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青春部(仮)に入りませんか?  作者: 夏野ゲン
青春部(仮)に入りませんか?
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副会長とマスコットとイクチオステガ


 さて、そんなふうに石田君と会話しているうちに、布施さんはうつろな目をして謎の分厚い辞典の世界にダイブしていってしまった。

 どうやらさっき率先して会話に混ざってきてくれたのは、まだそれを読みだす前だったかららしい。


 みんなそれぞれの活動にいそしんでいるんだし、ボクも一つ初めてみようか。


 商売道具のソーイングセットとフェルトや生地の入った袋を取り出す。

 今日は、なにを作ろうか…。


 思えばボクが何かマスコットを作る時と言うのは激しく衝動的で、作りたい何かが頭に浮かぶまではなかなか針が動かないのだ。

 作りたい何かは時として誰かに求められたものであったりするのだが、誰かに「作ってほしい」とせがまれることのなくなった中学時代からは、もっぱらボクの好みと衝動のみによって作品は作られていた。


 ボクはソーイングセットを手にしたまま固まる。

 どうしよう。なんも思い浮かばん…。


 ボクが固まっているさなかも、窓際からはカリカリと何かを書く音に、ぶつぶつと何かを呟く声、が聞こえてくる。よくもまあついさっきまであれだけ楽しげに会話をしていたのに、一瞬で学問の世界に帰っていけるものだと思うが、それが勉強娘の勉強娘たるゆえんだろう。

 一方で、瀟洒なメイドさんこと石田君は、ポットの片隅に腰をかけており、ボクと目が合うとふんわりと微笑んでくれて、なんだかドキッとしてしまいそうになるのだが、男にドキッとするな!!と心のどこかでボクの声がして現実にひきもどされる。


 うん。どうしよう。なんか焦ってきた。

 みんながみんな、自分のやりたいことを熱心にやっているのに、ボクだけ針をもったまま固まって動けないというのは、何かひどく居心地が悪い感じがした。

 何か作らなきゃと思い焦って頭を巡らすほど、出来上がるイメージはつかみきれないカスミのようなものになって消え、時々形になっても、作りたいと思うようなイメージにならない。




「みんな、お疲れ様。早速青春活動してるみたいだな」




 相変わらずよく通る凛とした声とともに、東雲先輩が入ってくる。

 辞典にかかりきりの布施さんは片手をあげて答えるだけ。これに対して石田君は、


「お帰りなさいませ。お嬢様」


 きれいな姿勢でお辞儀をする。


「うん。石田君もお疲れ様」


 普通に返す東雲先輩。何だろう…不思議なことに、東雲先輩がお嬢様と呼ばれている構図はまったく違和感がなかった。やはり見た目の気品がものを言うのだろうか?




「お疲れ様です。先輩」


「ああ、清水君もお疲れ様。早速マスコット作りかい?」


 微笑む先輩はやはり魅力的。一瞬そんな姿をマスコットにしたらどうなるかと思ったりしてしまったが、「それじゃあまるきりただの変態じゃないか!!」とボクの中に潜む何かが止めてくれた。というか、先輩の笑顔のよさはフェルトどころかどんな媒体でだってうまく表現できない。間違いない。


「…あっ、ええ、まあそうなんですけど、実はなかなか作りたいモチーフが思いつかなくて…。えっと…その、あの、先輩は何か作ってほしいものとかありませんか?ボク、大体のものならデフォルメしてマスコットにできると思いますから、高校でのマスコット作り第一弾と言うことで!!」


 うわ!!我ながら大胆なアプローチだった!!自分で言っておきながら少し焦ってしまっている。


「えっ?なんでもできるのかい?それはすごいね、えっと…それじゃあ、『イクチオステガ』を作ってくれないかな?」


「いくちお…なんですか?」


「『イクチオステガ』デボン紀の魚類に近い四肢類の名前だ。発見当初は原初の四肢類なんて言われていたんだが、今では『エルギネルペトン』なんていったさらに原初的な四肢類が見つかっているから、比較的進化してきた個体ともいえる。ただ、その姿形と『原初の四肢類』という音の響きが、すごくステキだと思わないかい?ロマンを感じるだろう?お気に入りの生物なんだ」


「えっと、その…そうですね!!」


 満足そうに目を輝かせている先輩に向かって、わかりませんともいえず、半ばやけくそ気味に答える。正直途中からなにを言っているのか理解できなかった。

 いくちお?えるぎね?ししるい?なんのこっちゃ。獅子類ってライオンの仲間ってこと?

 


「あの、そのボク、いくちおなんとかって…」


「イクチオステガ!!」


「そう、そのイクチオステガってみたことがないので、実物、見せてもらえませんか?」


「うん?実物かい?そうだね…今の手持ちだと、この図鑑にのっているな」


 そう言って先輩が鞄から取り出したのは、広辞苑にも勝るとも劣らない、殴ったら人を殺せそうな図鑑だった。

 

「イクチオステガは確か218ページ」


 ページ数まで覚えてるんですかい!?


「おっ、あった。これこれ!!これだよ。作れるかな?」


「………えっ?」


 図鑑の218ページ。そこに示されたイクチオステガとは…。




「…化石かよ!!」




 とっさのこととはいえ、先輩に予想外に鋭い突っ込みを入れてしまったボク。

 ボク、いつの間に突っ込みキャラになってしまったんだろう?




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