お粥とジャムと
「へえ、おいしいじゃない」
配られたプリンを一口含むと、長谷川さんが言う。
「ただ、究極だなんてそんな大それたものかしら? 市販のプリンよりははるかにおいしいとは思うけど」
「まあどう思うかは人それぞれだよ。私的には究極なんだ」
うれしそうに答える布施さん。なにが一体そんなにうれしいんだろう。
でもそれだけうれしそうな表情を見せられると、こちらまで気持ちが和んでくるように感じる。
「……まあ、うまい」
北川君は言葉少なにそれだけ言う。
東雲先輩は多くは語らずただ微笑んでいて、石田君は石田君でいつもどおりお茶の配給中。
ボクもスプーンをひと匙ずつ口に運ぶ。
程よい甘さと柔らかさ。カラメルがほろりと苦い。
確かにすごくおいしいとは思うけど、これが究極の味かどうかはわからない。
プリンを食べ終わると、長谷川さんは予約したゲームをとりに、北川君はいつも通り、ふらりとどこかへ行ってしまった。だけど二人とも「おいしかった。ごちそうさま」とそれぞれの言葉で言い残していったのが印象的だった。
部屋に残された東雲先輩と、究極のプリン作成メンバーはのんびりとお茶を飲む。
「究極のプリンだったな」
「……え?」
唐突な先輩のつぶやきの意味をボクはとらえられない。
「でしょう!! わかってるなあ、先輩は」
だけど、布施さんはテンション高く相槌を打つ。
「えっと、どういうことですか?」
疑問符を浮かべているボクに、布施さんが笑って答える。
「この間話したろう? 食べ物のおいしさを決める要素はいっぱいあるって」
布施さんの言葉にボクはうなずく。
「この間は、味とかかたさとか匂いとかいろいろ言った。だけど、おいしさを決めるのにもっと大事なものがあるんだよ」
「味やにおいより大切なもの?」
「ああ、それはシュチュエーションだよ」
「シュチュエーション?」
思わずオオム返しになるボク。
「例えば大好物があったとする。だけどひどく落ち込んでいる時に、それを前にしてもおいしく食べられないだろう? もっといえば嫌いな奴と食事を同席しなきゃいけないときなんか、あんまり味をおいしく感じられない、そうじゃないかい?」
確かにそうかもしれない。親とけんかした日の夕食は気まずかったりするし、慣れない場での会食というのは落ち着かない。
「逆に慣れ親しんだ仲間となら、多少まずくてもわいわい楽しく飲んだり食べたりできる気がしないかい?」
ここまで言われてボクはようやく布施さんの意図が分かる。
「つまり、今回の企画って……」
「そう、一部に私の趣味も含まれてるけど、メインの目的は部活の仲間で一緒におやつ会とかやってみたいなーって思っただけなんだ。でも、そんな風に素直に言ったって、この部活のメンバーはいつもフラフラ自分の興味を追って歩いているから、集められそうにもない。ということで、私の趣味への協力という部の活動ということにして、みんなを集めちゃおうと思ったわけ」
なんていう、なんていう回りくどい企画なんだろう。
でもそんなところがひどく布施さんらしい気がする。
「うん。また究極のお菓子シリーズは企画するから、二人とも手伝ってよ。そしてまたみんなを強引に集めておやつ会しよう!!」
布施さんはボクと石田君に向かって言う。ボク達は笑顔でうなずいた。
「ちょっとまて!! なんで私はお菓子作りに呼んでくれないんだ?」
東雲先輩が少し焦ったように言う。
「その、先輩なんとなくなんですけど、あたしと同じ匂いがするんですよ」
にやりと笑いながら、どこかで聞いたことのあるようなセリフを言う布施さん。
「先輩、私と同じで料理とかできない人でしょう? お煎餅を作ろうとして、ジャムになっちゃうくらいひどい料理べたとみた!!」
煎餅をジャムにって、むちゃくちゃだろう!! と内心で突っ込みを入れたボクだったが、先輩の顔を見て愕然とする。すげぇ悔しそう!!
「ジャムまでひどくはならない!! せいぜいおかゆレベルだ!!」
「……あんまりかわらないっ!!」
思わず突っ込みが出てしまったボクは、あわあわしながら手を横に振る。
「あのその、えっと、そうじゃなくて……」
「む、ジャムと、お粥じゃ、違うもん……」
そう言ったままふくれてしまった先輩を前に、ボクはどうしていいかわからずあたふたし、石田君はいつもの笑みに少しの苦笑を混ぜて、布施さんは至極愉快そうに顔を緩めていた。
ともかく、布施さん発案の究極のプリン作り、もといみんなで一緒にお茶したいの会は、無事に(?)成功したのだった。