8月23日 夢の終わり
ミカと丸井は「ホットオーシャンアイランド」の夢の国エリアにいた。
そこには夢物語のキャラクターたちの乗り物やアトラクションがあった。小さい子がみたら泣いてしまうんじゃないかというくらい大きな顔をした着ぐるみが笑顔で徘徊していた。どこか不気味だ。
「すごいところね」ミカが呆れて言う。
「そうだな。迷子になるなよ」
「ならないわよ」
「麗はあそこの階段を降りたところにある水族館にいるんだ」丸井は地下へと続く階段を指差した。
「そうなんだ」
「急がなきゃね」ミカが静かに言った。
あたりには警察官が二、三人いた。
もう情報を嗅ぎ付けたのだ。多分、キクハラの仕業だ。
「これが最後かもな」丸井が遠くを見て言った。
その言葉に胸が締め付けられる思いがした。丸井にあの町で別れを告げられた時と同じだ。
「そんなこと言わないでよ!ここまで来たじゃない。麗ちゃんにも会えるのよ」ミカは涙を流しながら言った。
「もう私を一人にしないでよ」
「ああ。悪かった」
二人は階段を下りた。
中は暗くなっていて、少しの明かりがついてあるだけだった。
海の生物が間近で見られるようになっているらしい。
だが今はゆっくり見ている場合ではない。
「ここにいるのね」
「そうだ。だがいるのは麗だけじゃないみたいだな」丸井はここにもいる警察官を見渡しながら言った。
ミカと丸井はなるべく気づかれないようにゆっくりと進んだ。
イルカの水槽、シャチの水槽、サメの水槽、タコ、イカ、サンマ、アジ、いろいろな水槽があった。
麗はフグの水槽の場所にいた。年配の女性もいっしょだ。
見た目では病気になどかかっていない健康な少女だった。
わかったのは丸井が小さく名前を言ったからだった。
「麗・・・」
そうつぶやいた彼の目からは涙が流れていた。
長らく会っていないのだろう。
麗も丸井を発見したらしく丸井の方に走り寄ってくる。
しかし丸井が抱きかかえようとした瞬間、警察官の大きな声がとどろいた。
「止まれ、丸井!」
がたいの大きい警察官が叫ぶと、ぞろぞろと他の警官も集まってくる。
大勢の客が驚いてこちらを見る。そして連続強盗殺人犯の顔を見ると悲鳴が上がった。
「ちっ。見つかっちまったか」丸井はミカを見た。
「どうしよう、いっぱいいるよ」ミカはパニックを起こしていた。
麗は何が起きたのかわからず泣き始めた。
歓声、鳴き声、どよめき
それらがミカをパニックへ導いていた。
「ここまで来たらしょうがない!」丸井が叫んだ。
「お前は逃げるんだ」
ミカの頭でその言葉がこだました。お前は逃げろ。逃げろ。
「いやよ!私はあなたを守るって決めたの」ミカは泣き叫んだ。
「お前だけでも逃げるんだ。お前は何もしちゃいない」ミカの肩をつかんだ。
「私はあなたの共犯者なのよっ」息が荒くなり、何を言っているかわからなくなった。それでも続ける。
「私は退屈な日常から抜け出すの!」そこまで言うとミカは急き込んだ。
「何もしゃべるな。おとなしくしろ」警官が銃を構えて言った。
「お父さん!お父さん」麗が泣くので丸井の母がなだめる。
「龍斗。その子だけでも逃がしなさい」丸井の母も言う。
それは刹那の出来事だった。
丸井がミカを押し、群衆の中に紛れ込ませた。そこにはなぜかキクハラがいて、嫌がるミカの手を引いた。
そして丸井は何十人もの警察官に取り押さえられた。
「嫌よ!手を離して!丸井を助けるのよ」涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら気が狂わんばかりの勢いで叫んだ。喉がかれるまで叫んだ。
「麗ちゃんはどうなるのよっ。かわいそうじゃない!」どんどん言葉があふれる。
そう言っている間に丸井は連行されていく。
ミカは自分も連れて行ってほしかった。せめて丸井と同じ苦しみを味わいたかった。
自分も共犯者なんだから。
「私もつれてって!私は共犯者なのよ」ミカの言葉を無視し、キクハラは遠くへ連れて行く。
たった一週間だったけど丸井の存在は大きくなり続けた。あの町で出会ったとき、彼にそんなものを感じた。この人なら私の生活を変えてくれる。運命を切り開いてくれる。退屈な日常から連れ去ってくれる。
だから私はついてきた。彼を守ろうとした。
どんな危険に出会っても二人で乗り越えようとした。
そんな丸井をあいつらは連れ去ってゆく。
「あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」ミカは叫んだ。
意味もなく叫んだ。
もう夢の時間は戻ってこないのだ。
そして、退屈な日常が戻ってきた。
朝起きて、顔を洗って、ご飯食べて、学校に行って、帰ってきてまた寝る。
だけど時々思い出す。
七日間の冒険の事を。
出会った人々の事を。
サタケ、富田商店の主人、孝弘、「吸血鬼の城」の女主人、麗、丸井の母、そして丸井。
これらの事は決して忘れないだろう。
最終回です。
ついにホリミカシリーズ終わってしまいました。
何となく書いた第一作「ホリミカの出会い」。
過去編を描いた「ホリミカの記憶」。
そして最終章の「ホリミカの逃亡」
たった3章ですけど、ここまで続くとは当時本当に思っていませんでした。
すごく思い入れがあり、この話を書いているときに恥ずかしながら涙が出てしまいました。ラストは最初から考えていたんですけど、ここまで自分のエッセンスが詰まったものになるとは思いませんでした。
最後まで書くことができて本当に良かったです。
みさなん、よろしければこの作者の熱血の思いがたくさん入った小説を読んでください。
読んでいただいたみなさん、暑くお礼を申し上げます。
それでは次の作品もよろしくお願いします。