捕獲
なんとなくもやもやした気持ちを抱えたまま時間は過ぎ、放課後。
昨日に引き続きボクは旧校舎の講堂へと向かっていた。朝はいい気分だったのに、何故だかひどく面白くない。関川に言われたこと?
「いや、別にそんな…」
独り言。
独り言に見せかけたただの自問。ボクはボクに問いかけている。先送りは、正しいのか?
いや、先送りも何もそうときまったわけじゃないよな…。自意識過剰はよろしくない。思春期特有のよくない思いこみってやつだよ。
いつからか繰り返してきた心の中でのやり取り。そう。今ボクの気分を悪くさせているのは単なる独りよがりの思いこみなんだから。
「お疲れ様です」
ボクが扉を開けると、
「お帰りなさいませ。ご主人様」
石田君はすでに定位置に。
「やあ、清水君。こんにちは」
先輩は何やら小さなブラシのようなものを手に持ちながら清潔感あふれる笑顔。
昨日来ていなかった北川君は、何やらデジタルカメラを覗き込んでおり、こちらに気がつく様子はない。昨日は石田君と一緒に部室に先に来ていた布施さんは今日はまだ来ていないようだ。
「先輩、そのブラシは…」
「ああこれかい?先週末にとってきた化石のブラッシングに使っていたんだよ。毛先が柔らかすぎず硬すぎずで、化石を傷つけずにクリーニングができる。お気に入りなんだ」
「…先週末って、この辺化石とれるところなんてあるんですか?」
「なんだ、知らないのかい?七龍川は知っているだろう?すぐ近くを流れてるニ級河川の」
「ええ、知ってますよ」
というか、うちのすぐ近くを流れている。
「七龍川の上流、新田大橋から自転車で30分ぐらいのところに、地質マニアにとってはかなりホットな発掘スポットがあるんだよ。地質年代的には新生代に入ってるくらいのところだからそれほど古くはないのだけれど、葉っぱや小魚の化石なんかが見つかる」
「…へぇ」
慣れ親しんだ川の上流がそんな風になってるなんて知らなかった。
…それにしても、新生代っていつごろの話?5000年くらい?
「そう。新生代の地層にもロマンがある。身近なロマンが。しかし、積み立ててきた時間とロマンが比例すると考えるなら古生代、中生代のロマンはやはり比べ物にならないかな…」
適当に相槌をうっていると、いつの間にか先輩の話は時空を超えてしまっていた。例によってまったく理解できない。
「清水殿、お茶はいかがなさいますか?」
先輩の話を聞き流していたボクを目ざとく発見して注文を取りに来る石田メイド長はさすがである。
「えっと、んじゃあウーロン茶、はあるかな?」
「ご用意できます」
そう言って微笑む(相変わらず男の笑顔とは思えない可憐さ)と石田君はボクに背を向ける。
「…あっ、待って」
「? なんでしょうか?」
「あの、殿付けはやめて。やっぱり」
「…はい。承知しました。石田様」
いたずらぽく微笑む石田君。そして胸キュンのボク。
落ち着け。清水夏樹。目の前のかわいいメイドさんは男だ。キュンキュンするな。
それにしても、昨日から様付けと殿付けの無限ループ。なんとかならないものでしょうか?
「…と、やっぱりイクチオステガにはロマンがあふれていると思うんだ!!そうは思わないかい!?」
「えっ!?あ、はい。そ、そうですね!!」
なんか石田君と会話している間に先輩の話はまたイクチオステガさんに飛んでしまったらしい。
話を聞いていなかったのに、突然話しかけられてしまったボクは例によっていい加減な返答。
ここまで非常に高いテンションだった先輩だったが、ここで急にテンションが下がる。
「イクチオステガといえば、昨日清水君はマスコットのモチーフを探しに行ってくれたけど、見つかったかい?きっと難しかっただろう?」
少し心配げにボクを見上げてくる先輩。
そうか、無理なお題を出したことをいまだに心配しているのか。そんなの心配しなくてもいいのに…。
「それなら昨日、いいモチーフを見つけたんです」
「なに、本当かい?どこでなにを見つけたっていうんだい?」
「実はですね…」
ボクが昨日の出来事を長谷川さんと会ったことを交えて話そうとしたその時…
「やあやあみなさんご機嫌麗しゅう。青春部部員ナンバー002番の布施うららですよー」
なにやらテンション高く入室してきた布施さん。そして、
「ついでに部室の前でうろうろしている子がいたので捕獲してきました―」
捕獲って、モンバスじゃないんだから…。
「捕獲ってなによ!!人をモンスターみたいに扱うな!!」
ボクが心で思ったことを、ほぼ同じ言葉で叫ぶ声。
「えっ?」
「あっ…」
声の主と目と目が合う。
今先輩に話をしようとしたその人、長谷川和泉さんがそこには立っていた。