誰に一番を捧げたい?
イクチオステガ
まるで呪文のようなイメージのできない音の響き。
そして化石と熱い先輩の講義。
なんとか図鑑にあった色つきの想像図は見せてもらったけど、まるきりマスコット化のイメージはつかめなかった。
想像上の両生類ないんて正直作れる気がしない。というか、爬虫類や両生類のマスコットなんて頼まれたことも、作ろうと思ったことすらなかった。
しかし、自分から「作りたい」と言っておきながら、それを放棄するというのは、それこそ自分自身の趣味の中で一番大事にしている部分を否定しているようで嫌だった。
なんとしても高校に入って最初の作品を、この部活に誘ってくれた先輩が欲しいものという形で完成させたかった。
…がたん。
ボクは音を立てて席を立つ。
さっきの図鑑を読んでいた先輩は、ちらりとボクの方を見上げてきて、目があった。
「もう帰るのかい?」
それは少しさみしそうな、困ったような声。
その声に感じられるのは、「また熱くなって、興味もない話をしてしまったからだろうか?」というような戸惑いのように思われた。
「あの、さっきは熱くなってすまなかった。古代生物のマスコットなんて難しいだろうから、無理しなくていい。清水君は清水君の作りたいものを…」
「ボクが作りたいのは先輩が欲しいと思うマスコットです!!」
「えっ?」
キョトンとした表情の先輩。
…ひゅー。
窓際から口笛が聞こえてきた。その口笛の主は、先ほどまでの辞典への情熱はどこへやら、ニヤニヤしたいやらしい笑顔で、こちらを見上げてくる。
ここで悟る。さっきのセリフじゃあまるで、ボクにとって先輩がマスコットをプレゼントしたい大切な人みたいに聞こえてしまうだろう!!
確かに一面ではその通りだけど、でも、決してその好きとかそういうのではない。先輩とはこの間知り合ったばかりなんだし、そんなんじゃなくて!!
「えっと、ボクは作ってほしいマスコットがあると言うなら、なるべくそれは作ってみたい。喜んでもらいたいんです。それは先輩だけじゃなくて、これまでマスコットを作ってあげた人みんなです。だから、大変だけど、意地でも作ります。高校生活最初の作品は『イクチオステガ君』に決めましたから!!」
ボクの宣言を受けて、先輩は少し顔を曇らせる。
「本当に、いいのかい?私の趣味に合わせた難題なんかで。楽しくないんじゃ…」
「作るものはボクが決めます。ボクが決めたんだからいいに決まってます!!」
そんなボクの言葉を受けて、先輩はぱっと明るい笑顔になる。
「…そうか。そうか。それは、なんだか、うれしいな!!」
例え無理難題でも、先輩のこの笑顔だけのために、頑張るというのも十分価値があるようにボクには思えた。
「はい。ただ、先輩の言うとおり、これはこれまでやったことのないタイプのキャラクターになると思います。だから、ちょっと資料集めをしてきます」
「資料集め?」
「はい。街の中にある何か『イクチオステガ君』のイメージに合うような立体的なものを探してきて、それを参考にイメージを膨らませるんです。きっと街の中を歩けば何かしらいいモチーフというか参考資料が見つかると思うので。だから、ちょっと行ってきます」
「いてらー」
窓際の勉強少女はぷらぷらとボクに向かって手を振る。
「いってらっしゃいませ。ご主人様」
石田君はどこまでもメイドな対応。
「うん。いってらっしゃい。その…ありがとう」
先輩の言葉は、妙に心に染みた。
ボクは自然と足取りも軽く部室である講堂をあとにした。