ザ・メイドパワー
「石田君って…昨日のメイドさん?」
「露骨に驚いったって顔してるね…。いや当然だけどさ」
ボクの問いかけに落ち着いて答える石田君。
「昨日の段階では、ボクもまさか同じ学校の生徒にメイドの姿見せることになるとは思わなかったよ~」
そんな風にフニャフニャっと笑う顔からは、昨日の引きしまった従者の顔つき、彼の言う「ザ・パーフェクトメイド」の雰囲気はまるっきり感じられなかった。
「見せる気はなかったって…じゃあなんで昨日はメイド服なんて…」
「いや、ボクもね副会長に招待されてあの説明会に行くまでは、まさかメイドモードのボクを見せることになるなんて思ってなかった」
真剣な顔をして変なことを話す石田君。
「でもさ、この講堂に入って、しかれたカーペット、西洋式の見事なシャンデリア、それに備品の家具一式に至るまで、完璧に上等な洋館の雰囲気を醸し出していたものだから、思わず…」
「…思わず?」
「ボクの心の中に潜むメイドの血が騒いでしまって、気がついたら鞄の中にしまっていたメイド服セットに着替えてしまっていたんだ!!」
「なんじゃそりゃっ!!」
…スパーン!!
無意識につっこみが出てしまったことに自分自身で驚く。
ていうか人を音が出るくらいの勢いではたいたのなんて初めてじゃないか?
ともかくボクは錯乱していた。この人…おかしい。すごくおかしい!!
そんなボクの突っ込みを受けて、石田君はなぜかぶるぶる震えたかと思うと、下を向いて黙ってしまった。
「えっ!?なにどうしたの?ひょっとして痛かった?ゴメン。つい手が出ちゃって」
なんか知らないけど、今日のボク、朝からパニックになりっぱなしだよ!!
「違う、痛くない…違うんだ」
「…えっ?」
「ボクが間違って、メイドモードに入っちゃった話とかすると、みんな気持ち悪がって避けるんだよ。それなのに、清水君、ボクのこと気持ち悪がらないでつっこんでくれて…」
…あまりの展開について行けないボク。
「ボク、うれしいんだ。おかしいって思われるのは仕方ないと思う。ボクの中を流れるメイドの血は確かにおかしいって思うから。でも、おかしいって思ってもさけないでくれるのって…なんだかうれしい!!」
「…えっ、うん。そうか。そうだよね」
他にどう言えと?
「うん。ありがとう。それと…これからよろしくね?」
ボクは自動で首を振る人形のようにコクコクとうなずいた。
「えっと、それじゃあもう行くね?また部活で。それと、ドアぶつけちゃってごめんなさい!!」
そう言って頭を下げると、石田君は嵐のように消えていった。
ぽつんと残されたボクは、しばらく放心していた。放心して放心して、さっきまで話していた人物、内容、果ては部活の存在に至るまで、ボクの夢ではないかと疑い始めたころに、手元にあったソーイングセットが目に入り、ようやくボクは当初の目的とともに正気を取り戻した。
(そうだ…これを置きに来たんだったっけ)
先ほどボクに痛烈な一撃を与えてくれた大きなドア。
そのドアのノブに手をかけ、そっとそのドアを開くと…。
少しすすけて埃っぽい印象だった講堂は、涼しげな朝の空気が通り、くすんでいた床は磨き抜かれ、黒板を白く濁らせていたチョークの粉はもはやあとかたもなく、まるで朝早くにこの場所に優秀なメイドがやってきて、この場所を清掃したかのようなありさまになっていた。
そして何より、昨日は存在しなかった衣装ケースが存在し、そこに堂々と存在を主張する濃紺のメイド服を見つけた時、ボクは再びめまいを感じた。
…ひょっとして、ひょっとしてボク、とんでもない部活に入ってしまったんじゃないだろうか?