ナンパ?
「ねえ、ちょっと待って!!」
「…なに?まだなんかあんの?もう用事は済んだでしょ」
先ほど見せた一瞬の笑顔は、梅雨の晴れ間のようなものだったらしい。
彼女はボクが一声かけただけで、一瞬にしてじっとりとした目つきに変わり、不機嫌そのものといった顔つきに変わった。
「うん。ボクはキミに300円預けるっていったんだし、この100円はあげるよ。ほら、ここゲーセンだしさ。なんか好きなゲームやったらいいよ。キミもここに来るってことはUFOキャッチャーだけじゃなくて、他のゲームとかも好きなんでしょ?ボクもよかったら付き合うし…」
ボクは旧講堂でみた彼女の姿を思い出す。確かソファーに腰掛けながら、携帯ゲーム機に向かって奇声をあげたり、熱くなったりしてたっけ…。
「…はせがわいずみ」
「えっ?」
「長谷川和泉よ。私の名前。あんた、『君、君』うるさい。名前教えてあげるから、もう金輪際君って呼ぶな。イライラする…」
「えっ、あっ、うん。わかった。じゃあ、ボクの名前も…」
「興味ない」
「…もう少し角の立たない言い方できないの?」
「別に私にとってどうでもいい人間に嫌われたところでどうってことないわ」
…きっついなぁ。面と向かって「どうでもいい」とか言われるの。
「んじゃあ、勝手に名乗る。ボクは清水。清水夏樹。あんたって呼ばれるの別に気にしないけど、できれば名前を呼んでくれた方がうれしい」
ボクの自己紹介に対して、彼女は興味なさそうにそっぽを向いた。
「んで、話を戻すけど、100円」
「別にいらない。返すわ」
「う~ん…そう?でも、なんだか欲しいものとってもらったのに、お礼もしてないのはなんかいやなんだよなあ」
「気にしない。私はあんたを助けたんじゃない。あんたのへたくそなプレイが見ていらんなかっただけ」
またあんたっていうし…。
「そこをなんとか。ね?」
「チッ…」
露骨に舌打ちされた!!
長谷川さんの顔には、ありありと「めんどくせえ奴に声かけちまった」という雰囲気が現れている。
「ナンパ?私みたいなの誘って楽しいとも思えないけど?」
「ナンパ!?」
あ~。そうだよね。はたから見たらそう見える状況かもしれない。
ゲームセンターでほとんど知らない女の子に声をかけて、お礼したいといってしつこく声をかける。
「いや、そういうんじゃないけど、本当にお礼したいだけなんだけど…」
ボクの返しに、長谷川さんは「フン」と鼻を鳴らす。
「でも、長谷川さん、『私みたいなの誘ったって楽しくない』って言ってたけど、そんなことないと思うよ」
「は?」
「長谷川さん。結構かわいいし、ナンパしたくなるやつがいたとしても、気持ちわかるもん」
「にゃ、なにをいって…」
ボクの正直な感想を受けて、ゆっくりと赤くなっていく長谷川さん。
「う、うるさい!ああ、もう面倒くさい!!いいわよ。もう。一緒にゲームするなり、お金貢ぐなり好きなようにしたらいいじゃない!!ああ、もう面倒くさい!!」
そう言って頭をガシガシかいて照れている長谷川さんが、なんだか可愛くて、ボクは思わず笑ってしまう。
直後に氷点下のジト目で睨まれて、その笑顔はかき消されてしまったけれど。