04_箸
屋上に出た瞬間、白羽がこっちに気づいて手を振った。
「湊、こっち」
ベンチの方で白羽が軽く跳ねるように呼ぶ。
その隣で紫乃は柵にもたれて腕を組み、片目だけでこちらを見た。
――ふん。
そう言いたげに鼻を鳴らして。
「遅い」
「遅いって、昼休み始まったばっかりだろ」
「そういう問題じゃないの」
「じゃあ、なんの問題なんだよ」
白羽がくすっと笑って、間に入る。
「紫乃は、一緒に屋上までも三人で来たかったんじゃないのかな?」
「バッ……カじゃないの!? そんなつもりじゃないし……!」
紫乃は顔を背けながら声を荒げる。
そのくせ、耳だけがほんのり赤い。
「そうだったのか? そう言ってくれればよかったのに」
「……ぶっ飛ばすわよ」
紫乃の目が細くなる。
冗談じゃない圧が、一瞬だけ空気を冷やした。
「素直じゃないんだから……もう……」
白羽が困ったように笑い、手を叩く。
「と、とりあえず、お昼食べましょう?」
「そうだな」
俺は弁当袋をベンチに置いて、いつも通りふたを開け――
そこで止まった。
「あ……」
「どうしたの?」
白羽が首を傾げて、俺の手元を覗き込む。
紫乃も箸を止めてこっちを見る。
「箸、忘れた」
言った瞬間、我ながら情けない。
「ふふ、湊らしい」
白羽が一呼吸置いて笑った。
「笑うなっての。俺のどこが“らしい”んだよ」
「そういうとこ」
紫乃はため息をつき、弁当箱の横を軽く、こつんと叩く。
「だから言ったのに」
「何を?」
「持ち物確認しなさいって」
「言われてないけど」
「言った。私の中で」
「それは言ったうちに入らねえよ!?」
白羽が笑いながら自分の箸を取り出して、俺に差し出す。
「はい。これ使って」
「いや、大丈夫だ。白羽が困るだろ」
「大丈夫。私、スプーンがあるから」
白羽はそう言って、小さなスプーンを取り出して見せた。
「そうか。なら、お言葉に甘えて……」
俺が箸を受け取ろうとした、その時。
「……待って」
紫乃の小さな声。
次の瞬間、俺の手首がきゅっと掴まれた。
「私の、ある」
紫乃が箸を取り出して、俺に差し出してくる。
「え、でも紫乃も困るだろ」
「困らない。……いつも二膳入ってるから」
「いつも? なんでだ?」
「知らない。なんとなく」
紫乃は目を逸らしたまま、少しだけ不機嫌そうに言い切る。
「いいから、早く受け取りなさい」
「ああ。ありがとう」
そう言って紫乃の箸を受け取ろうとしたが――
横を見ると、白羽も箸を差し出したまま引かなかった。
……まずい。
どちらかを選んだ瞬間、空気が壊れる気がする。
本能がそう訴えかけてきていた。
「俺、取りに戻――」
「だめ」
白羽の声が、やけにきっぱりと響いた。
何事もなかったかのように教室へ戻ろうとした俺は、そのまま止まる。
白羽は小さく笑って、俺を見上げた。
「せっかく一緒に食べるのに、時間もったいないよ」
優しい声なのに、どこか圧を感じる。
「……時間の問題じゃないだろ」
「時間の問題だよ。ほら、私の使って?」
白羽が強引に箸を渡そうとした瞬間、紫乃が俺の手を掴んで、箸を押し付けてきた。
「ほら。これ使う」
「……ありがとう」
「別に」
紫乃は視線を逸らして、自分の弁当箱を開け直す。
白羽は一瞬だけ口を尖らせたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
正直、紫乃が無理やり渡してくれて助かった。
どっちかを選ぶなんて、俺にはできない。
……あれ。
この感覚、どこかで――




