100円玉と向こうの笑顔
「えっと、君…」
「なれなれしく『キミ』なんて呼ばないでくれない?ウザいから」
見覚えのある花だと思って触れようとしたら、表に見えない「毒舌」というとげで一突きされた。
「えっと、そのえっと、それじゃあなんて呼べばいいのかな?」
「別に呼ばなくていいわ。呼ばれたくもないし」
ひどい物言いにカチンとくる。
「なんだよ、それ。じゃあなんで声かけてきたんだよ?」
「いい加減あきらめなさい」
「…えっ?」
「あんたの腕じゃそいつは落とせない。あきらめなさい」
彼女はガラスの向こうにいるモンスターのフィギュアを指差した。
「なんであんなもんを欲しがってるのか、事情は知らないし、知りたくもないけど、へたくそな奴が機械に金を貢いでるのをみてるとイライラするの。いい加減やめなさい」
「なんだよそんな言い方!!少しは動かせたんだし、あとちょっとで落とせるはず…」
「無理よ。やめない」
「いやだよ。どうしてもあれが欲しい。今回のモチーフはあれにするって決めたんだ。君に指図されるいわれもないし…」
ボクの答えに対して、彼女は大きくため息をつく。
「なんて言ってもあきらめないんだね。あれを落とすかお金を使い切るまで」
「ああ、やめない。君こそそんなにボクが落とせないのを見てるのが嫌なら、さっさとどこかに行ったらいいじゃないか」
そんなボクの答えに対して、彼女は脈絡のない問いかけをしてきた。
「いくら持ってる?」
「えっ?」
「だからお金。いくら持ってるのかって聞いてるの」
「えっ?あと、2000円ちょっと」
すると彼女は小さくうなずいて、ボクから目をそらしながら言った。
「…300円」
「さんびゃくえん?」
「300円私に預けてくれるなら、そいつ落としてみせる」
「ふぇ?」
「私の見立てじゃ、あんたの腕じゃあと2000円使ってもそいつを落とせやしない。でも私に300円預けるっていうなら、間違いなくそいつを落としてみせる」
彼女の言い方は断定的で自信に充ち溢れていた。
「できなかったら?」
「そんなことはあり得ない」
「世の中100%なんてない」
「それでもアリエナイ」
彼女の物言いは自信に充ち溢れていた。そう、まるで青春部の石田君が、メイドをしている時のように、先輩が古代生物の話をしている時のように、何かに情熱を注いでいる人間の自信にあふれた姿。
ボクはそれを見て、両替機に向かった。夏目さん一枚を100円玉10枚に交換する。
「じゃあ、やって見せてよ」
ボクがそう言って、彼女の手に300円を置くと、彼女は視線をこちらに向けもせず、うなずいた。
彼女は数秒間UFOキャッチャーのサイドに立ち、何かを考えているようだった。
しかし、それを終えると、迷いなく100円玉を入れる。
彼女はアームをゆっくり動かしていった。最初の横移動。アームの位置は景品からは大きくずれていた。
(えっ?あんな大口叩いておきながら失敗した?)
しかし、ボクの考えが間違っていたことはすぐにわかる。
アームは縦に移動して降下地点が決まり、ゆっくりと下へと移動し、そして…
(うそっ!?)
フィギュアの箱のふたの隙間にアームがさしこまれた!?
そのままフィギュアの箱はゆっくりと横移動し、落とし口のすぐ横でぴたりと止まった。
彼女の方を見る。そこにはUFOキャッチャーを楽しんでいるとはとても思えない、真剣な顔をした少女がいた。
その真剣で深いまなざしは、辞典の世界に没頭している時の布施さんを彷彿とさせた。
ここで、悟る。やっぱり先輩の嗅覚で集められたこの人は、やはり、好きなものに真剣に取り組む姿勢が、あの部の部員にそっくりなのだと。
彼女はこちらの方を見もせずに、小さくうなずいてつぶやいた。
「1枚余るな」
その言葉の意味は、尋ねるまでもなかった。
彼女は次の100円で、ボクが2000円近くかけても取れなかったモンスターフィギュアをあっという間に落としてしまった。
彼女は、景品ボックスに落ちたフィギュアを取り出して、ポカンとしたままのボクに手渡した。
「もうUFOキャッチャーやろうなんて思うなよ。へたくそ君」
そう言って彼女は去ろうとして…
「おっと忘れてた。返す」
…ピン。
彼女はこちらを振り返ると、余った最後の百円玉をこちらに向かって親指ではじいてきた。はじかれた100円玉は放物線を描いて飛び、きらりと光った。
飛んでくる100円の向こう側。そこに立つ一人の少女は、最初に会った時のように不機嫌な顔ではなく、きれいな笑顔だった。
なんだ、笑ったらかわいいんじゃないか。
そんな風に思いながら彼女の顔をみつめる。その間に100円玉はゆっくりとスローモーションでボクの方に近づいてきて、しっかりと手のひらに着地した。