青春部(仮)説明会(中)
「じゃあまず、青春部の部活動の概要に関して説明しようか。青春部っていうのは、その名前のとおり、この高校生活を青春するための部活だ」
「…青春するって、なんですか?」
ボクは思わず口をはさんでしまう。はさんでから、先輩と目があって、ちょっとというかかなりドキッとする。
「うん。誰か聞いてくれると思った。わたしが言った青春というのは、河川敷でケンカして転げまわったり、夜のプールに忍び込んで泳ごうと思ったら、先に忍び込んでいた異性と恋に落ちたり、夕焼け色の坂道を君を自転車の後ろに乗せて、ゆっくりゆっくり下っていく、とか、世間一般における、そういう青春を目指しているわけではない」
東雲先輩のいう「青春」のイメージはどことなく学園物のドラマや映画の香りがする。
「んじゃあ、先輩のいう青春って、なんですか?」
「うん。そうだな。実例があるとわかりやすいと思う。最初に言っておこうわたしの青春は、『化石掘り』だ」
「「「…はっ?」」」」
この部屋にいた数人の人間の声がシンクロし、同じ音、同じニュアンスの言葉を発した。
「は」この一文字で、人間における食べ物をすりつぶすカルシウム質の物体から、植物の葉っぱ、果ては今回の意味で用いられる、疑問を表す言葉にまでなってしまうのだから、日本語は難しいものである。
日本が難しいっていえば、「カセキホリ」って「化石掘り」で、変換あってるよね。
「可世木 堀」って名前の人に恋して青春してますとか、そういうことじゃないよね?
ボク達の一糸乱れぬ怪訝な様子に、なぜだか先輩は一人うなずいている。
「そうだよな。みんなそういうリアクションするんだよな。わたしの趣味を教えると、かならずみんなそういうリアクションになるんだ」
まぁ、それはそうだろう。だって目の前にいる、いかにも美人でおしゃれなんかに気を使っていそうな女子高校生が、「わたしの趣味は化石掘りです」なんて言い出したら、なんてシュールな冗談だろうと思ってしまうさ。
「つまりだ、わたしは高校生活で自分のやりたいこと、熱中したいこと、つまり化石掘りをやるために青春部を立ち上げたんだ」
「「「…はいっ!?」」」」
なんだ、なんだよなんですか!?えっ、何?んじゃあボク、この部に入ったら化石掘りやらされるってこと?
「…どういうことですか?わたし、化石掘りなんて興味ないですよ。化石掘りやりたいなら、『化石発掘部』なり、『古代生物部』なり作ればいいじゃないですか」
ずっと不機嫌そうな顔をして、先輩の話を聞いていた眼鏡で細身の子が、例によって突っかかった。それはそうだ。青春部なんて名前の付いたよくわからない部活に誘われたと思ったら、化石掘りをやれだなんて唐突すぎるし、わけがわからない。
「まあ、待て。待ってくれ。今のはわたしの場合の話をしただけだ。わたしは『わたしの青春』の話をしただけなんだ。わかるかい?」
「先輩の青春、ですか…?」
「そう。わたしの青春。わたしが一番好きで、一番やりたいこと。高校生活の中で情熱を傾けたいこと。今日集まってくれたみんなにもあるんじゃないか?そういうもの」
ボクは驚いていた。自分が一番情熱を注ぎたい趣味を持っているかと聞かれたら、確かにボクは持っている。男としてはへんてこ極まりない趣味かもしれないけれど。
ふと周りの生徒たちの顔を見てみると、みんなボクと同じように心当たりがあるような顔をしていた。
「ふふ…。その顔を見るとあるみたいだな。みんなそれぞれ何かしら情熱が注げるものが。うん。やっぱりわたしの嗅覚は間違っていなかったらしい」
少し得意げに笑う先輩は、なんだかやっぱりとてもかわいかった。
「でも、それじゃあ、この部活は、どうするっていうんですか?ここにいる人間がそれぞれの趣味に興味を持つなんて思えませんが」
今度は窓際で問題集を解いていた子が質問する。
「だから、興味なんて持たなくていいんだ。この部活は、それぞれに、それぞれがやりたいことをやりたいようにやる。そういう部活だ。部活の時間には、それぞれが、それぞれの趣味に取り組んで満喫する。それだけでいい」
「…だって、じゃあ、えっと?それって部活にする意味ないんじゃないですか?みんなで集まっても別々のことをしているんですよね?それなら一人でやってればいいじゃないですか?何のために部活として集まるんですか?」
もっともな意見だと思った。それぞれが好き勝手に好きなことをするための部活。
そんなもの部活にする必要ないんじゃないか?
「なぜ私がこの部活を組織しようと思ったのか、理由はいくつかあるんだ。一つ目、何も知らない人に自分の趣味の話をすると変な目で見られるんだ。だから、自分の趣味の知ってもらったうえで、好きに話ができる空間が欲しかった。二つ目は化石掘りに専念するための理由が欲しかった。当然わたしにも友達はいるし、遊びにも行く。でも、彼女たちとの付き合いに、わたしの趣味は加味されていない。たとえば週末に遊びに誘われたときに、『化石掘りに行くから』と言って断ることはできなかった。だってそんなこと言ったら変な目で見られるし…それに、『化石掘りなんかとわたしたちと出かけるの、どっちが大事なの』っていう、一番つらい言葉を言われてしまう。…わたしにとっては化石掘りはすごく大切なことなのに…」
先輩の言葉に、思わず感じいってしまっている自分がいた。
自分にとっては大切なこと。それが相手にとってはどうでもいいことで、バカにするようにあしらわれた時の悲しさは痛いほどわかる。
『こんなもん何が楽しいんだ?』
これは何かに情熱を傾けている人間にとって、最悪の言葉だ。
好きなことに、楽しいことに理由なんてないのに。
「…すまない。ちょっと感情的になってしまったな。さっき言ったように、直接趣味のことを話すとバカにされてしまう。だが、もし部という組織をはさんで化石掘りに取り組むなら、『部活があるから』と言うだけで、自分の趣味がバカにされなくなる。…かなりネガティブな理由かもしれないが」
先輩はそんな風にいって笑った。
その笑顔の裏に、いろいろな嫌な思い出を押し込みかくしていることは容易に想像できた。
「その四、きっとわたしと同じように、なじみがない趣味に打ち込みたいけれど、それに打ち込むための居場所がないと感じている生徒が、他にもいると思ったんだ。もし、そういうふうに感じている仲間がいるなら、ちょっとでも気持ちがわかる人間が同じ部活にいるというのは居心地がいいのではないかと思った」
そうかもしれない。確かに、そうかもしれない。
マスコット作りに打ち込むための居場所が、確かにボクは欲しかった。
「最後に…これはひどく自分勝手な理由なんだが…」
先輩は恥ずかしそうに、最後の言葉を付け加えた。
「化石掘りは大好きだけれど、誰にもバカにされないように一人で趣味を隠しながら続けるのが、ちょっとだけさみしかったんだ…」
そんなふうに言って、先輩は照れくさそうに微笑み…
それを見てボクは、この部活に入ることをひそかに心に決めた。