<9・千切。>
どうやら、えぶりちゃんねるに書きこまれていた“親戚のおっちゃん”は、徳永建設社長の徳永専一のことだったらしい。社長が、自分の両親の実家の取り壊しと、そのあとのマンション建設について不動産会社も踏まえて話を進めていたということだろう。ならば、徳永社長についてもう少し調べを進めて行けば、徳永社長の実家の場所=やばいものを掘り起こしてしまった土地についてもわかってきそうなところである。
ただ、掘り起こされたやばいブツというのが“見ただけで呪いを受けるもの”なのか、あるいは“触れなければ大丈夫”なのか、もしくは“触れても粗末に扱わなければ大丈夫”なのかどうかは実際にモノを見てみなければわからないのが厄介なところである。知ってはいけない言葉、のそのものよりは危なくなさそうという印象ではあったが。
土地の場所がわかれば、あとは地図帳とネットを駆使して、元の持ち主についても調べを進めて行くことができそうだ。
443:百物語をしたい>>395さん@真夏のこっくりさん
いや、マジで何か封印されてた系はあるかもしれない。
というのも、そこおっちゃんの両親が住み始めるよりも前に、何代か家族が住んでたみたいなんだけどさ
誰も彼も、短期間で引っ越してるっていういわくつきの土地だったんだよね
ひょっとしたらおっちゃんの両親にもなんかあったのかもしれないけど、おっちゃん自身が住んでたわけじゃないもんだからそのへんよくわからないみたいで
だから、何か事故物件だったとかそういうオチがあるかもしれないっていう
おっちゃんが知ってたのは“昔一般で売りに出される前は、なんかの宗教団体の施設があったらしい”ってことだけだったんだけど
マジでやばい神様呼びだしてたオチある?
前に住んでいた一家が、短期間で引っ越しているというのは気になるが。引っ越しているということはつまり、少なくとも前に住んでいた一家が全員死亡したというわけではないということである。引っ越す人間がいた、ということなのだから。
ただ、何かがあったからこそみんなが短期間で引っ越すことになったのだろう。幽霊が出たのか、あるいは事故でも頻発したか。
その前に宗教団体の施設があった、というのもかなり怪しい話である。その宗教団体がヤバい神様を呼びだしてしまった、その名残が土地にあった――そんな可能性もあるのだろうか。
「へえ、頑張って調べたじゃん」
よっこらせ、と千夜の前の席に座る憐。その手には分厚い地図帳やら、古い雑誌やらを抱えている。
「思い出した。建設会社がまるまる焼けちゃったニュース、確かに去年聞いた覚えがあるよ。放火って怖いねー、くらいの印象しかなかったけど……続報特にないよね?」
「はい。調べましたけど、犯人が見つかったっていうニュースはないです。遺体のほとんどが両足首が欠損していて、それに関しては警察も事件性を疑ってたみたいなんですが……いかんせん、その、遺体の燃え方が尋常じゃなかったみたいで。燃え落ちてそうなったのか、生前に千切られたのかはっきりしなかったみたいで」
「えぶりちゃんねるでも、生きたまま発火したみたいだったって言ってたもんね。そりゃ、科学捜査でもはっきりしないことは多いか」
人間が生きたまま発火する。足を千切られる。想像するだけで恐ろしい。果たして建設会社の人達は、どれほど苦しんで死んでいったことだろう。
「そっちに関してはもうちょっと調べることにして。千切村、だっけ。それに関係してそうな記事見つけたよ、千夜クン。オカルト雑誌なんだけどさ」
のんびりマイペース、に見えて勉強も運動も非常に効率よくこなすことで知られている憐である。調べものに関してもその器用さは如何なく発揮されたということらしい。
彼が出してきたのは、“恐怖リアル!~本当にあったホラー~”というなんとも怪しげなオカルト雑誌。2017年7月号、とある。よくもまあ、こんな危なげな雑誌が図書館にあったものだ。表紙もおどろおどろしいし、真偽不明な淫習についても取り扱っているらしいアオリが入っている。正直、良い子の図書館に置いてあるタイプの雑誌とは思えないのだが。
「この図書館、変な本結構入ってるからね。俺的にはラッキーだったかんじ。まあ、内容の大半はガセネタっぽいけど」
「あはは……」
だろうな、と目次を見ながら千夜は苦笑した。
“密着!AV女優を使い捨てた会社……!秘密の部屋には、全裸の女性の霊が犇めきあっていた!?”
“スナッフビデオを撮影していたサイコパス男。その部屋にあったという、大量のグロテスク写真を入手!まるで飾るように並べられた女性のアレの写真を独自公開!!”
“長野県の奥地にこんな村があったなんて!密着、生まれたばかりの嬰児を次々供物に捧げていた呪われた農村……!生贄を作るため、女達は毎日セックス三昧!!”
――ああ、うん。そういう雑誌なのね……。
オカルトやホラーを謳っているが、半分以上えっちな方向の雑誌なのが見て取れる。確かに成人向け雑誌のような露骨な写真は載せていないようだったが、特集の内容そのものが目を背けたくなる類いのものばかりだ。明らかに、全裸の美女の幽霊とか、エログロ満載の風習を妄想してヌかせてあげますね!という意図が透けている。年頃の男子高校生であるはずの千夜が正直ドン引きしたくなるくらいには。
ただ、何故これを憐が持ってきたのかはわかっていた。なんとなく、雑誌の表紙に黒い靄のようなものがうっすらと纏わりついているように見えたからである。
書籍でこういうものが見える時は、大抵それに“本物”が載っている。でもって、直接的に見ただけで害を成すようなものではない。その場合は、こんな微かな気配にならないのは過去の事件で学習済みだからだ。
「その雑誌の殆どは読む価値ないゴミみたいな作り話ばっかだけど。……つーか、低俗すぎてマジでドン引きするレベルの話ばっかだけど」
はあ、とため息をついて憐が言う。
「一つだけ、本物が混じってた。千切村って名前で載ってないから、俺が霊感なかったら多分気づかなかっただろうね」
「あ、ほんとだ。これですね」
「うん。……知ってはいけない言葉を見た人間は、どうやら足首を千切られて殺されるらしい。でも、その千切れた足首が、岡崎苺子の時も建設会社の時もなくなったまま見つかってないんだよね。相手に“持って行かれた”って考えるのが妥当。でもって、そもそもこの呪いは相手を殺す為のものではないと考えた。呪われた相手が死ぬのはあくまで副次的な効果であって、目的は“足首を持って行く方”じゃないかなって。まあ、力任せに足を引きちぎられたらショック死するのも当然なんだけど、それはね」
つまり、と彼は続ける。
「足……正確には足首ってものを、神聖視する神様や宗教。それを供物に捧げるような風習か捧げられたような事件がどこかにあって、それが影響してるんじゃないかと思ってた。多分、それで正しいんだろうなって確信したよ」
『寒村でかつてお起きた悲劇!チギリ様の祟りとは!?
山梨県の奥地にて、かつてその村は存在していたという。チギル村――正確な名称は不明だが、地元住民にはそう呼ばれていたらしい――という閉鎖的な村が山奥にあり、村人たちの多くが村の外との交流を好まなかった。時折一部の村人が近隣の町を訪れて買い出しなどを行っていたようだが、村人たちの殆どは自炊しており、山を下りてきた村人たちはみな死んだような目をしていたという。
そして、近隣住民が見かける村人はみんな成人した男性ばかりだった。未成年の子供や女性が、村の外に出てくるところを誰もが見かけたことがなかったという。
村には昔から恐ろしい風習があった。一年に一度、二歳以下の子供を、その村で信仰されていた土神に捧げていたというのだ。そのために、村の女達は一定の年齢以上まで育つと否応なしに婚約させられ、生贄と人口が絶えないように毎年のように子供を産まさせられていたという。その結果、村では毎年のように子供が死に、体力を使い果たした女性達や心身ともに憔悴しきった女性達がばたばたと死んでいった。村には、遺体をひそかに埋めるための特別な墓地があったという。
そのおぞましい村の状況を変えたいと、立ち上がった人物がいた。
当時十四歳の、とても美しい少年である。彼もまた村の掟に従い、村から出ることは叶わなかった。ただ、村の掟が間違っていることを常々感じていたという。
何故なら彼の母も姉も、同じように村に消費されて死んでいたからだ。
彼は村の女性達を扇動して、彼女達を次々と村の外へ逃がした。
だが、村の女性を全て逃がすより前に彼は村の長に捕まってしまう。村長は焦っていた。村の女たちに逃げられてしまったら、生贄を捧げられなくなってしまう。何より、この村での犯罪がバレてしまうことになる。村長は彼を拷問して、逃げた女達の行方を割らせようとしたが上手くいかなかった。彼の意思は実に強靭なものであったからだ。
美しい少年は、逃げないようにと足を切り落とされても、男でありながら強姦されても、けして口を割らなかったのである。
血に塗れながら、少年は言ったそうだ。
「愚か者、呪ってやる!お前達みんな、呪い殺されてしまえばいい!!」
すると、奇妙な事が起きた。
男であるはずの少年が身ごもったのである。それも、凄まじい速度で腹が膨らんでいく。十日後、少年が事切れると同時にその膨らんだ腹が割れ、中から怪物が産まれたそうだ。
その怪物は、到底人間の姿をしていなかった。
そして少年がされたように、次々と村人たちの足をその怪力で引きちぎり始めたのである。
村の男達と、村の掟に従順だった女達は殺された。生き延びたのは、少年が命がけで逃がそうとした若い女達ばかりであったという。
村は滅び、怪物はとある霊能者によって封印されたといわれているが定かではない。
蘇ったならばその時は、恨みをさらにため込み、さらなる虐殺を行うことも考えられるであろう――。』