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こんな夢を見た

うずまき

作者: pinkmint
掲載日:2026/03/12


「こんな夢を見た」二作目へようこそ。

今回の話は私の夢の過半数を占める、「この世の終わりの夢」である。


 これに類する夢をどれだけみたか数えきれない。それこそ中学生のころからかな。なぜか子供のころから、「自分が存命のうちにこの世は終わる」と思い込んでいた。(思い込みならいいのですが)

夢の設定はだいたい決まっている。詳細はわからないが地球は滅亡し文明は崩壊し、人類はみな死に場所を求めてさまよっている。当然その群れの中に私もいるわけです。

人種性別年齢は様々で、むしろ日本人だけで固まって移動していた夢は見たことがない。なぜかいくつかのグループに分かれて行動していることが多い。


さてさて。記憶に従ってその世界の様子を思い描いてみることにしよう。

まず、世界は灰色一色で構成されていた。

見慣れた都会の繁華街は無人で荒廃していて、空が。それはそれは気持ち悪い抽象的な模様でしかもうずうずとうごめいている。

形容しがたい不気味な文様が空全体を覆い、あの伊藤潤二先生の「うずまき」のようにぐるぐるしながら、地上に迫ってくる。というより、降りてくる感じ。

とはいっても、見ようによってはその渦巻は美しく、いわゆる「墨流し」の様相を呈している。墨流しとは、福井県の指定無形文化財に指定されている約千年もの歴史を持つ伝統芸術で、水面に墨を落とした際にできる模様、またはその技法をいう。

水面に広がる墨の模様は、落とした墨の位置や風などの影響で次々と表情を変えていくので、出来上がる模様を制御することはとても難しく、二度と同じ模様は生み出せないといわれている。夢の中ではいわば、天から落ちる墨が空という「水面」に限りなく変化していく文様を作り出しているような感じだった。

その不気味な文様がゆっくりと地上に降りてくるわけだ。

人類の文明が破壊され終末を迎えるだけとなった人々は、あれに飲まれたら終わりだと知っているらしく、群れを作りながら、ビルに飛び込み、地下へ地下へと降りてゆく。


都会の地下はご存じの通りあちこちにつながり迷路のようだ。渋谷駅を例に挙げるまでもないだろう。とにかく、渦巻く「得体のしれない世界」に呑みこまれないよう、人々はパニックになりながら地底の最下層まで階段を選んではどんどん下りてゆく。当然停電しているのでエスカレーターもエレベーターもない。

ついにこれ以上、いやこれ以下はないというまっすぐな通路にたどり着いた。非常灯の灯りのみがついた長い長いトンネルのような通路だった。

やがてここにも、あの「空」が下りてきて渦巻に飲み込まれるという恐怖を、誰もが胸に抱えていて、ただ無言。

ふと見ると、トンネルのように見える地下通路の向こうでは、にぎやかにあかりがともり、なにやら夏祭りの縁日が行われているようだ。綿菓子売り、カラーボールや金魚すくい、盆踊りの太鼓の音。イカ焼きの香り。誰もが楽しそうに浴衣を着て子供連れでニコニコして居る様子が見て取れる。

だが一見して自分にはわかる、あれはもうあり得ない明るく楽しかった日々の幻で、そこに駆け込めば過去の幻想に閉じ込められるのだと。

そして後ろを振り向けば、何としても現在の命と意識を保ったままで、この終末を生き抜こうと戦っている人々がいる。彼らは果敢にも、まやかしの過去に飛び込むことを拒否している。

または、もうこの生き地獄から抜け出して過去の幸せに逃げ込もうとしている人々ももちろん、いる。

人々はそこで否応なく二者択一を求められる。前に走って過去の光の中に閉じ込められるか。あくまで現在の状況のまま人として戦うか。

突っ立ったままの自分を残して、人々は自然に二手に分かれてゆく。

過去に飛び込むもの、現在に戻るもの。


なぜか私は選べない。棒のように突っ立ったまま。


その私の前後で、シャッターが下り始める。閉ざされていく過去の光と、現在の悪夢。決められない。体が動かない。人々は滑り込みで、シャッターの隙間からそれぞれの世界にすべりこむ。

ついに左右の鉄のシャッターがばーんと落ちて、あたりは暗黒に包まれた。


全き暗黒の中に、自分一人。


そこで私は気づく。選べなかった自分は今、この世の座標軸のどこにもない、再生の可能性を残した死の世界でもない、永遠の「無」にとじこめられたのだと。決心のつかない自分の弱い心のせいで。

その瞬間の恐怖と絶望。ただでさえ閉所恐怖暗闇恐怖の私は、自意識を残したまま、「出口のない無」に永遠に閉じ込められたのだ!と魂のレベルで実感するのだ。

夢の中の感情や恐怖は、目覚めて感じるそれと、自分の場合寸分たがわない。それは生まれて初めて感じる真の絶望だった。私は闇の中で頭を抱えて発狂した。


「うわああぎゃあああああああ!!」


「おかあさんおかあさん、大丈夫? はい、それ夢だよ」と慣れた手つきで夫が私の肩をゆする。


目を開けて最初に気づくのは、闇に閉じ込められたのは夢であったというとてつもない安堵感と、目の前の夫の優しげな顔、そして頭上にぶら下がっている、悪夢除けのドリームキャッチャーだった。

一番効き目があるというナバホ族のものを買ったのに。

まーた、役に立たなかったのか。

毎朝仕事に行く夫には本当に申し訳ない。


「今何時?」

「午前四時。大丈夫? おやすみ」

「ご、ごめんね……」


私の絶叫に慣れている夫は、さっさと布団に潜り込む。

これが本当に、3,4日おきに続く。正直身が持たない。

うわあぎゃああああをしょっちゅう聞かされている夫ももちろん……本音では平気なわけがない。

ああ情けない……


霊とか悪い波動が察知できるという学生時代からの友人が遠方から我が家に来てあちこちの波動をみてもらったことがある。


結果、私が寝ている場所がとにかく磁場の関係で大変よくないというので、一階で寝ることを勧められた。そこでもうそれからは、一階の居間のソファで眠るようにした。

すると不思議なことに、命まで持っていかれるかと思った悪夢を、それ以来一回も、本当に一度も見ることがなくなったのだ。

(一階には愛猫が二匹いてよりそってくれるので、それもよかったのかも)

寝る場所って、……大事なんですね。


それにしてもだ。

基本的に人間が睡眠をとるのは心身ともに休息をとるためではないだろうか。とすると、見ている間中追い詰められ苦しみ焦り逃げまどう夢ばかり見る私の脳は、いったい何のためにこんな映像を私に見せるのか。


AI先生に聞いてみると、

「脳は日中の記憶の整理・定着や感情の処理、不要な情報の消去を行う過程で夢を見ます。これは記憶の再構築やストレスの軽減、将来の脅威への備えとして機能していると考えられており、心身の健康を保つために不可欠な生理現象です」


ブブー。大外れ。

私は夢の痛手をいやすために、日中なるべく陽を浴びて花や緑を見て、この世は平和、(少なくとも日本は)心穏やかにすごそう、何も怖いことはない、大丈夫と自分に言い聞かせてるのだ。


おいAI。真逆やないかいコラ!!!


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― 新着の感想 ―
 表現としてはかなりスケールの大きい話ではありますが、根本から見ればよくある話かなぁ、なんて思ったり。  いやまぁ、自分自身でも思うことが多い事柄ですので……。ただ、ここまでスケールが大きくなることは…
第六天魔王が降ってくるような(キリスト教のはどんなのでしたっけ)賑やかな世界の終わりの情景ですね。「詰んだ」夢は見ても壮大さとは縁がない、のにまるで実家のような?安定感というのかこういうのが正しい終了…
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