バッドエンドって知ったから 〜毒殺された王妃は婚約破棄をやり直す〜
今でも鮮明に思い出せる、9年前のあの夜。
夫の婚約者だった、アデルハイトが言った言葉。
——いつか後悔いたしますわ
当時は負け惜しみだと思った。
けど本当だった。
彼女は北へ送られたのだっけ。
かつて、夫が私に言った言葉。
——一生レイアだけを愛すよ
昔は優しかったのに、今は若い愛人を侍らせている。
何を間違えたのだろう。
「かはっ、おえ゛っ」
「王妃様!」
……これが走馬灯ってやつか。
毒を盛られたみたいだ。
じきに死ぬだろう。
そのうちこんな終わりを迎えると分かっていた。
9年前のあの夜に、すでにバッドエンドは確定していたのだ。
婚約破棄させたのが間違いだった。
ああ、叶うのならば。
もう一度あの夜をやり直したい。
バッドエンドって知ったから——。
今度こそ、上手くやる。
◇◇◇◇◇
……ゆっくりと意識が浮上した。
苦しくない。
死ななかった?
私が居たのは、実家の自室だった。
療養のために移されたのだろうか。
「お目覚めですか?」
反射的に飛び起きた。誰だ?
入って来た人を見て、私は驚いた。
そこに居たのは、昔私付きだった侍女だった。
辞めたと思っていたが、そうでは無かったのか?
「おはようございます、お嬢様。よく眠れましたか?」
……でも、違和感がある。
今の私は王妃なのに、お嬢様なんて呼ぶだろうか?
それに、普通に接してくる。
毒を盛られていたなら、心配しそうなのに。
あと、流石に若くね?
9年分年とったんでしょ?
……少し聞いてみるか。
「……怖い夢を見ましたわ。夢の中でわたくし、毒を盛られて死んでしまいましたの」
「まあ、お可哀想に。夜会前でナーバスになっているのでしょうか。ですが心配しなくても、言葉遣いは大丈夫ですよ」
えっ?
「練習なさったのでしょう?本物のお嬢様みたいですよ」
……いや私も本物なんだけど。
まあ田舎の伯爵家の令嬢なんてそんなものか。
確かに、言葉遣いは結婚してから直したのだっけ。
昔は確か——。
「……そうなの、気づいた?頑張ってみたの。でもやっぱり不安だわ。ねえ、当日はどのドレスを着てくのだっけ?」
「ふふ、あのすごく綺麗な、青いドレスですよ。お嬢様ったら、どんな男性を射止めてきたのですか?」
人から送られた青いドレス……となると、やはり私は過去に戻ったのだろう。
それも、あの婚約破棄が起こる夜会の直近に。
——これはチャンスだ。
バッドエンド回避のために、婚約破棄を失敗させなくては。
◇◇◇◇◇
頑張って聞き出した結果、今日は夜会の一週間前らしい。
となると、今日を抜いて動けるのはあと5日。
……当日に朝から準備しなくて良いなら、もっと余裕があるのに。
今日は今後の計画を立てることにする。
一週間でどこまで出来るか。
……そして考えた結果、二通の手紙を書くことにした。
その二つを侍女に送るよう頼む。
「こちらは——いつもの文通相手の方ですね。もう片方はどなたに送られるのですか?」
「グライフ公爵家の、アデルハイト様に」
アデルハイト・グライフ。
夫の——いや、セドリック王太子殿下の、婚約者だ。
◇◇◇◇◇
翌日。
「ごきげんよう、お招きいただき感謝いたします」
「ごきげんよう。急なお誘い、少し——いえ、かなり驚きましたわ。わたくし、あなたとはそこまで親しく無かったと思うのですけれど……一体、どんな用事なのかしら」
アデルハイトは庭の花を見ていた。
私を一瞥もしない。
早く帰れということだろう。
……大丈夫、ここからが本番だ。
上手く説明できればアデルハイトは必ず味方になる。
「時間がないので、本題から。次の夜会で王太子殿下が、アデルハイト様との婚約を破棄しようとしています」
アデルハイトは鼻で笑った。
「嘘ですわね。この婚約は国益のためのもの。殿下はそのように軽率な方ではありませんわ。」
「私が殿下と親しかったのはご存知でしょう?私は殿下から直接知らされたのです」
これは嘘。
実際は確か、私がそそのかしたのだ。
愚かで生意気な、恋に溺れた小娘は現実が見えていなかった。
「あなたが真実を言っているとは限りませんわ。むしろ、殿下では無くてあなたこそが、わたくしを陥れようとしているのではなくて?」
「私が信用ならないのはわかっています。嘘だと思うならそれで構いません。
ですが——婚約破棄されて困るのはアデルハイト様、あなたの方ですわ。婚約破棄が起こるかもしれないと思うことは、あなたにとって損にはなり得ないはずです」
アデルハイトは一理あると思ったのか、初めて私の目を見た。
「そう。では、わたくしが婚約破棄されると仮定しますわ。その内容は?」
「——国家転覆罪です。あなたは仮想敵国であるノルデンに、我が国の機密を漏らしたことにされます」
「それはあり得ませんわ。わたくしはそんなこと、していませんもの。証拠が無いはずですわ」
「ありますよ」
一拍おく。
「あなたの署名入りの書簡。ノルデン側への、不自然な資金の流れ。それに、密会の証人まで」
「……詳しいのね」
「それは、もう。この目で見ましたから」
「——は?なんですって?」
アデルハイトがこちらを睨め付ける。
さすが未来の王妃と言うべきか、威圧感があった。
でも。
「わたくし、昨日殿下にお会いしたのですわ。そこでその証拠を盗み見てきましたの。とても具体的に書かれておりましたわ、信じてしまうくらいに」
私とて、何年も王妃を務めてきたのだ。
たかだか18の小娘に、どうして圧倒されようか。
逆にアデルハイトは少し気圧されたようだったが、言葉を絞り出す。
「……わたくしが内通してたって言いたいの?」
「違います。内通者は別にいる。あなたは、その人の罪を被せられるのです」
緊張が流れた。
アデルハイトは目を見開いている。
「……誰が?」
「誰でしょうね」
「はぐらかさないで」
「ここでは言えません。人の目があります」
アデルハイトは周囲を見回す。
隠れるところが多い木立、近くに控える使用人達。
「……場所を変えますわ」
「ええ」
公爵邸の中の、広い部屋に通された。
そしてアデルハイトは人払いをする。
「それで、誰ですの?」
「グライナー侯爵です。不正や汚職が露呈する前に、ノルデンに逃亡するつもりのようです」
「なるほど、私の婚約破棄に合わせて……ね」
「はい」
アデルハイトはため息をついた。
額に手を当てて、こちらを見る。
「それで?どうするつもりですの?」
「殿下が婚約破棄をしようとしたところで、それを正面から阻止します」
「……公の場で?」
「ええ」
「それだと、殿下の立場も危うくなりますわ。おおかた、殿下は侯爵に嵌められただけでしょう?」
「だからこそです」
言葉に熱が籠るのがわかった。
「確かに殿下は嵌められただけですわ。しかし、簡単に騙される人物が王になったら国は荒れます。変に罪を犯さない分、余計にタチが悪い」
「別に騙され易い訳ではなくてよ。思い込みが強く、一度信じたら疑わないだけで……」
「それを騙され易いと言うのですわ。聡明であってもそれでは困ります。それにアデルハイト様、あなたは殿下の騙されやすさのせいで、冤罪を被せられかけているのですよ?」
アデルハイトは口ごもる。
私はさらに続けた。
「第二王子殿下は大変思慮深いと聞きます。王太子殿下よりも彼の方が、この国をよくできるでしょう」
「不敬ですわ。こんな会話、誰かに聞かれたら……」
アデルハイトは辺りを見回すが、誰もいない。
「このために人払いさせたのね」
「ご明察です」
アデルハイトはジト目でこちらを見たあと、しばらくしてため息をついた。
「3日待ちなさい、裏をとるわ。嘘だったら許さないから」
「ふふふ、失望はさせません」
アデルハイトは部屋を出て行こうとして、ふと振り返った。
「そういえばあなた、名前は?」
……覚えてなかったのか。
仮にも自分の婚約者と親しい女だったのに。
「レイア、と申しますわ」
「そう、レイアね。覚えておくわ」
そう言ってアデルハイトは立ち去った。
私は苦笑するしかなかった。
——これでキャストは揃った。
今度こそ、間違えない。
◇◇◇◇◇
ついに夜会当日となった。
朝からお風呂に入ったらマッサージを受けたり、今日は忙しいので何もできない。
でも、準備はしっかりと済ませた。
「お嬢様、本当に似合っておりますわ」
「ありがとう」
私は結局、青ではなく淡い菫色のドレスを着る。
そして父親のエスコートで会場に入った。
「レイア。そのドレス、よく似合ってるな。だが、わたしが送ったドレスは着てくれなかったのか?」
セドリック王太子殿下だ。
「私には勿体無くて……汚してしまったら大変ですし。クローゼットの中にしまってしまいましたわ」
「ドレスは着てこそ意味がある……次の機会には、着て欲しいな」
「はい、必ず」
まあ、そんな機会は無いのだけれど。
殿下と談笑して時間を過ごす。
場が温まってきた頃。
「アデルハイト・グライフ。あなたとの婚約を破棄する。あなたは王妃に——いや、この国の貴族に相応しくない」
ついに始まった。
「このわたくしが、貴族に相応しくない?何故そんなことをおっしゃるのかしら」
「惚けないでいただきたい。あなたがノルデンと内通していることは分かっている。」
会場の中央で対峙する2人。
殿下は激情に燃える目で、アデルハイトは優雅に扇を広げて、それぞれ睨み合っていた。
「ノルデンへの不自然な資金の流れがあった。調べてみると、王宮の機密情報が流出した形跡があるではないか。証拠としてあなたの署名入りの書簡も持っている。また、ノルデンの密偵と接触していたと言う証人まで居るのだ。」
「偽造ですわ。どうしてその証拠が本物だと、言えるのかしら?」
「——ここからは私、レイア・ワーグナーがお話しいたしますわ」
私は殿下の後ろから進み出た。
ここまでは殿下との打ち合わせ通りだ。
そして、アデルハイトとの打ち合わせ通りでもある。
そして両者の間に立つと、くるっと殿下に向き直った。
「その書類は確かに偽造ですわ。私は本当の内通者を知っている——王太子殿下、あなたが内通者です」
「は!?レイア、何を言う!この書類はおまえが持ってきたものであろう!」
「私は、殿下に脅されたのですわ」
会場にいる貴族たちに語りかける。
「私の家を……ワーグナー伯爵家を潰されたくなければ、従えと。そこで私は、アデルハイト様に助けを求めたのです」
アデルハイトが私の隣に並んだ。
「ええ、それでわたくし達は策を練ったのですわ、殿下。その書類をレイアに偽造させつつ、わたくしは本当の証拠を集めていました——これが証拠ですわ」
そういってアデルハイトが見せたのは、先ほど殿下が出したものとほとんど同じもの。
ただ、署名は殿下の名前だった。
「それこそ偽造だ!そちらの書類が本物だと言う証拠は何処にある?」
「……あら?」
アデルハイトはクスリと笑った。
絶対的な余裕を見せつけるように——あるいは、バカを見下すように嗤う。
「殿下は少々詰めが甘かったようですわね。なんといっても——こんな書類に、王族専用インクを使うんですもの」
ざわり、と空気が揺れた。
確かにアデルハイトが持つ書類には、光の加減で藍にも、赤にも見えるようなインクが使われている。
これは一部の王族と王族お抱えの職人しか製法を知らないインクで、見よう見まねで再現するのは不可能に近い。
——そう、元王妃でもなければ。
「……わたしはそんな書類に署名した覚えは無い。何かの間違いだろう」
殿下が私を睨んだ。
裏切られた、と理解したのだろう。
しかし今更だ。
既に場の空気はこちら側に味方している。
貴族達も殿下に疑惑の視線を向けていた。
一度信頼を失ったからには、王位につくのは難しいだろう。
「そうですわね、このまま話しても水掛け論になるだけですわ。ですから、双方の証拠を王家と公爵家で共同して調べてもらいましょう。それでハッキリするはずですわ」
アデルハイトがそう言って、その場は一旦解散となった。
……もっとも、アデルハイトの優雅な微笑みと殿下の苦々しい顔から、勝負はついているようなものだったが。
「レイア……愛していたのはわたしだけだったのか?」
すれ違うとき、殿下がぽつりと言った。
……私だって愛していた。
でもあなたが裏切るから。
捨てられるくらいなら、自分から捨ててやる。
……でも、そうか。今回は私が裏切ったのか。
私は、本当に正しいことをしたのだろうか?
数日後、セドリック王太子殿下が廃嫡され、療養のために王家の別荘へ移ったことが知らされた。
◇◇◇◇◇
「ねえレイア、あなたは何者なの?」
「?ただの伯爵令嬢ですわ」
あの騒動の後も、私とアデルハイトの交流は続いている。
今日は2人で午後の暖かな陽射しを浴びながら、ティータイムを楽しんでいた。
「どこに要領良く書類の偽造をして、王族専用インクを入手できて、下手な高位貴族の夫人よりも所作が綺麗で、なにより冤罪で王太子を失脚させる伯爵令嬢がいるのかしら」
「ここに?」
「お黙り」
アデルハイトが紅茶を口に含む。
軽い沈黙が流れてから、彼女は口を開いた。
「ねえレイア。わたくしの侍女になる気はない?王妃になった時に隣にあなたがいれば、とても心強いわ」
アデルハイトは王太子になられた第二王子殿下と婚約を結び直した。
図らずも、セドリック殿下が成そうとした婚約破棄は成功したことになる。
「うーん……考えさせてください。王妃の侍女とか、仕事に追われすぎて恋愛できなさそうです」
「あら?あなた殿下の愛妾として有名でしたわよ?誰も相手にしてくれないわ」
「ええ!?」
私ってそんなふうに思われていたの!?
わあー……。
「まあ、今すぐ答えを出す必要は無くってよ。まだ時間はたっぷりありますわ」
——そう、まだまだ人生これからである。
未来が大きく変わった以上、私にもこの先のことは分からない。
でも、私は今回こそ上手くやるって決めたのだ。
ハッピーエンドを目指して。
内通者のグライナー侯爵
「なんかアデルハイトに罪着せるの失敗したけど殿下が被ってくれたぜ!今のうちにノルデン行こー」




