8月20日 救出
ミカが誘拐された。
ミカからの電話が切れたとき、キクハラユウカはしばらく放心状態に陥った。
ミカは現在、連続強盗殺人犯の丸井といる。しかもこの町の外だ。
口では自分からついていったように言っていたが多分人質にとられたのだろう。
ニュースでよく聞く丸井という名前。彼の性格は異常そのもので、数えきれないほどの殺人を犯したという。そんな男とミカはいっしょにいる。
助けにいかなければ。
そう思ったキクハラは洗面所に向かった。そこで出かける下準備をするのだ。
鏡には髪の乱れた疲れた顔の中学生が映っている。はあ、いつからこんな中年の女みたいな顔になったのだろう。きっと両親が原因だ。キクハラは両親とうまくいっていなかった。
キクハラは顔を洗い、歯磨きをして、髪にスプレーをかけた。
これで外に出るための仮面はできた。
時刻は十二時半、二日分の服と食料と財布と携帯電話を持ちキクハラは自分の家を出た。8月の後半の空気はひんやりとしていた。
まずはこの町を出るのだ。退屈に縛られたこの平穏な町から出るのだ。そこからは一本道を歩き、その先の友達の家に泊めてもらう。もうその友達には連絡を入れてある。こんな時間にかけたので嫌そうな声だったが何とか理由を作り、泊めてもらえることになった。
世果川の橋を渡り、一面田んぼの一本道をひたすら進む。ここを通ったのは二か月ぶりだ。つまり二か月もの間あの町を出ていないのだ。そんな自分に腹がたった。
わたしたちはあの町に拘束されているのだ。まるで魔法の呪文にかかったようにあの町からは出られない。
蝉の鳴き声が耳障りだがひたすら歩いた。眠たかったがひたすら歩いた。
一本道は人を考えさせる。キクハラは過去の事を思い出していた。
キクハラは医者の家に生まれた。なので比較的裕福な生活を送ることができた。幼稚園、小学校と上がっていき、小学四年生のときにミカに出会った。キクハラは明るいミカに心惹かれていった。キクハラは幼い時から男に恋をしたことが無く、なぜか女ばかりを好きになった。保健の授業で女と女じゃ子供をつくれないと聞いて落胆した。
そんなキクハラはミカを手に入れたいと思うようになった。彼女の親友となり、彼女のすべてが知りたいと思った。
しかしミカの隣にはいつもシノという女がいた。シノはミカの親友だった。
それが許せなくてキクハラはシノを憎むようになった。そしてシノとミカの関係を崩したいと思った。
バレンタインの日には睡眠薬入りのチョコをシノに渡すという嫌がらせをしたが、しのは家でそれを食べたためあまり意味はなかった。キクハラはそれでミカとシノが一緒に帰るのを阻止できると思ったのだ。
ほかにも色々な嫌がらせをしたが、大した効果はなかった。
しかし転機が訪れた。シノが転校したのだ。どんな理由かわからなかったが、邪魔者がいなくなってくれたのだ。そのことでミカは酷く落ち込んだ。それが少し嫌だったがキクハラは励まし続けた。
それからというものミカとキクハラは親友になり、いつもいっしょに過ごすようになった。
だが、キクハラが中学生になったあたりから、家が崩壊していった。
キクハラは母親と何度も喧嘩し、やがて話さなくなった。
原因はキクハラの家で飼っている犬だった。
母は犬のパンサーが大好きだったがキクハラはその犬が大嫌いだったのだ。
キクハラはパンサーが母に媚びる姿、馬鹿みたいに餌を頬張るところ、すべてが嫌だった。それはまさしく嫌悪だった。
パンサーを溺愛している母は、キクハラが叱りつけるだけでキクハラに殴りかかってくるようになった。
それが原因で母との関係は悪化し、それを止めようともしない父のことも嫌いになった。
もうあんな家、早く出ていきたい。高校に入ったら出ようと思っている。
そんなことを考えながらコンビニの前までたどりついた。
「スターコネクト」という名前の派手なコンビニ。ミカもここに来たらしい。キクハラはなんだかうれしくなった。
確かミカはこの店の店員のマンションに泊めてもらっていると言っていた。ならばここの店員の履歴書を見ればミカの居場所がわかるかもしれない。
キクハラはコンビニに入り、店長に事情を話した。
私の親友がここで働いている人の家で泊まっているそうなんです。家出なので彼女の母親が心配しています。連れて帰りたいのでどうかその店員の住所を教えていただきたいのです。と言った。
以外にも店長は快く店員の履歴書を見せてくれた。キクハラの顔が大人っぽく見えるので中学生とは思えなかったのだろう。
そしてキクハラは4枚の履歴書の中からマンションに住んでいる人のものを見つけた。キクハラは心の中でほくそ笑んだ。その店員の名前は佐竹孝子。三十二歳。
この人の部屋に行けばミカが見つかる。
ミカはお礼に水と雑誌を買い、友人の家に向かった。
第4話です。
最近桐野夏生の小説にはまっています。彼女の文体はとげがあっていいです。
それでは楽しんでください。