帰り道の出来事
布施さんの家を後にしてのかえりみち。途中までは石田君の家と同じ方向のようだった。
やはり部室以外でメイドコスの美少女にしか子と並んで歩くというのは気が引けてしまう。
「石田君はすごいね」
「? 突然なんですか?」
独り言のようなボクのつぶやきに、石田君は不思議そうな顔をしている。
「お茶を入れるのもうまいし、今日のプリン作りだってめちゃくちゃ器用にこなしてたし」
「その程度大したことありませんよ。清水様だってお料理手慣れているように見えましたよ」
石田君はそう言ってほほ笑む。清水様、か。「君」の方がいいんだけれど……。
「いや、石田君は手際が全然違ってたよ。本職の人みたいだった」
「それほどでもありませんよ。でも、光栄です。ありがとうございます」
少しスカートの裾を持ち上げてぺこりと頭を下げ、はにかむ。
格式高いいつものお辞儀とは少し違う、ちょっとおどけたような照れたような表情。
……だからなんでボクの胸は高鳴ってるのさ!! 落ち着けボクの鼓動!! 石田君は男だ!! 落ち着け!!
「……そっ、それに、いつも部室を掃除してくれているの石田君でしょう?いつもきれいだから掃除もうまいんだって感心してるよ」
少し動揺しながら、そしてほほのあたりの熱さを感じながらボクは言う。
「……え?」
これに対して石田君は驚いた顔をする。
「気づいていたんですか?」
「そりゃあ気づくよ」
あれだけ広くて古い講堂が、いつもホコリもなく新鮮な空気に包まれているなんて、誰かが定期的に掃除しているとしか思えない。そしてその「誰か」はほぼ間違いなくこのメイドさんだ。
ボクのそんな物言いに対して石田君は驚愕しているようだ。
「どっ、どうしたのそんな顔をして。何か悪いこと言った?」
「いえ、ただ驚いてしまって……。メイドの仕事と言うのは悟られず、主張せず、空気のようにあって当たり前のものだと思っていたので。こんなふうにほめられるなんて思っていなくて」
その言葉を聞いてなぜか少し違和感を感じた。
「ねえ石田君」
「はい」
「石田君も言った通り、ボク達は同じ部活の仲間だよ」
「はい」
「だから、メイドとしてのポリシーとかいろいろあるのかもしれないけれど、ボクは石田君のやってくれることをうれしいと思ったらお礼を言うし、すごいと思ったらほめるよ」
ボクの言葉に、石田君は返さない。
「だから、その、あまりいろいろ気を使いすぎないで、ね? 仲良くやっていこう。ボクらは石田君の主じゃなくて、仲間で、友達だから」
照れくさくなって頭をかきながらの情けない言葉。
「……はい!!」
それに答えた石田君の笑顔は、メイドさんの時の表情とは違うもののように感じられた。
石田君とは途中の交差点で別れ、家路につく。
もう時間は7時を回っていて、あたりはうす暗い。
ぴょん。
その暗がりの中を軽く飛ぶ見なれたポニーテール。
「お、ほたる。こんな時間までお疲れさん」
「……わっ!! なっちゃん!!」
大げさに驚いたほたるのリアクションにこちらが逆に驚かされる。
「……どうしたんだよそんなに驚いて」
「へっ!? いや、あの、その……」
いつもはきはきとした物言いのほたるには珍しく、もにょもにょ口を動かすばかりでなにを言っているのかよくわからない。
「なに? 落ち着いて話してみ?」
もう一度問いかけると、ほたるはさっきより少しだけ大きな声を出す。
「あの、なっちゃん」
「なんだ?」
「さっき一緒に歩いてたメイドさん……だれ?」
その一言で察する。なんだか面倒なことになったと。