究極のプリン
下校途中にグラウンドの脇を通る。
そちらを眺めつつ、なんとなくほたるの姿を探す。今日も頑張っているだろうか……と思ったら探すまでもなかった。
道を歩いているボクに気がついたらしい彼女は、こちらに向かって大きく手を振っていた。
こらこら、部活中だろうが……とは思うものの、なんとなくおかしくて笑ってしまう。
ボクが適当に手を振った後に、指で早く部活に戻りなというジェスチャーをすると、おどけながら崩れた敬礼をして微笑んで了解の意を表す。
さっきまで部室に一人でさみしい感じがしていたけれど、ほたるのおかげでちょっとだけ楽になった。
ゆるゆると下校しながら商店街を進んでいく。
今回のイクチオステガ作製で水色のフェルトがだいぶ少なくなってしまった。今日のうちに目星をつけて、次の小遣い日までワタリのばあちゃんにキープしていてもらおう。
ワタリは商店街にある小さな手芸用品店で、真っ白な髪で笑顔が優しいばあちゃんが一人で経営している。小学生のころから通い詰めているボクは常連中の常連。だからキープしてもらうなんていうこともできてしまう。……まあキープしてもらわなくても、欲しい生地が売り切れになったことなんてないんだけど。
そんな風に考えごとをして歩いていたら、予想外の人物たちに出会った。
「おや、奇遇だね。夏樹君」
気安い感じで声をかけてくる私服姿の布施さん。
ジーンズにTシャツというラフな感じのスタイル。
ただ、問題はそのお隣の方。
「奇遇ですね。夏樹様」
石田君、なんで商店街でまでメイド服なん!?
いや、似合ってるけど、似合ってるんだけども!!
ここは一般的な日本の商店街でありまして、英国の侯爵領でもなければ、秋葉のほこてんでもないわけです。なのになにゆえメイドさんが闊歩!? なにゆえ!?
「夏樹君途中から声に出てるから」
「へっ!?」
ボクが悶えていた時の心の声が途中から漏れていたらしい。
「……やはり、変でしたか?この服装」
微笑んでいるところしかみたことのない人物が、落ち込んだような顔をしているというのはひどく罪悪感を感じるものだった。
「いやいや!! あの、変っていうか、そうじゃなくて!! すごく似合ってるんだけど、この場にはそぐわないっていうか!! ほら、例えば普通のラーメン屋さんにシャンデリアがあったら驚くでしょう? そんな感じ」
我ながらわかりにくい説明である。
「そうそう。てっちゃんが悪いんじゃなくて、てっちゃんのメイド姿にそぐわないこの商店街が悪いのよ」
「なんてゴーイングマイウェイな思考回路だ!?」
ボクのすかさずのツッコミも布施さんと石田君は華麗にスルー。
「そんなことはありません。まだまだ私が未熟者故に商店街の中で浮いて見えるのです。完璧なメイドであればどこにでもなじむもの。そう。たとえ火の中であっても、水の中であっても、土の中であっても、あの子のスカートの中であっても!!」
「キャーッ」
「なんかこのネタ何かのアニメでみたことがあるよ!?」
……いい加減ツッコミがおいつかないので閑話休題。
「……それで、私服布施さんとメイドモード石田君はなにゆえ一緒に商店街にいらっしゃるの?」
「それはだね、あたしが誘ったんだよ。てっちゃんを」
「へぇ……それは珍しいね」
石田君と布施さんは、なんだかんだいってこれまでも仲良く過ごしていることが多い印象だったけど、石田君はメイド修行、布施さんは何かしらの勉強とそれぞれ違うことに取り組んでいたから、一緒に出かけることがあるというのは意外だった。
「実はだね、今回のあたしの研究テーマが、『究極のプリン』なんだよ」
「……あの、もう一度お聞きしてよろしいでしょうか?」
「ああ、『究極のプリン』だ」
……意味わからん。
いや、布施さんの興味の分野が多岐にわたるのは知っている。この間は食べれるキノコの本を読んでたし、昨日は六法全書だった。しかし今回、まさかプリンとは……この人の思考回路は本当にわかりません。
「しかし、この研究テーマを設定するにあたり、多大なる問題があるんだ……」
「……なに?」
深刻な顔をしている布施さんを前に、ごくりと息をのむ。
「実はあたし……超絶料理が下手なんだ。マーボー豆腐作ろうと思ったら、杏仁豆腐が出来上がるくらい」
「……なぜ、その研究テーマにしようと思った? というか、どうやったらマーボー豆腐を作ろうとして杏仁豆腐ができる!? 豆腐ってついてるけどまったくの別物じゃん!!」
「だって、プリンおいしいじゃん」
静かなボクの正論と疑問を、布施さんは笑顔と感情論とスルーでかわした。
「というわけで、今回料理ができると予測されるメイド長殿に研究協力を依頼して、あたしが究極のプリンの設計図……じゃなかった、レシピを作ってメイド長に変わりに作ってもらおうという企画なのだ!!」
「……へえ」
設計図とか行ってる段階でめちゃくちゃ不安なんすけど……。
「そういえば、夏樹君お暇?」
「え? ええ、まあ暇だけど」
ワタリに買い物に行くことも考えたが、別にそれは後日でも構わないしな。
「夏樹君って裁縫できるし、料理とかもたぶんうまいよね?」
「まあ、下手だって言われたことはないね」
「それじゃあ、ただいまから、夏樹君をメイド長補佐兼執事長に任命します!! ヒューヒュー!! パフパフ!! ということであたしの考えた『究極のプリン』をてっちゃんと一緒に作ってくださいなー」
「……へ?」
ボクがぼんやりとしていると、石田君がボクの目を覗き込んできた。そして……
「よろしくお願いしますね。夏樹様。ただこの任務中は、夏樹様が私の部下ということなので、対等に扱わせていただきます。よろしいですか?夏樹『君』」
ふわっといつもとは少し違うやわらかい笑みを浮かべる石田君。そして、いつもとは違う『君』づけ。ボクは石田君を男と知りながらも、胸がときめきそうになっていた。
石田君は男、石田君は男……そう読経のように心の中で呟いて落ち着いてようやく、ボクは縦にうなずくことができた。