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青春部(仮)に入りませんか?  作者: 夏野ゲン
青春部(仮)に入りませんか?
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高校デビュー



 そして、今日、高校の入学式とともに、ボクの不安要素いっぱいの新生活は再びスタートすることになる。


「おはよう。なっちゃん!!」


「…ああ、ほたるか。おはよう」


「入学初日から元気ないなぁ…夏樹は。そんなだと高校デビューし損ねちゃうぜ~」


「高校デビュー?」


「ああ、高校デビュー。これまでの中学生活に別れを告げて、華やかなハイスクールライフで、恋だのなんだの青春を謳歌するのさ~」


 隣で朝から元気いっぱいの活発そうなポニテ女子はボクの幼馴染の高梨ほたる。

 ほたるなんて可憐な名前がちっともにあわない、エネルギーの塊みたいなやつである。


「恋に青春ね…」


 思案するようにしてみるけど、ボクの心の中に答えは決まっている。

 これが漫画の主人公や、ギャルゲーの主人公だったなら、「そうか、高校入ったなら、彼女の一人も作らないとな!!」と奮起して新生活へと入っていくのだろうが、いかんせんボクはびっくりするほど、「恋に青春に!!」といったワードに関心を示さなくなっていた。


「まぁ、とりあえず却下ですね。ボクはこれまで通りフツーに生活させてもらうよ」


「フツーにって、またマスコット作りで引きこもるのか?」


「…引きこもってないよ。ただ学校以外に外に出る用事がなかっただけ」


「そういうのをプチ引きこもりって言うらしいぞ…」


 げんなりした様子で言うほたる。

 彼女の物言いには傷つくことがあるが、彼女に悪気がないことも知っている。

 彼女はソフトボールバカで、ボクはマスコット作りバカなだけ。

 好きなことに打ち込んでいるのは同じでも、世間一般に認められている青春の側に彼女はいて、ボクの側が青春期の過ごし方としてはマイノリティなだけ。だから仕方がない。

 それに、とボクは思う。彼女はこれまで一度だってボクの趣味を笑ったことなんてなかった。だからボクは彼女のことを嫌いになれない。彼女の青春は眩しくて直視できないときがあるけど、それはきっとボクが慣れてないだけで、彼女は悪くないのだから。


「なぁ、ほたる?」


「うん?なんだ、なっちゃん?」


「ということは、お前も高校生活で恋すんの?」


「…うーん?気になんの?なっちゃん?」


「いや、別に、高校デビューだ―って意気込んでるから、この先誰かと付き合いたいとかそういうのがあるのかなぁって思っただけ」


 『ほたる=ソフトボール』というイメージしかなかったボクには、ほたるが恋愛だのなんだのと言っている姿は珍しく思われたのだ。




「…ニブチン」


「なんか言った?」


「うんにゃぁ?なーんも言ってないよ?とりあえずわたしの恋が成就する見込みは当面なし。これまで通りソフトボールでもおっかけてるよ」


 そんな風に行って笑う彼女の眩しい笑顔を見ていると、ああ、きっとほたるの高校デビューはうまくいくだろうな、と思わせられた。






さて、入学式は日本のどこの高校でもさほど面白くないものだと思う。

来賓、校長、次々に人が入れ替わっては歓迎のあいさつを述べる。

でも、その中でただ一つだけ、印象に残ったあいさつがあった。

生徒全員の前、壇上に姿を現したのは、遠目に見てもそりゃあびっくりしちゃうぐらいの美人だった。


「吹く風も春めいてきましたね。こうしてよく晴れた素晴らしい日に、この学校に新たな仲間を迎えられたことをうれしく思います。

 さて、本来であればこの壇上には生徒会長である館川君があいさつをする予定でしたが、彼がインフルエンザにかかってしまいましたので、代理で副会長のわたし、東雲がご挨拶させていただきます。当日の代理ということで、台本を用意する時間もなかったので、お見苦しいことはですが、わたしから新入生のみなさんへ1つだけ伝えてあいさつに代えさせていただきます。

 新しい生活、不安も期待も半分ずつ胸に抱えていることと思います。そして、今胸の中では、あんなことをしてみよう、こんなことをしてみようという思いがあると思います。それをこの3年間のうちに形にしてみてください。形にすることが難しいなら、形にする努力をするだけでかまいません。それは例えば学業や部活動に限らず、どんなことでもかまいません。恋愛でもいいし、趣味でもよいと思います。何か一つ、『この学校に入ってよかった』と思えることを見つけてみてください。それだけでみなさんの高校生活は実りあるものになると思います。…それでは短くまとまりのないあいさつになってしまいましたが、在校生からの歓迎の言葉とします。新入生の皆さん。新しい高校生活で、自身の青春時代を存分にエンジョイしてください」


 入学式の開場が、彼女のあいさつのときだけ、空気が違うように思われた。

 周りが彼女に注目しているのがわかるほどに、彼女の人を引き付ける力は半端じゃなかった。

 彼女の話は、間の取り方から、声の質、一挙手一同に至るまで完璧であるように思われた。話の内容も小難しくなく、シンプルで心に残る。とても原稿なしの当日代理とは思えなかった。

 彼女のあいさつが終わると、自然と拍手がおこった。あいさつが終わった後の、お決まりの拍手ではなく、自然に巻き起こった、彼女への関心を示す拍手。

 そして、ボクも手を叩きながら、副会長の言葉を思い返していた。




 (趣味でも何でもいいから、青春をエンジョイしてください、か。)








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