ウザいけど友達
「おや?朝からお疲れモードっすね。なっちゃん?」
朝からいろいろありすぎて、塩をかけられたほうれん草のように崩れ落ちていたボクに、声をかけてくる人がいる。
ボクはゆっくりと視線をあげ、
「何だ…ただの関川か」
とだけつぶやいた。
「なんだその『ただの関川』って!!キミの友達にして、高校時代はソフテニでペア組んだこともある戦友、そしてなっちゃんが腹黒い面をみせられる数少ない相手である、この関川雄二を『ただの関川』と言うのかね!?」
「はいはい、説明的自己紹介乙」
正直、今お前の相手してる気分じゃないんだよね…。
「おいおい、それだけ?おーい?なっちゃんマジでどうしたんすか?あれか、彼女とケンカでもしました?」
「…何度も言うけど、彼女じゃねー」
「誰のことかも言ってないのに…心当たりでもあるんですか?」
いやらしい笑い声をあげる関川に、不機嫌な視線だけ返す。
「幾度となく同じやり取りをすれば誰のことかぐらいはわかるよ。ほたるのことだろ。アイツは彼女なんかじゃなくて、ただの…」
「そうでしたねー。彼女じゃなくて『ただの』嫁でしたね」
「…だからちげぇー」
我ながら気の入っていない突っ込み。
「どうしたん、なっちゃん?マジでちょっとおかしいぞ。突っ込みの切れがなさすぎる」
その後も「ナアナア」と盛りのついた猫のように声をかけてくる関川。
この関川というクラスメートは、普段はいい奴だし、確かにボクにとって友達ではあるのだが、ほたるのまねをしてボクのことを「なっちゃん」と呼んでみたり、やたらとボクとほたるの仲を勘ぐってみたりと、時と場合によっては非常に…ウザい。
「ちょっと放っておいてくれないか?頼むから…」
「え~つまらんな~。なんか面白いことあったんだろう?話せよぉ~」
ついに本音を漏らしおった。この腹黒メガネ!!
コイツボクを心配してるわけじゃなくて、面白いネタが欲しいだけだ!!
しかし、こいつのこの言葉は、ボクを突っ込み側へと引っ張り出すための釣針だということに気がついていた。ここで不用意に突っ込んだら、朝からの出来事を根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。
ボクの約30秒にわたる黙殺。そして関川がやれやれと手を上にあげ、つぶやく。
「こんだけ誘っても乗ってこないってことは、本格的になんかあったわけか…。うん。まあそれならいいや。だけど、なんか本当に嫌なことあったなら言えよ。聞くだけは聞くからさ」
ボクは声に出さず、机に伸びたままうなずく。
別に嫌なことがあったわけじゃない。ちょっとキャパシティーオーバーなことが多かっただけ。
関川雄二というちょっとウザいボクの友達は、やっぱりなんだかんだ言って優しいのだ。