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青春部(仮)に入りませんか?  作者: 夏野ゲン
青春部(仮)に入りませんか?
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…メイドの紅茶と『ちゃん』づけ



 朝の疲れたテンションから少しずつ回復し、ようやく放課後。初めての部活動。

 例によって毎度毎度関門になる講堂のドアの前に立ち、大きく息を吸う。


(うん。いろいろあったけど、とりあえず入るって決めたんだ。いつも通り頑張ってみよう)



「お疲れ様で…」


「お帰りなさいませ。ご主人様」


 …バタン!!


 開けて第一声のあいさつをする前に、ドアを閉めてしまった惰弱なボク。

 だってさ。ビビるじゃん。ドア開けて第一声に超絶美少女、だけど男なやつに、「お帰りなさいませ。ご主人様」だぜ。覚悟もなくそんな場面に直面したらビビって扉閉めちゃうって!!


「どうかなさいましたか?ご主人様?」


「うわぁっ!!」


 ドアが開いて混乱するボクに容赦のない追撃が加えられる。


「なにをやってんの?清水のみっちゃん」


 そんな騒ぎを見て声をかけてくるのは、昨日と同じ場所で何やら分厚い時点のようなものを広げている勉強娘、布施さん。

 いまだにバクバクいっている心臓を抑えて、ボクは答える。


「なにって…突然超絶美人メイドに、お帰りなさいませご主人様!!なんて言われたらビビりもするって」


「そうかな?昨日の件で、今日もメイドさんがいることは容易に想像できたんじゃないか?そしたら『お帰りなさいませ、ご主人様』なんて言われるのも予想できるんじゃないか?お決まりみたいなもんじゃないかい?『いらっしゃいませ。お客様』って言われているくらいの軽い気持ちで流したまえよ」


「はぁ…」


「それにしても、『超絶美人メイド』か。女のあたしもそう思ってしまうくらいだから確かにその通りだけど…その正体が自己申告、男だからね。なんか複雑」


 ボクらのそんなやり取りを見て、薄くほほ笑むだけの石田君。

 そう。石田『君』

 見れば見るほど、美人の女の子なんだけど…確かに目元とか見ると今朝見た男子生徒にそっくりなんだよなぁ…。


「まぁみっちゃんも好きなところに座りなよ。あとはオーダーを優秀なメイド殿に」


 おーだー?

 ボクが疑問符を浮かべてると、石田君は音も立てずに無駄のない動きで布施さんに近づき、机の片隅に置かれてあったティーカップに紅茶を注いだ。薄く立つ湯気が非常に上品…じゃなくて!!


「えっと?ここはメイド喫茶か何か?」


「いや、メイド喫茶よりはるかに行きとどいたもてなしが得られるよ。さすが『ザ・パーフェクトメイド』」



 これまで薄くほほ笑むだけだった石田君が、一瞬驚いたような顔をした後、作っているように見えた微笑みとは違う、強い笑顔を見せた。


「…お褒めにあずかり光栄です。まだまだ瀟洒で完全は程遠いですが、今後とも存分に奉仕させていただきます」



 その顔を見て、なぜか心にぐっときた。

 ああそうか、と気がつく。一生懸命に取り組んでいることがほめられた時のうれしさ。それが彼の顔に一瞬だけ、でも強く現れていた。そして、その気持ちはわかる。ボクにもわかる。ボクが作ったぬいぐるみが喜んでもらえた時のうれしさ。形は違うけど、気持ちはきっとおんなじなんだ…。



「どうしたん、みっちゃん?ぼーっとして。はっ…もしかしてテツヤンに見とれてた?『テツヤン蕩れー』的な!?えっ、どうしましょう。あたし的には全然ありだけど。超絶美少女にしか見えない男メイドのテツヤンとかわいい顔してやるときゃやるぜのみっちゃんの絡み!!」


「妙な想像しないでください!!…ただ、ようやくわかったんだよ。いや、わかったっていうか、『ああ、石田君もおんなじなんだ』って」


「ああ、なるほろ。うん。確かに見てくれが色もので、『これが好きでこれがやりたい』っていうのが見えにくかったもんね。でも、あの顔はすげぇー魅力的でしょ。まさに青春してる顔」


「うん。そうだね」



 彼はメイドをやっているのが好き。執事でも何でもなく、メイドをやっているのが好き。

 そして、自身の心づかいが認められるのがうれしくて仕方ない。元の姿形がどうあれ、そのせいでボクがいくら混乱しても、それだけは一本筋の通った事実のように思えた。

 それならば、ボクは彼をメイドとして扱うのが、彼にとって一番うれしいことなのだろう。


「石田君…でいいのかな」


「はい。かまいません。お好きなようにおよびください」


「えっと、それじゃあミルクティーお願いできますか?」


「はい。かしこまりました。お待ちください」


 はっきりと聞き取りやすい声で彼は言うと、何やら準備を始める。



「うん。テツヤンは自分の趣味が満喫できるし、あたしらは座って好きなことをやっているだけでおいしいお茶をいただける。これはよい待遇だねぇ、みっちゃん」


 そう言って目を細める布施さん。彼女は顔つきは幼いが、今の顔はまるで子供を見守る保護者のような雰囲気があった。


「そうだね。ところで布施さん」


「うららでいいよ」


「…えっとそれじゃあ、うららさん」


「タメなんだし呼び捨てでいいのに…まあいいでしょう。それでなに?」


「さっきからその『みっちゃん』って呼び方、なに?どこかのモノマネ芸人じゃないんだし」


「いや、なにただの気分だよ。なんとなく清水君ってちゃん付けのイメージだから。よくちゃん付けで呼ばれない?」


 …ご名答なんだが、なんだかすごく面白くない。


「…クククッ。なにそんなしっぶい顔してんのさ?いいじゃない。ちゃん付け。親しみやすくて」


 そんな風に言って愉快げに笑う布施さんの顔は、さっきまでとはうって変わって、明るくてひとなっつっこい、温かな笑顔に変わった。


 なんだか今朝までの不安が少しずつ溶けていって、居心地の良さが増していくような、そんな感じがした。



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