05_下校
昼休みが終わってからの授業は、やけに長く感じた。
いつもならぼんやり板書を写して終わるだけなのに、今日は妙に集中できない。
原因は分かってる。
――箸一本であんな空気になる方がおかしい。
……いや、違う。
原因とか言うからややこしくなる。
「湊ー、帰ろうぜ」
放課後、誠が机に肘をついて声をかけてきた。
その後ろで彩葉がにやにやしているのが見える。
「今日は屋上の続き、ないのー?」
「屋上の続きってなんだよ。ない。普通に帰る」
「普通って便利な言葉だよなぁ」
「うるせえ」
俺が鞄を肩にかけたタイミングで、教室のドアが開いた。
白羽が顔を覗かせる。
「湊、帰ろ」
同時に、別の方向から紫乃の声。
「湊。寄り道、してく?」
……なんで二人とも同時なんだよ。
「寄り道って何だよ」
「コンビニ」
「目的が雑すぎるだろ」
白羽は笑いながら俺の袖を軽く引いた。
「じゃあ、一緒に帰るだけでもいいよ?」
「……別にいいけど」
紫乃が一歩近づく。
「私も帰る」
「だから、なんで張り合うんだって」
誠は横で声を殺して笑っている。
彩葉は俺を肘でつつきながら、楽しそうに言ってきた。
「湊、がんばれー」
「何をだよ」
俺はため息をついて教室を出た。
結局、いつも通りの三人。いつも通り――のはず。
校門までの道は夕日が差して、影が長い。
白羽は楽しそうに何かを話していて、紫乃はそれに短い相槌を返す。
時々、言葉がぶつかって小さく火花が散るけど、すぐに白羽が笑って丸くする。
……本当に、いつも通りだ。
ただ、歩いているだけなのに。
ふと、またあの夢の感覚が胸の奥をかすめた。
指先が触れそうで、触れない。
手を伸ばされて――。
「……湊?」
白羽が覗き込んでくる。近い。
「え、なに」
「ぼーっとしてた。疲れてる?」
「いや、平気」
紫乃が横から顔をしかめる。
「こけるわよ」
「こけねえって」
「分かんないでしょ」
……またそれか。
俺は笑ってごまかして、足を進めた。
家の前に着くと、白羽がいつも通り手を振る。
「じゃあね、また明日」
「おう」
紫乃も少し寂しそうに言う。
「……またね」
二人が別方向へ歩き出して、ようやく息をついた。
なんなんだ、今日の一日。
いや、今日だけじゃない気もするけど――考えるのはやめた。
玄関を開ける。
「ただいま」
「おかえり」
リビングから澪の声。
エプロン姿で、ちょうど夕飯の準備をしているところだった。
「今日、遅かったね」
「普通だよ。放課後ちょっと――いや、普通に帰ってきた」
「普通しか言わないじゃん」
澪が呆れたみたいに言いながら、味噌汁の鍋をかき混ぜる。
「……それより」
澪の視線が、俺の顔に止まった。
「今日、何かあった?」
「は? 何も」
「嘘」
「即答!?」
「顔」
朝と同じだ。
こいつ、ほんとに勘がいい。
「……別に、何もないって」
「ふーん」
澪は菜箸を置いて、俺の方をじっと見た。
「白羽ちゃんと紫乃ちゃん、最近ちょっと変じゃない?」
思わず固まった。
「え?」
「なんか、湊のこと見てる時間が増えてる」
「気のせいだろ」
「ううん」
澪は即答して、少しだけ目を細める。
「気のせいじゃない。私には分かる」
「なんでだよ」
「……妹だから」
ドヤ顔で言われた。
そんな理由、あるか。
「まあいいけどさ」
澪はまた鍋に向き直りながら、ぽつりと言う。
「湊が困るようなこと、されたら言ってね」
「困ってないって」
「“困ってない”も便利な言葉だね」
彩葉と同じこと言うなよ。
俺は鞄を床に置いて、ソファに座り込んだ。
窓の外は、もう暗くなり始めている。
箸一本で変な空気になって。
帰り道でも、二人の距離が妙に近くて。
澪にまで言われると、さすがに気になる――
……いや。
考えるのはやめた。
「もうすぐご飯できるから」
俺は深く息を吐いて、食卓についた。




