まぁ女の子を泣かせると尾を引くって事ね。せいぜい発掘で自分の評価を取り戻しなさいアクロ君」
「別に、アクロの採掘者としての腕がどうとかは思ってないわよ」
「バカね、自分でも解ってるんでしょ。アクロ君の男としての評価、取り戻して欲しいんでしょ」
「な、なんでそんな……!」
「悪いけどね、貴女の昨日の泣き声。結構響いてたわよぉ」
「な、な、なー……!」
「あはは、それじゃあ2人とも『仲良く』なさいよ。貴方達はこの発掘団の起点である発掘登録者なんだから。それと貴女採掘所の入り口を開くの初めてでしょ。皆に話しておくからゆっくりきなさい」
そう言いながらシオンの頭を軽く撫でてから離れるメビリム。
彼女は周囲の採掘者に細々と話を通していく。
新しい採掘所の扉を開く事と、中枢で機能を回復させる事は古代語解読を行う発掘者にとっては一生にそう何度も無い名誉な仕事。
それをメビリムはシオンが出来るように取り計らっているのだ。
ここまでされてアクロとの不和を引きずる事もできない、そんな風に思ったシオンは、アクロの手を引いて歩調を速める。
「な、なに?急に速くなって」
「採掘所の入り口、開けたいのよ。他の誰かが痺れを切らす前に行きましょう」
「解った。行こう」
こうして新採掘所の入り口へと移動した二人は、入り口の脇に設置されていた、発掘系機能でその姿を完全に現した水晶のような窓と、その中の文字を操る為の文字列盤の前に立つ。
シオンはその文字列盤を、第398精鉱石採掘所の順路の石版に記されていた手順を翻訳した手記に従って打ち込みを行い、新採掘所入り口の鍵を外していく。
すっかり磨かれてつやつやと鋼材の輝きを宿すドアの中から音が響き、その度に周囲から期待に高まるざわめきが起こる。
メビリムはシオンの手元を見ながら、その動きを確認して細かく頷いている。
そしてその瞬間はやって来た。
想像以上に小さい音、だがしっかりとその時を待っていた周囲の人間に聞こえた。
ガチリガチリと歯車が動く音に合わせて開いていく新採掘所の入り口。
最後にガチンと音を立てて完璧に開放された入り口の姿に大きな歓声が上がる。
「やったわね、シオンさん。とりあえずは第402精鉱石採掘所の解放者として公社の記録に載るわ」
「あ、ありがとうメビリムさん。次は最初の層の地図を作成して配布する、ですよね」
「探知系機能がある採掘登録者にだけ与えられる権利よ。その地図の売却額の5%は記録者の物に。まぁ第一層の地図なんて買うのはマニアくらいで名誉権利みたいなものだけど、やってきなさい」
「はい!行くわよアクロ」
「解った。本当に嬉しそうだねシオン」
嬉しさの為か緊張の為か、どちらにせよ身体をぎこちなく動かしながら、古代人と敵しか入った事の無い採掘所内にシオンは歩を進める。
彼女は長い間密閉され、淀んだ空気と外気が交じり合う中で探査角を伸ばす。
探査の最小単位は分子レベルだが、砂漠の砂に水が染み入るようにシオンの知覚が広がっていく。
その過程で、傍らに立つアクロの状態も感知して、僅かに思考にノイズが走る。
だがそれを振り切って脳内にその層の完全な構造を構築したシオンは、背負っていた背嚢から軽量樹脂で形成された板と紙、そして鉛筆を引き出し、目覚しい速度と正確さで地図を描いていく。
「できました」
アクロに続いて採掘所内に入っていたメビリムに地図を渡し、他の探知系機能を持つ採掘者にも入ってもらい、改めて地形を精査してもらい、地図を決定的なものにする。
だがシオンの描いた地図はシンプルかつ、必要な情報は充分書き込まれたもので、他の採掘者の手が入る余地はあまり無かった為、シオンは優秀な探知者として同業者に認知される事になった。
「上出来だわシオンさん。もう中枢を目指す準備はいい?」
「えっと、それは……」
本来なら頼りになる戦闘系採掘者はいくらでもいる、しかしシオンは無意識にアクロに視線を飛ばした。
その視線をずっとシオンを見つめていたアクロはしっかりと受け止め、何も言わずに頷く。
アクロの無言の答えに力づけられたのか、シオンは力強く言った。
「行けます」
シオンの声に迷いが無い事を感じたのか、メビリムは頷き宣言する。
「これにて新採掘所発掘の開口式の終了を宣言します!以後各員は自由に採掘所を進んでください!古代の遺物を探すもよし、敵の居ない間に深層までの地図を作るもよし、当然敵の戦力を自らの力を持って調査して情報として纏めるのも自由です!採掘公社はその全てを買い取ります!」
この声は入り口周辺で外にあぶれていた戦闘系採掘者にも届き、全員が一斉に鬨の声を上げる。
そして人が通路に殺到する気配に、アクロはシオンの腰と太ももを抱き上げて聞いた。
「次の層への道は?!」
「え?えっと、あっち!」
シオンが指差した方向の通路に駆け出すアクロ。
その腕の中で、しばらく忙しく方向を指示していたものの、次の層への入り口前で床に降ろされると、シオンは顔を真っ赤にしてアクロに食って掛かった。
「ど、どうして抱っこなんかするのよ!」
「だってあのままあの場に居たら人の波に飲まれちゃってたよ。それに……」
「それに?」
「行くんでしょ?採掘所の中枢」
言いながらまだまだ精鉱石の詰まったリュックサックを叩きながら言うアクロの悪びれない様子に、シオンは口を一度つぐむ。
しかし彼女は再びすぐに口を開く。
「次は自分で走れるから。抱っこは無しよアクロ。まだ私達、恋人じゃないんだから」
「あ……ごめん……」
「解ってくれればいいわ。それじゃあ行きましょう。私の勘だとこの先はまだまだ長いわ」
照れ隠しなのか、それとも探知系機能を持つものとしての行動なのか、シオンは先に立って下の層への道を歩き出す。
アクロはその後を距離を計ろうとして、すぐに頭を振っていつでもシオンをカバーできる距離に近づいた。
こうして2人の初めての発掘は始まったのだった。