兄は執事
この街は、それほど都会ではないが、それほど田舎でもない。そして周りは一般的な住宅街である。それを考えると布施さんの家はかなりお金持ち?
そんなことを考えながら門をくぐる。
そこからたっぷり数十秒の時間を歩いて、ようやくボクらは布施さんの家の玄関についた。
「ただいまー」
ごく一般的な帰りのあいさつに対して、
「お帰りなさいませ」
20台に見える眼鏡が似合う男性が恭しく頭を下げる。
ボクの後ろにいる石田君が現代風のメイドだとするならば、目の前に立つ男性は執事というほかあるまい。
「ああ、ただいまにーちゃん」
「にーちゃん!?」
今なんつったこの人!? にーちゃんって言ったか!? えっ? なに? 布施さんの兄は、この家の家族なのにこの家で執事やってんの?
「ははは。そうだよ。彼は布施家の長兄布施信明。正真正銘私の兄だ(ドヤッ)」
「いや、『正真正銘私の兄だ』って、そんなどや顔で言われても!! えっ!? なに布施さんのお兄さんは家族なのに執事なの? それともそういう趣味の人!?」
前例があるからな。石田君みたいな。
「いやいや、そうではなくてだな……」
「シャラップ!」
何かを言いかけた布施さんを、布施兄(仮)が止める。
「それは言わない約束だろう!? そのために俺はこんなことを……」
「おや、我が兄こと布施信明よ。主に向かってそのような態度、許されると思っているのか?」
支配者の暗黒スマイルを前面に張り付けた布施さん。
「……ぐっ!! 申し訳……ございません」
「……うん? 何か言ったか? よく聞こえなかったのだが」
やべえ、なんか生き生きしてるよ、この布施さん!!
「申し訳ございません!! 我が妹にして、今週の我が主こと布施うらら様!!」
やけくそ気味に絶叫する布施兄。
「よし。よくぞ言った。それでこそ我が今週の下僕」
満足そうにうなずく布施さんと悔しそうに唇をかむ布施兄。
唐突な出来事について行けなかったボクと石田君は玄関先でプリンの材料を持ったままポカンである。
「あの、それで、一体何がどうなって……?」
ボクの疑問に対して、布施兄は、
「聞かないでくれ……それ以上は……」
と苦しそうにのたまった。
去り際に小声で「……悪魔」と聞こえた気がしたが、それが誰に向けられた言葉かは、聞くまでもなかった。