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<6・考察。>

「貴方、命拾いしたわよ」


 とりあえずは、そちらの道のプロに話をしておくべし。憐に言われるがまま千夜がやってきたのは、近所にある勝鬨神社(かちどきじんじゃ)だった。そこの神主である吾妻典子(あずまのりこ)は、今のご時世でも比較的珍しい五十代半ばの女性神主である。学校の近所ということもあって何度も参拝したことがあり、その時に雑談くらいはしたことのある仲だった。その雑談で、千夜と憐が霊感を持っていることも相談したことがあるのだ。

 それゆえだろうか。掃除をしていた彼女に声をかけると、彼女は細かいことを聞くよりも前に社務所へ自分達を通してくれた。そして、話を聞いて第一声がこれである。千夜を見て、わかってるでしょ?と繰り返した。


「もし、その岡崎苺子さんだっけ?彼女が襲われている現場に遭遇して貴方も相手を見てしまったら……知ってはいけないことを知ったのと同じこと。多分、同じ末路が待ってたわよ。霊障と、それからガムテープできっちり押入れを封印してくれてた苺子さんに感謝するべきね」

「や、やっぱり……」

「よくわかんないけど、典子サンは知ってたの?知ってはいけない言葉、っていうものがあるってこと」


 憐は敬語が極端に苦手である。年上の相手でも、いつもまったりとため口で話してしまう。が、典子も慣れたもので、もはやそれを注意する様子もない。


「いいえ、初耳だわ。でも想像はつくわね。……うちの孫達が最近、クトゥルフ神話TRPGにハマってて話を振ってくれるんだけど……あれ、本物の恐怖っていうものを説明する意味では結構的を射ていると思うのよ。ほら、外なる神とかって、直視するだけで正気度が削れるでしょ?同じことが起きてるんじゃないかしら」


 まさか現役の神主から、クトゥルフの名前が出ようとは。苦笑しつつも、確かに、と頷く千夜。ということは、苺子はそのやばい神様の画像か何かをうっかり見てしまった、ということでいいのだろうか。

 ただ。


「俺も最初はそう思ったんですが……元の掲示板の書き込みを見ると、どうしても引っかかるんです」


 俺はスマホを取り出して、件の掲示板のスクリーンショットを典子に見せた。


「これと……これ。IDからしてこの二つは同一人物の書き込みみたいなんですが。この人、明らかに冷静に書きこんでいる上、“見てはいけないもの”ではなく“知ってはいけない言葉”って言い方をしてるんですよ」




474:百物語をしたいななしさん@真夏のこっくりさん

そういえば今のエピソードで思い出した。

ネットの都市伝説で最近聞いたのがさ、“知ってはいけない言葉”ってやつなんだけど、みんな聞いたことある?検索してはいけない言葉、みたいに“知ってはいけない言葉”がネットの海に漂ってるらしい。

それを見るなり聞くなりして“知って”しまうと、恐ろしい死に方をするっていう





487:百物語をしたいななしさん@真夏のこっくりさん

知ってはいけない言葉、を知った奴は一定期間の後にみんな同じ死に方をするんだってさ

ウソだと思う奴は試してみる?


つ 【URL】




「もしも邪神の画像とかなら、こんな言い方しないよなって。……このリンクを辿った先には、本当にただ言葉だけが書かれていたのかなってかんじなんです。それも長い文章だったら“言葉”って言い方はしないから、本当に一言二言くらいのキーワードなのかなと」

「……確かに、そんな言い方をしてるわね」

「でしょう?」

「しかも」


 スマホをじっと見つめて、典子は首を傾げる。


「掲示板の人達の様子を見るに……本来、この大型掲示板にはアドレスの類は貼れないようになっている、はずなのよね?それが何故か、アドレスを貼ることに成功している。私はコンピューターのことなんか全然わからないけれど、そういう科学技術を持った人間か……もしくは、コンピューターに関してそういった“術”をかける方法を知っている人間だと見るわ」


 その言葉に、千夜は目を見開いた。


「ってことは、典子さんはこの書き込みをしたのは人間だって言いたいんですか?」

「ええ。……あら、てっきり千夜君はそういうのも視えるのかと思ってた」

「う」


 実のところ千夜の霊能力は大きく偏っているので、人間相手だとかなり無力であることが多いのだ。悪霊や、人あらざる者の気配には敏感なのだが、殊に相手が生きた人間である場合その向こう側にあるものがまったく見えなかったりするのである。

 裏を返せばその制約を使って、人外の書き込みやツイートを見分けることもできたりするのだが。


「文字に纏わりついてる、このねばったした悪意。これは人間特有のものだと見るわ」


 そうねえ、と典子は苦笑いして言う。


「書きこんだのは、クトゥルフ的に言うのであれば“狂信者”か“魔術師”ってところね。正気度が残っているかどうかは不明」

「あ、はは……」

「力を持つ相手だとは思うわよ。でも、その“呪われた言葉”の主を相手にするよりはよっぽど現実的に対処できる存在じゃないかしら。むしろ、この人間をどうにかする以外に私達にできることは何もないわね。そのアドレスを使った“門”はもう閉じているのにこんなにも気配が強い……文字通り、そのリンク先にいたのは紛れもない神クラスの何かよ。その存在を人間が“知った”だけで呪いにかかるほどのね。だから多分、この先にあった呪われた言葉と言うのは、その神様の名前か関連する呪文であった可能性が高いと思うわ」

「なるほど……」


 やっぱり、その神様を直接封印したりするのはほぼ不可能に近いというわけらしい。とすると、次の問題は一つだ。

 その掲示板に書き込んだ“魔術師”とやらは、何故そのリンクを貼ったのか?ということ。恐らくまだ表沙汰になっていないだけで、この文字によって呪い殺された人間は日本のあちこちにいるはずである。少なくとも掲示板の反応を見るに、数人以上の人間がリンク先を覗いてしまってSAN値を直葬させているのだから。


「その魔術師さんとやらは何がしたかったわけ?」


 お茶を飲みながら、憐が呆れたように言う。


「人に危害を加える目的だった、っていうのはわかるよ?でも仮に、少しでも多くの人間を呪い殺すのが目的だったとしたらさ……えぶりちゃんねるみたいなところに書きこんだ上、あっさりリンクを消すのってなんか妙」


 言われてみればその通りなのだ。

 現状、被害の規模がさほど大きくない理由は一つ。そこまで多人数があのリンクを見なかったこと、それに尽きるのでる。

 それは書きこまれたえぶりちゃんねるのオカルト版の閲覧者がそこまで多くなかったことと、リンク先がすぐに消されてしまったこと。

 これが大規模なニュースサイトのコメント欄か何かであったなら、被害規模はこんな程度では済んでいない筈なのである。


「そうね、そこは私も疑問に思ってる」


 典子も首を傾げつつ、指でとんとんと机を叩いた。


「それに、もしこの魔術師本人は“言葉”を知っても無事だというのなら。その言葉を、もっと堂々と町中で唱えて回ればいいだけだと思わない?通行人を片っ端から発狂させられるし、生贄にできるわよ?」

「自分が犯人だと、みんなに教えたくなかったとか?」

「もしくは、今回の書き込みそのものが実験的な意味合いの強いものだった、とか。あるいは、被害が出ても出なくてもどうでも良かった……ってところかしらねえ」


 書き込みの主を特定して、その人物を拘束するのが一番簡単な方法だろう。ところがどっこい、そのためにはこの掲示板のIPアドレスから情報開示請求をして、という面倒くさい手段を取る必要がでてくる。一介の高校生には、金銭的に無理だ。仮にそれをクリアしても、請求が通るまでどれくらいの時間がかかるかわかったものではない。

 もっと言うと。そのIPアドレスが本人の自宅などの者でなかった場合、特定したところで犯人逮捕に直接つながる保証はないわけで。そんなぐだぐだしている間に犯人に逃げられたら、逃げられた分だけ被害が広がることは間違いないのである。


「とりあえずまとめるけど」


 典子はパン!と手を叩いて言った。


「あんた達、ひとまずインターネットでやばいと思うリンクには踏み込まないこと。それくらいの勘は働くでしょ?そりゃ、公共のスピーカーでその言葉を流されたらお手上げだけど、多分今のところ相手はその手段を取る気ないみたいだから。……一応、元凶の神様?のようなものに対しても、被害を弱める方法があるかどうか調べてみるつもり。でも、それは私達プロに任せておきなさい。あんた達はどうしても動きたいなら、その魔術師の方の調査をお願いするわ」

「言いたいことはわかるけど、俺達もこれ以上なんも情報がないんだけど?それに、学校や部活あるからあんま大規模な調査とかできないんだよね」

「そのためのインターネットと図書館でしょ。……それと、本格的にやばいと思ったら、その時は学校と部活休んでも調査に入った方がいいとは言っておく。本来ならあんた達にはひっこんでなさいと言いたいところだけど……見たところ、そんなこと言ってられるようなレベルの怪異じゃないみたいだから」


 現役神職の彼女がここまで言うか。自然と千夜の顔も強張った。

 一体、“建築会社のおっちゃん”とやらは何を引っ張り出してしまったのだろう。そして、魔術師とやらは何を目的にその呪いを振り撒こうとしているのだろう。


「書きこんだ人間も防御壁を張ってるのか、私の眼で透かしても相手のなりかたちはまったく見えてこなかったわ。でも、一つだけキーワードが読み取れた」


 典子は最後に、真剣な顔で言ったのだった。


「“千切村(ちぎりむら)”。……恐らくどこかの地名であるはず。それを探してみて頂戴。魔術師と、何か強い関わりがあるはずよ」

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