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二人の出会い

 少し変わった人間達が、採掘所と呼ぶ地下施設の中で敵と呼ばれる、採掘所の中枢を起動させれば延々と生産される敵と言う存在。

 それらと精鉱石という、多目的に使える鉱物を得るために戦う世界。

そんな世界の片隅で、少年と少女は出会う。


 少女は必死に走っていた。

少女は石灰石を塗りこめたような真白い肌の細身の身体を、赤茶の皮をなめした長袖で裾の長さはお尻の辺りまでのジャケットで包んでいた。

足は動きやすいホットパンツと底を弾力のあるソールで覆った足首までの靴を履いている。

背中には背負った小さな水筒や妙に膨らんだ背嚢が躍り、ドンドンと背中を叩くのを気にする余裕も無く走る。


 少女がひた走る洞窟、第398精鉱石発掘場のような場所に現れる単純に敵と呼ばれる、侵入者を殺す存在は自らが守護する階層というものを厳密に守る。

だからこれは少女が上層へ昇る事ができる出入り口にたどり着いて逃げ切るか、何らかの理由で追跡者である敵の群れに殺されるか。


 そんな勝負だったのだが……少女の行く手に人影が現れた。

少女の優秀な感覚器官である目は、その行く手に現れた人影の装備と体格を瞬時に分析するが、背後に迫る敵の群れとかち合えば確実に人影が殺されるという判断を下した。

 故に少女は。


「逃げて!沢山の敵に追われてるの!貴方も飲まれない内に走って!」


 叫んだ。

はっきりとその姿が遠目にも見えてきた。

粗末な生成りのシャツとズボンから覗く肌は銅製のようなメタリックブラウンの肌を持つきちんと肉のついた体。

 濃紺のざんばら髪をした少年は剣を腰に下げているだけで靴も履いていない、少女はそんな装備の少年1人を巻き込んだら死なせてしまう、と思った。

 だから、少女の声が届いているはずなのに動かなかった少年を心の中で罵った。

何故逃げないのかと、もし無謀な英雄願望で動かないのだとしたら大馬鹿だと。


 しかしその間も少女が足を止める事はない。

みるみる内に2人の距離は詰まって、少女が少年の傍を行き過ぎるその前に、少年は一跳びで少女の背後に迫っていた敵の群れに飛び込む。

 そして、すらりと安物の鋳造品と思しき片手剣を抜く。


 その行動に思わず少女が振り返って立ち止まると、そこは銀閃が瞬く一方的な制圧の場になっていた。

先頭の敵軽量種、絡まりあった血管と骨格の剥き出しの人の腰あたりまでしか身長のないそれ。

軽量種の細い首の継ぎ目を的確に刎ねていく少年を前に十数匹居た数を瞬く間に減らしていく。


 くるり、くるりと標的を変えて身体全体を回転させて背中のマントにしては小さな布をたなびかせながら跳び回る通路一杯の広さを制圧圏とする。

その少年の動きはまるで見世物小屋の軽業師のようで、とても戦う者の動きとは思えなかった。


 そうこうしている間に全ての小型の敵を倒した少年はゲル状になり洞窟の壁面や床に吸い込まれるそれを無視して、小型の敵の後をやや遅れて追跡してきた中量種の敵と相対する。

 骨格と血管だけの猿という風体だった軽量種とは違い、胸部や首、人間で言う手に当たる部分を鋭い杭にして、逆間接の足で継続的な速度では小型種に負ける。

 しかし瞬間的にはそれを上回る瞬発力を出せる足など、重要な部分は装甲に包まれている。


 しかしそれも少年にとっては些事だった。

無造作に中量種の懐にもぐりこみ、装甲の隙間から剣を突き立て全身を動かす神経部を破壊していく。

瞬発力に優れる中量種を相手に間合いを自らの得意とする距離に保って動き、包囲攻撃をさせない少年の動きは高速で突き入れられ、引き抜かれる剣の動きそのものだった。

 そうして中量種の動きを封じた後は、振り回される杭のような腕腕を掻い潜り敵の中枢がある胴体の中心を、装甲の無い腹のあたりから深く剣を突きいれ、その機能を奪っていく。

コレを5回こなすのに3分と掛けていない。

電光石火といっても過言ではない打ち倒し方だ。


 最後に、通路全体を覆うような板状の身体の八方から脚を生やし、横向きの紡錘形の身体の中心に緑色に輝く目のような器官を備えた敵が現れる。

 その周囲に刺突剣のようなまつげが生えていて、順に収縮を繰り返している敵重量種が迫る。


 それに対し少年はぬるりと滑るように間合いを詰める。

そして、一定の距離に入った瞬間まつげはてんででたらめに少年に向かって突き出され始めた。

でたらめだが刺突の壁のような攻撃の膜を張るが故に目に見える弱点と思しき部位である緑の目に近づけない。

 そんな攻撃だったが、少年は突き出されるまつげが見えているようにすり足による最小限の動きだけでかわし、更に前に出る。

更に少年が接近したその時、でたらめだったまつげの動きが同調を見せる、目を保護するかのように捻られた剣山のような攻防一体の動きを見せ、少年から距離を取ろうとした。

 しかし少年はそれまでの慎重な距離の詰め方から、一足飛びにその剣山の壁の内側に飛び込んで目に剣を根元まで突き立てる。

 刺された重量種は大きく身震いをすると、通路に這っていた脚を弛緩させ地面に倒れ臥す。


 重量種の屍骸が溶けた後に立つ少年を、少女は呆然と見ていた。

彼女の目は少年の持つ剣が、普通ならこの第398精鉱石採掘所最深部で通用するようなものでないという解析結果を知らせていた。

 だが少年は圧倒的な力で勝利した。


「あ、貴方何者なの……こんな所にそんな装備で来るなんて正気じゃないわよ」

「ボクはアクロ。第1精鉱石採掘所で活動していたんだけど、事情があってここにやってきたばかりなんだ」

「……こんな事初対面で聞くの悪いかもだけど、事情って何?第1から来たって事は貴方相当強いんでしょ?」

「その質問に関してはボク以外の人の名誉にも関わる問題なので言えない。それより君の名前は?」


 少年、アクロからの応答に少女ははっとして頭を下げる。


「ごめんなさい!私の事助けてくれたのにお礼も言わずに失礼な事言っちゃった。私シオン。ちょっと事情があってこの階層の敵から逃げるのに必死になってたの。助けてくれてありがとうね、アクロ君」


 シオンはアクロにぺこりと頭を下げた。


「うん、どういたしまして。ところであいつらの精鉱石、山分けでいいかな?」

「へ?」

「だってあの敵は君が集めたんでしょ?で、ボクが倒した。だから精鉱石を、敵を集めた人と倒した人で半分にって思ったんだけど。ダメかな?」


 首をかしげて問うアクロへ、シオンは手を左右に振ってそんな事無いと言うジェスチャーを送る。


「だ、ダメっていうか……私はあいつらから逃げてただけで、集めるとかそういうんじゃないから!精鉱石は全部アクロ君のでいいよ!」

「本当!?シオンは良い人だなぁ」


 白い顔の中の赤い瞳を丸くしてアクロに精鉱石の所有権を譲るシオンに、アクロは鋼色の瞳を瞑って満面の笑みを返す。

 そして敵が溶けた後に残された掌に2、3個は収まりそうな真珠色の鉱石を拾い集め、その半分を無造作に口に入れて咀嚼するアクロ。

 ざくりざくりと砂にスコップをつきたてるような音を立てながら、瞬く間に平らげる。


「……半分も食べちゃうんだ、精鉱石」

「うん。精鉱石を食べて身体を鍛えておくと下手に武器を買うよりお金が掛からないからね」


 2度驚いて呆然と言った様子のシオンに、光源の無い地下では光らない透明な歯を見せて笑うアクロ。

その言葉を聞いてシオンは声を上げる。


「何言ってるの!?普通精鉱石を売ってお金にして装備を良くしたほうが楽に強くなれるに決まってるでしょ!貴方どのくらい精鉱石食べてるのよ!」

「んー。覚えてない。ボクあんまり細かい事覚えられないんだ」


 物覚え良くない宣言をするアクロを、シオンは軽く口元を引きつらせてたしなめた。


「細かい事って……ここでそんな武器で戦えるほど精鉱石食べてたら細かくなんか無いわよ、数千万ジータっていう単位でお金に換わる量食べてるわよ貴方」

「そうなのかな?気づいた時にはもう食べてた感じだからなぁ。精鉱石はお金にするものじゃなくて食べ物って感じだよ」


 シオンの呆れ混じれの指摘に、アクロはあくまで泰然と答える。


「ちょっと、命の恩人にこんな事言ったら失礼かもしれないけど、貴方あんまり頭を使わないで良く叱られてたでしょ」

「え?なんで解るの?ボクも前にチームを組んでた仲間に沢山言われたんだよね、悪い奴に騙されるなって。その通りに出来てるか良く解らないけど」


 不思議そうな顔をするアクロを見て、シオンは絶句する。

これは放っておくとろくな事にならないタイプだと直感したからだ。

それと同時に、アクロの力が調度良いという事に気づいた。


「あの、さ。まだこの階層を探索したりする?」


 ちょっとアクロの様子を伺うように上目遣いで彼を見るシオン。

その時初めて彼女は気づいたがシオンの方が仕草は幼いのに、身長はアクロの方が高い。

戦っているときのアクロは少し姿勢を低く取っていて、身長が低く見えたのだ。

そんな細かい事を観察しているシオンに、アクロは明るく答える。


「当然。ボクまだこの階層に来たばっかりだよ。今すぐ戻るなんてもったいないよ」


 やる気満々という態度のアクロを見て、内心でやった!と快哉を上げながらシオンは言った。


「あのね、実はちょっとお願いがあるんだ。出来たらでいいんだけど……聞いてくれるかな?」

「お願いの内容による。悪いことだったら引き受けないよ」


 ちょっと固いけれど、まったく望みが無いわけではない答えにシオンは内心小躍りする。


「じゃあさ、実はこの層にある順路の石版の調査をしたいんだけど、その間護衛して欲しいの。お願いできる?」

「うーん、護衛かぁ。ボクも敵を倒して精鉱石を稼がないといけないからなぁ」


 そう言うアクロの背中にマントのように広がっていた布は、巨大なリュックサックだと気づくシオン。

それを見て内心、どれだけ敵と戦うつもりだったの……と呆れながらも話を続けた。


「それなら大丈夫。だってこの遺跡の順路の石版の近くには敵の生産ラインがあるから。私が一人なのもそこに理由があるの」

「ほんとに!?それならボクも願ったり叶ったりだよ!護衛、引き受ける!」

「やった!じゃあ早速案内するわね。でもその前に……お願い聞いてくれてありがと!」


 感謝の言葉と共にシオンは自らの耳をアクロの耳と触れ合わせる。

これは彼らの世界における親愛の情を持ちました、あるいは持っていますというのを示す行為だ。

シオンの行動に最初はきょとんとしていたアクロだが、彼もすぐに彼女の耳に自らの耳を触れさせると言った。


「どういたしまして。よろしくね、シオン」


 こうして少年と少女は出会ったのだった。

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