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<29・憑代。>

 一瞬、何を言われているのかわからなかった。千夜が我に返ったのは、憐がまるで千夜を庇うように前に出てからのことである。


「……そういう可能性を考えてそうだなってちらっと思ってはいたんだよね。俺達がいないと絶対無理みたいな言い方してたし。その様子だと、俺は予備の器、もしくは補佐をやれってところかな?」

「察しがよくて大変助かりますな」

「OKなんてすると思う?どう考えてもろくなもんじゃないよね。実際、憑代の役目を生きた人間に担わせようって言ってるのと同じことなんだから」

「……!」


 憑代。それが何を意味するのかくらい、千夜にもわかる。ぎょっとして遠田を見ると、彼は困ったように肩を竦めていた。


「神は、明らかに御影さんを呼んでいる。神を産みだした少年と、なんらかの血縁関係があるのか、あるいは魂が生まれ変わった先であるのかたまたま顔がそっくりだったか……まあそんなところだろうなと思っているのですよ。神自ら、この件に貴方が関わることを望んでいたのですから」


 確かに、苺子を発見した時のパソコン――あの掲示板には違和感があったのは確かだ。

 しかしまさか、あれが神そのものの仕掛けた行為だったなんて。それも、自分がこの件について追いかけるように仕向けるためだったなんて。そんなこと、どうして信じられるだろう。

 混乱する千夜に一歩近づく遠田。千夜と遠田の間に立ち、じっと遠田を睨む憐。


「私の力で清めた御神体に封印しても、結局その力が漏れ出すのを防ぐことはできなかった。神の抑圧されたストレス、不満を抑えこむことなどできなかったからです。母を求める幼子を強引に眠らせたとて、夢の中で母を求めてさまようことまで防ぐことができますか?できないでしょう?そして神が御神体の中で起きている間は、愛を求める行為を繰り返すべく供物を求め続けます。今の状態では、それは人間の命以外にあり得ず、何万人死ぬかもわからない状況です。貴方がたも、それを変えたくてここに来たはず」

「だからって、はいそうですかって納得して千夜クンを差し出すとでも思ってる?千夜クンの体に、そのやばい神様を降ろすってことでしょ?どんな悪影響があるかわかったもんじゃない!」

「確かに、影響をゼロにすることは不可能でしょう。なんせ、もはや古来からの神々と同程度の力を持つ存在ですから。しかし、普通の人形を、神の母に見立てるだけでは駄目なのです。母を見つけたと思った瞬間に浄化されるような霊ならば誤魔化すこともできましょうが、この神は母に“継続的に”愛されることを望んでいる。かの母に見立てた存在が、人間としての寿命尽きるまでかの者の“母”を演じ続けることが最も有効なのです」

「千夜クンの心身への負担を度外視しした提案に、OKなんか出せるわけないでしょ!その様子じゃ、千夜クンがどうなるのかあんたにだってわかってないんじゃん!!」


 憐のここまで激怒した声は初めて聴いた。自分のために、彼がここまで怒ってくれている。その気持ちは純粋に嬉しい。だが。


――き、霧生先輩……駄目だ。


 どんどん、遠田の気配が剣呑なものになっていくのを感じる。この男は、本気で世界を救おうとしているのだろう――秋風とは違う方法で、彼なりの正義を通して。だが。

 裏を返せば、そのためにはどんな手段も厭わないタイプだ。そもそも自分達は、何も知らされてなかったとはいえこの山の中にまで車で連れてこられた身である。いくら元気な男子高校生二人とはいえ、果たして麓まで逃げ切れるかどうか。


――そいつ、逆らっちゃいけない。このままじゃきっと……!


「……分かって頂けませんか。何も、千夜クンに生贄として死ねとお願いしているわけではありませんのに」


 ため息をつく遠田。そんな彼に、当然でしょ!と鼻で笑う憐。


「世界の数十億人を助けるために、一人が犠牲になるのは当然だってのがあんたらの考えなんでしょ。そのへんは、結局のところあんたも秋風もおんなじだよ。人の命ってものを、数でしか見てないんだから。俺は、普通の人間だから。世界のために、自分の大事な友達や家族の命を差し出せって言われたら当然拒否るに決まってるでしょ」

「私の提案が気に食わないなら、代案を出して頂けませんか。ただ嫌だ嫌だとごねるだけでは、小さな子供となんら変わりませんよ」

「よりにもよって俺の後輩にそれをさせようつーのが気に食わないって言ってんだけど?人に犠牲を強いるなら、まず真っ先にあんたとあんたの身内が犠牲になれば?」

「それは無理ですねえ。私はその儀式をとり行わなければいけない身ですし、現在の教団の信者は女性と中高年が大半で、年の近い少年がいないのです。確かに私が命じれば、身を捧げてくれる信者はたくさんいるでしょうけど……」

「ふん、やっぱり秋風とやってることは同じじゃん!」

「残念ながら、話は堂々巡りのようですね。これ以上議論に時間をかけても無駄なようだ」

「そうだねえ。で、あんたはどうする気?」


 遠田の空気が変わった。周囲の空気が不自然なほど下がっていくのがわかる。ぎょっとして、一歩後ろに下がる千夜。


「ならば仕方ありません。貴方にも手伝っていただきたかったのですが……少しばかり、大人しくしていていただきましょう」


 右腕を高く掲げ、遠田はぱちりと指を鳴らした。瞬間、彼の周囲に真っ白な人魂のようなものが五つ出現する。

 西洋魔術でもそう呼ぶのかは分からないが、あれが日本で言うところの式神のようなものであることはすぐにわかった。遠田の意のままに動く、使役霊である。


「き、霧生先輩!」


 千夜が叫んだ瞬間、真っ白な人魂のようなものが一気に憐に襲い掛かった。


「は、こんなもの!」


 憐は千夜から距離を取ると、身構えて人魂を迎え撃った。そして、最初の一体をその長い脚で蹴り上げる。

 通常、霊魂に対して人間の物理攻撃は効かない。しかし、憐の場合は話が別だ。彼は本能的に、自分の生命エネルギーを纏って攻撃する術を知っている。元より、幽霊に対しても“視る”より“祓う”才能に長けた人物だ。ただ普通に殴る、蹴るだけでもちょっとした霊くらいなら強制的に除霊することが可能な人間などそうはいないだろう。


『ギニャッ!』


 真っ白な霊魂は、憐に蹴られた瞬間軽い音を立てて弾けとんだ。おお!と遠田が驚きの声を上げる。


「初めて見ました。面白い才能をお持ちのようだ。スペルも魔術武器も札もなしに、魂へ攻撃することができようとは」


 言いながら、さらに次の人魂を消しかける。憐は一体を右ストレートで砕き、もう一体を回し蹴りで吹っ飛ばした。相変わらずダイナミックな除霊だ、と千夜はつい感心してしまう。遠田の式神である、そうそう弱い筈はないのだが。


――でも、これでいいのか?


 本来なら、今の隙に自分は逃げることを試みるべきなのかもしれない。凛からすればそれが望みであるのかもしれないと、わかっていた。でも。


――霧生先輩を置いていけないとか、そういう問題だけじゃない。もし本当に、神様を封印する方法が他にないなら……俺が逃げたら、それって世界を滅ぼすことに繋がるんじゃないのか?本当に、本当に俺はそれでいいのか……!?


 自分でも、答えが出そうにない。それが千夜を躊躇わせていた。だが。

 否応なしに、選択の時は迫る。ズダン!と甲高い音が唐突に響いた。え、と思った瞬間、先ほどまで式神たちを意気揚々と倒していた憐の膝が崩れ落ちる。


「!?」


 今のは、どう見ても銃声。ぎょっとして振り返った千夜は見た。車から降りた遠田の部下が、こちらに銃を構えていることに。彼の存在を完全に失念していた。その銃で、たった今憐を撃ったのだ。


「き、霧生先輩!」

「う、あ……!」


 憐は胸を抑えて苦しんでいる。じわじわと、その体の下に赤い海が広がりつつあった。撃たれた場所が、心臓に近い。危険な怪我であるのは明らかだった。


「ファインプレーだ、河本(こうもと)


 遠田は率直に部下を褒めると、そのまま命じた。


「ギリギリ心臓は外れていると思われます。今すぐ病院に運べば助かりますよ。……河本、そのまま麓の病院まで運んでやれ」

「了解しました」

「あ、あんたっ……!」


 河本という部下もかなり屈強な体格である。最初からこの状況を見越していたのかもしれない。長身の憐の体を軽々と持ち上げた。憐は暴れる気力もなく、ただ射殺さんばかりの眼で遠田を睨んでいる。


「殺す……殺してやる、から!絶対、許さなっ……」

「貴方は強い人です。いつか、成し遂げるかもしれませんねえ」


 千夜はただ。憐が河本に運ばれていくのを黙って見ているかもしれなかった。じわじわと足元から絶望感が広がっていく。


――俺のせいで、先輩が……!


 自分を助けようとしなければ、憐はあんな目に遭わずに済んだ。もしものことがあったらどうしよう、と思うとじわりと涙が滲む。

 だが、既に憐の心配をしていられる状況ではなくなっていた。はっとした時にはもう、目の前には仮面をつけた遠田の顔が迫っていたのだから。


「さあ、これで心置きなく儀式を続けられます。始めましょうか」

「あ」


 ずぶり、と肉を裂く音がした。下腹部に、灼熱。千夜は恐る恐る自分の体を見下ろして、気づく。

 丁度臍の下辺りに、遠田が握る短剣が突き刺さっていることに。


「大丈夫、これで世界は救われる」


 遠田の声を、どこか遠くで聞いていた。

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