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<31・千夜。>

 あのね、おとうさん。

 あれ、おかあさん?どっちかな。


 おかあさん、あのね。

 ぼくね、ずっとまってたんだよ。

 おかあさんがきてくれるの、ずっとまってたの。


 ぼく、おかあさんがやってほしいっていったこと、がんばったよ。

 おかあさんをひどいめにあわせたヤツ、みんなころしたよ。

 あしが、とってもいたかったんだよね。だからぼく、もっといたくしてやろうとおもって、いっぱいいっぱいちぎったんだよ。あいつら、いたいいたいっていって、ゆるしてくれごめんなさいっていってたよ。


 それで、おかあさんもたすかるって、おもってたのに。ぼくがきづいたら、おかあさんはどこにもいなかった。

 たらないってことなのかな。

 もっともっと、いっぱいちぎらないとだめってことなのかな。

 じゃあ、ぼくもっとがんばるね。おかあさんが、ぼくをみつけてくれるそのときまで。


 ぼくをだまそうとする、ひどいひとがたくさんいたけど。だいじょうぶ、もうだまされたりなんてしないから。

 もう、こわいことなんかなにもないよ。

 ぼく、おかあさんのいうこと、なんでもきくよ。

 だってもう、ずっとずっと、おかあさんといっしょだもんね。


 だからね、おかあさん。おしえてよ。


 つぎは、だれをちぎればいいの?




 ***




 気づいた時、千夜は病院のベッドの上だった。遠田が個人所有する洋館の前で倒れていたところを発見され、病院に搬送されたという。同じ病院には、憐も担ぎ込まれていた。彼は一時期生死の境をさまよったようだが、どうにか峠を越えて今は状態も安定しているという。心臓をかろうじて外れていたというのは本当のことらしい。――撃った本人である遠田の部下の河本とかいう男は、そのまま逃げて現在でも行方が知れないようだった。

 遠田の、足がちぎれた遺体も発見されている。教祖がいなくなったあの教団が今後どうするのか、部下の男がどうするつもりなのかはわからない。正直、もはや千夜には興味もなかった。少し前の自分ならば、そんな他の人達の進退にも多少気を配ったことだろうに。

 そして千夜本人はと言えば。


――一体、何がどういう仕組みなんだか。


 傷だらけで発見されたといっても、大きな怪我は特になかったという状況。なんと、刺されたはずの腹の傷は綺麗に塞がっていた。明らかに、“あの子”の力によるものだろう。意識が消える寸前に見た光景が瞼の裏に焼き付いて離れない――恐らく、最初から遠田はこのために自分を刺したのだと思われる。

 本来ヒトガタとは、そいつの名前をどこかに記して見立てるものである。それを今回は、恐らく内部にかの少年の名前を刻んでいたのであろう水晶で代用したのだろう。それを、千夜の腹に埋め込むことで、疑似的に千夜を少年に見立ててヒトガタとしたのだ。そして、“あの子”が出現し、千夜を母親だと思い込んで寄ってきたのである。

 そして、“母親”の胎内に回帰した。今度は離れないよう、ずっと一緒にいるために。

 千夜が“あの子”を胎内で守り続けるうちは、そして“あの子”の母親を演じ続けるうちは、恐らくもう祟りは起きないのだろう。――ただ一つの、可能性を除いては。


――霧生先輩には、ちゃんと謝らなくちゃ。


 まだ、憐の面会謝絶は解けない。集中治療室から出たばかりなのだから、当然と言えば当然だろうが。それが解除されたらきちんと会って、全てを謝らなければいけないと思っていた。

 今回の件。明らかに“あの子”に呼ばれたのは千夜ただ一人だった。それなのに、自分がいつもの事件の延長と思って憐を巻きこんでしまった。自分と一緒に行動しなければ、自分を庇おうとしなければ、憐があんな怪我を負うことはなかったというのに。

 それから。雛子にもきちんと報告しなければいけないし、明らかに不審な行動が多くて心配をかけたであろう家族や部活の仲間、監督にも謝罪をしなければいけないと思う。恐らくはこれで、当面大きな事件に巻き込まれることはないはずである。千夜自身が、面倒を起こすようなことさえなかったなら。


――それから。……やらなくちゃいけないことは、まだ他にもある。


 どうしても一人、探さなければいけない人間がいた。そいつを、“あの子”の力を使ってでも見つけるつもりでいた。どうしても許せなかったがゆえに。

 だが。


「いい度胸ですね」


 千夜自身は、三日入院しただけで退院が決まった。退院の当日、荷物をまとめて病室から出ようとしたところで、その男が部屋を訪れたのである。

 二十代にももっと高齢にも見える、年齢不詳の細身の男。襟足の長い黒髪、端正な顔に仮面のような笑みを貼りつけたその男の名前は尋ねるまでもなくわかった。こいつこそが、今回の事件を全て裏で操っていた魔術師、秋風英だと。


「よく俺の前にノコノコ顔が出せたものです、秋風さん」

「おお、怖い怖い」


 黒いスーツを着込んだその男は、射殺さんばかりの千夜の眼にも大して怯んだ様子もなく肩をすくめた。


「今日の私は、ただお見舞いに来ただけですよ。めでたく祭祀としてもお役御免になったようですし……我が神が望んだ幸せを得たかどうかを確認したかっただけです。貴方にも、霧生君にも危害を加えるつもりはありません」

「でしょうね。……最後の儀式の時、貴方が現れなかったことで謎は全て解けましたよ」

「ほう?」

「貴方は最初から、この結果を望んでいた。そもそも“あの子”の幸福を最も願う貴方が、“あの子”と母親との再会を邪魔する理由なんてありません。むしろ……最初から、この結果に持っていくために全て仕組んだと思えば筋が通ります」


 そうだ。本当に“あの子”に幸せになってほしいなら、“あの子”の望みを叶えてあげない理由がない。その母親となってくれる人物が現れれば、神はそれで満たされて祟りもなくなる。その人物の寿命が尽きるまで一緒にいれば、まず“あの子”は満ち足りて浄化され、人間に仇なす存在ではなくなるだろう。

 だが、恐らく秋風は、母親となるに相応しい人物を自分の力だけで見つけることができなかった。

 だから、神がその存在を引き寄せることと、教団が急いで生きた憑代になってくれる存在を探してくれることを期待して、今回の事件を引き起こしたのではないか。特に、浄罪の箱は自分達の不始末が大量に人を死に追いやっているともなれば相当焦るはずである。最後のハッパをかける目的で幹部の一人でも殺せば、遠田はさらに慌てて儀式を進めるはず。――秋風は労せずして、神の望みを叶えることができるというわけだ。

 だから、最後の儀式を邪魔しなかった。全て、彼の計画通りであったがゆえに。


「“あの子”を不憫に思って、その望みを叶えてやりたいと思った気持ちは理解します」


 千夜は真正面から秋風と対峙して告げた。秋風の方が出口側に立っている状態ではあるが、もう彼に対して怖いという気持ちは一切湧かなかった。

 自分が、既に圧倒的優位だと分かっているがゆえに。


「しかし、だからといって無関係の人間を大量に殺すようなやり方。あの子に罪なき人をたくさん殺させたその所業。……俺は、貴方を絶対に許すことはできない」

「でしょうね」

「貴方がクソくだらない方法を取らなければ、苺子さんは死なずに済んだ。雛子さんはあんな風に苦しまなくて済んだ。典子さんに至っては完全に巻き込まれてしまっただけ。濱田さんも、教団にハッパをかけるためだけに殺すだなんてまったく馬鹿げてる。霧生先輩だって撃たれずに済んだんだ。……全部あんたがこんなくだらないことを始めたせいだ。その落とし前、どうやってつけるつもりですか」

「おやおや、怖いですね。私を殺しますか」

「俺がその気になれば簡単だということを忘れてもらっては困りますね」


 すっ、と千夜は眼を細める。


「もう貴方は祭祀ではない。そして、“あの子”は俺以外の命令なんか聞きませんよ。……その気になれば俺は今この場で、たった一言で貴方を殺すこともできる。なんなら、足を引きちぎる以上に残酷な方法が御望みですか?」


 知ってはいけない言葉――あの子の名前。あの子の力のすべては今、千夜が握っているのである。

 その気になればたった一言、あの子の名前を唱えるだけでそいつを殺せる。自分はそういう力を得た。憎い相手を、いつでもどこでも簡単に、最も残酷に殺してしまえる力を。

 それがどれほど恐ろしいことかは、今の千夜にだってわかっている。それに溺れたら最後、自分は“神の母親”となっただけでは済まず、心まで人ではないものになってしまうだろうということも。

 だが。

 切り札を、いつ使うか、使わないかを選ぶのは全て千夜の自由なのだ。


「少なくとも、今すぐは使いませんよ、貴方は。ここは人気の多い病院ですから」


 だが、喉元に刃をつきつけられているも同然の状態でありながら、秋風の余裕は揺るがない。


「今の貴方はまだ人間です。だから、私を殺すだけならともかく、無関係の人間を巻きこむことを良しとはしないでしょう。ここで神を召喚したら、たまたまその場に居合わせた人間も巻き込むことになる。貴方がいくら命じたところで、神の姿を見て心身が崩壊することを防ぐことまではできませんからね」

「それがわかっていて此処で俺と接触したわけか。なんとも狡賢い男だな」

「お褒めに預かり光栄です。……とはいえ、この結果が得られた時点で私はもう“勝ち組”なのですよ。いつ死のうが、どのような死に方をしようが、私のハッピーエンドは揺るがないのです」

「ほざけ」


 忌々しい。千夜は吐き捨てる。そして、目の前の男に向かって宣告したのだった。


「いつか、そんな事が言えないくらい、ズタズタにして殺してやりますよ。覚悟しておいてください」

「おお、それは楽しみです」


 そんな千夜を前に、秋風は最後まで笑っていた。


「その時まで見守らせて頂きますよ……貴方がその力をどのように使うか、そしてどのように生きるかを」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 完結おめでとうございます! [一言] ここの子たちも版権の子たちと連絡が取れれば少しは安心出来るかな?
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