勧誘
「…帰る」
長谷川さんは下を向きそう言うと、席を立った。
「えっ?ちょっと待って!!」
ボクが呼びとめると、彼女は困ったような、それでいて怒っているような微妙な表情をして見せる。
「もういいでしょう?お礼分のゲームおごったんだし気もすんだでしょう。もう帰らせて」
「いやでも…あんまり突然だし…」
「嫌なの」
「えっ?」
「嫌なの。ゲームに熱中すると熱くなっちゃうのが嫌なの。それを見られてひかれるのが嫌なの。変だって思われるのが嫌なの!!だからもう帰らせてよ!!引いちゃったでしょう?そんな目してる。そんな風にみられるのも嫌なの!!」
彼女の言葉に一瞬何も返せなくなる。そうか…長谷川さんは、好きなことに、好きなゲームに熱くなってしまう自分が、そんなところを見られるのが嫌なんだ。
そうか、でもそれってきっと…。
「正直、ちょっぴりひいた」
ボクの本音に彼女はびくりと首をすくませる。
「…だっ、だったら余計に、なんで呼びとめたりするの?」
「確かに少しひいたけど、でも楽しかったよ?」
「…」
「楽しかった。左手と右手のそれぞれで機体を操る曲芸プレイなんて初めてみたし、集中してゲームやってる長谷川さんを見てるのも楽しかった」
ボクはゆっくりと、言葉を、気持ちを並べていく。
「ボクもさ、ぬいぐるみ作りとか、マスコット作り熱中しちゃうと、気がついたら朝になってるとかよくあるんだ。昨日説明会してた先輩も、自分の好きな古代生物の話を始めると周りが見えなくなっちゃうし」
ボクは今日部室を出てくる前の先輩を思い浮かべる。イクチオステガに対する思いを語る先輩の姿は、確かにすごくおかしいけど、でもすごく楽しそうだった。それが、目の前の彼女とかぶる。
「…それで?」
「うん。それで、やっぱり長谷川さんは先輩の言うとおり、あの部活、青春部の部員のみんなと似てる気がする」
「…だから?」
「うん。だからボクは、長谷川さんも青春部入ったらどうかなって思うんだ。昨日、先輩が言ってた部活の目的、気にいらないって言ってたよね」
「そうね。気にいらないわ。さみしいから集まるなんて…発想が惰弱よ」
長谷川さんはぼそりという。
「ボクはそうは思わないよ」
ボクは自分の言いたいことを整理するために、少し間を開けて考える。
自分の気持ち。気持ちを相手に伝わるように、理解できるように整理するのは、自分が感情的であれば感情的であるほど難しい。
「うん。うまく言葉にするのは難しいんだけど、自分の趣味、熱中できること、それがおかしなことだなって気がついていて、それをかくして過ごすなんて普通だと思う。だれしもがそういうものや、そういうところは持っていると思うから。だけど、その少しおかしい、周りが引いてしまうくらい頑張れる何かを、おかしなことだからって否定して隠さずに、限られた誰かにうち明けて、共有していくって実はすごく勇気がいることなんじゃないかなって思う」
ボクのマスコット作りも小学校時代には男の友達には受け入れてもらえなかった。そのトラウマがあるから、あの場で告げるのは少し勇気が必要だった。
石田君のメイド趣味や先輩の化石発掘なんて、ボクよりもさらに受け入れられにくいものだったろう。それでも先輩たちはいの一番にうち明け、うち解けた。
「長谷川さん、言ったよね。ゲームに引くぐらい熱中しちゃうのが嫌だって」
「…言ったけど」
「じゃあ、なんでゲームやめないの?嫌なんでしょう?そんな風にゲームに熱中するの。それならゲームをやめればいいんじゃない?」
「それは…」
「好きだから、でしょう。好きだからやめられない…いや、違うか。好きだからやめたくない。まわりに引かれちゃうかもしれない。熱中しすぎて変かもしれない。だけど好きだからやめない。それは…それはきっと、先輩も、もちろんボクも、あの部活にいる人にはみんなわかる気持ちだと思う」
そうだ。長谷川さんの言い分に感じていた違和感はこれだった。
長谷川さんは、ゲームが好きなのに、ゲームが好きだっていう自分を好意的にとらえていない。だからこそ、先輩の言っていた、「自分が熱中できるものの共有」という目的に反発した。ゲームをする自分を共有するということは、相手を引かせるほどゲームが好きな自分を相手にさらすということだから。
「ねえ、長谷川さん。無理にとは言わないけれど、やっぱり部活に…」
「…帰る!!」
最初に告げられた言葉を、さらに強い語気で言いきって、長谷川さんはボクに背を向けて去っていった。