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<28・真意。>

「いくつか確認したいんだけどさあ」


 遠田に言われるまま、魔方陣の上に降り立った千夜と憐。遠田が何かを言うよりも前に、憐が口を開いた。相変わらず、丁寧な言葉遣いをする気がないのが彼らしい。


「あんた達は、これから“カミサマ”を安全な場所に封じ込める儀式をやろうとしてるってなわけだよね?その御神体って、秋風って人に奪われちゃったんじゃないの?神様の本体がないのに、一体どうやって儀式をやるつもりなのさ」


 それは、千夜も疑問に思っていたことだった。そもそも今回の件は、元々教団があった土地に眠らせた神様を宿した御神体を埋めて、それを徳永建設に掘り起こされてしまったこと――その上で秋風に奪われてしまったことが発端となって起きている。つまり、現在御神体は秋風が持っているか、あるいは本人しかわからない場所に隠してあると考えるのが自然だ。かつての儀式は御神体を用いて行っていたのだろうし、御神体なくして儀式など可能なのだろうか。


「その心配は及びません」


 遠田は部下に車に戻っているように命じて言った。


「元より、あの神は御神体を一時的な憑代としているにすぎぬのです。実際は、何処へなりとも呼びだして召喚することが可能であり、また憑代が何処へあろうと出現することができる神である……というのは一連の事件が示しているのですが、おわかりかな?」

「どういう……あ」


 千夜は眼を見開いた。そういえば、この神様は祟る相手の元にいちいち訪れるタイプだったと気づいたからだ。だからこそ、別の人間が祟られる場にたまたま居合わせただけの典子が、神様の名前も知らないのに一緒に殺されてしまうなんてことになったわけだが。

 つまり、特定の条件を満たせば、御神体が世界のどこにあろうと関係ないということである。

 神は、自分の名前を知った人間のところに強制的に出現するという性質を持つ。裏を返せば、それを利用して召喚することも可能ということだ。


「我らが神は、名前というものにとても敏感なのです。お二人が疑問に思いませんでしたかな?何故、我らが神が名前を知られたというだけで……相手を恐怖させ、祟らせるのか。かつて、神を産みだした“母”を虐げた村人たちならば報復の理由もあるでしょうが……現在の神は、母の憎悪を受け継いでいるだけで自分の憎悪では動いていない。足を千切って殺し続けるのは、あくまで母に愛されるためにアピールをしているにすぎぬのですから。その条件を、何故“自らの姿を見た者や名前を知った者”と定めたのだと思いますか?」


 言われてみれば、確かに不思議ではある。

 なんとなく思い出したのは、かの有名なSCPの一種だ。背中を見ているだけではまったく問題にならないのに、顔を見てしまうと暫く苦悶した後無条件で相手を殺しにかかるという怪物。顔を見られたことを、写真や映像越しであっても察知し、それこそ地球の裏側にいても駆けつけて殺すというとんでもない怪物なのだが――何故そこまでするのか?ということは未だにはっきりわかっていないという設定ではなかったか。

 ただ、見られた直後の様子からして、“超絶な恥ずかしがり屋”だろうという予測はついている。背中やお尻はいいのに顔だけは駄目らしい。

 だが、今回のカミサマは流石に同じ理由ではないだろう。母親に“自分の名前を知った者を殺しなさい”と命令されていたわけではないだろうに――。


「……限られた人間以外に、名前を知られたり姿を見られたくないってことなのかな」


 やがて口を開いたのは憐である。


「お母さんに愛されるために、殺戮を繰り返してるってんでしょ?つまり、カミサマの行動原理は全て自分を産みだした少年=オカアサンに帰結してるわけだ。これはあくまで仮にもならない推測だけども、お母さんが死ぬ前……つまり胎内にいる時に名前を付けてもらったんだとして。その名前を、お母さん以外に呼ばれたくないっていうのはありそうだよね。姿に関しては、自分が生まれると同時にお母さんは死んじゃってるんだから、お母さんに見てもらってさえいないわけだ。だから、他の人よりも誰よりも先にお母さんに見てもらいたいし、他の人にも見せたくない。だから、“お母さん”と、“自分がお母さんと再会する手助けをしてくれる人”以外には知られたくない見せたくない……ってところ?」

「ブラボー。……私も殆ど同じように推理しました。つまるところ神の全ての目的は、お母さんに会って愛されることに終始しているわけです。裏を返せば、それさえ果たされれば浄化されることでしょう。むしろ、生贄を模したヒトガタで満足させる必要さえない」

「……理屈はわかるけど、簡単じゃないよね?どうするつもり」

「慌てないでください。一つずつご説明致しますので」


 お母さん、は何百年も昔に亡くなっている。その魂が、未だにあの世にあるのかどうかさえわからない。それこそ、あの世にいたところで成仏していたら多少優秀な霊能力者であっても呼び戻すことは不可能なのではないか。――このへんは、霊媒師でもなんでもない千夜には想像するしかないのだけれど。


「かつて、私は辺境の土地から大きな負の波動を感じ、千切村を訪れました。そして、母に命令されるまま村人たちを殺戮してなお、満たされることのない神の魂と出逢ったのです。私は、この日本ではトップクラスの能力を持つ霊能力者であり超能力者という自負がありましたが……それでも悟らざるをえませんでした。この相手は、私のような矮小な人間には大きすぎると。そればかりか、完全に押し返されて私もまた祟り殺される寸前まで行ったのです」


 ゆえに、と彼は続ける。


「神の願いを叶えることを条件に、許されたのでした。つまり、神の代わりに生き物の足=憎悪を晴らす対象を集め続けること。そして、彼が最も愛して欲しい母親を探す手伝いをすること。……わかっていますとも、酷いことをしていたと。なんせ、かの母親はとうにこの世にはおらず、見つけることは不可能だと知っていたからです。私は多くの霊能力と超能力を持ち合わせておりますが、霊媒師ではありませんし、招魂を行うこともできませんのでね」


 つまり、彼は自分に霊を憑りつかせたり、魂を呼びだすことができる能力者ではないということである。千夜としては少し意外だった。霊能力者のトップクラスを名乗るからには、そういうことも問答無用でできるのかとなんとなく思い込んでいたからである。


「母親を見つけられずとも、憎悪を晴らし続ければ時間をかけて少しずつ浄化は進む。その見込みは間違ってはおりませんでした。問題は……これは完全に私の失敗ではありますが、人間の業は私が思っているよりもずっと深かったということなのです。信者達が、神に願いをかければ簡単に叶うという事実に気づいてしまい、祈りの時に皆身勝手な願いを唱えるようになってしまったのです。これに関しては、貴方がたも濱田から聞いたのではないですか?」

「そう、ですね。大体そういう話は伺ってます。信者達がこっそり自分達の願いを叶えて貰ってたせいで、神様に負の感情が溜まり、要求する代価がどんどん重くなってしまった。そして何十年か前のある日、その代価がついに生きた人間にまで及んでしまった、と」

「その通り。そしてあの惨劇が起き、短期的な浄化がほぼ不可能な状態まで神に穢れが溜まってしまった。人間の生贄を捧げるなど、我々からすれば言語道断です。いくら神の要求とはいえ呑むことはできない。ゆえに、多少の生贄を得て少し飽食気味になっていた隙をついて神を眠らせ、あの土地の地中深くに埋めて神を封印したのでした。しかし、このやり方にも問題があったことは、後の状況を見れば明らかでしょうな」

「はい……それは、わかります」


 封印状態であっても、その土地に住んでいる人達にある程度の悪影響は出ていた――敏感な人間は発狂してゴミ屋敷を作って死んでしまっていたほどに。恐らくその悪影響は、長期に渡れば渡るほど範囲を広げ、より深刻なものになっていただろうということは想像に難くない。御神体に封印して地面に埋める、はけして根本的な解決にはなっていなかったということだ。

 それを、徳永建設がうっかり掘り起こして、祭祀でもなんでもない人間が御神体を見てしまったことで祟りが降りかかることになってしまった。そして、徳永建設が掘り起こしてしまった御神体を、どこかの隙を見て秋風が回収したというわけである。


「秋風って人は、その御神体が満足するまで生贄を捧げて、それでいったん落ち着かせようってハラなわけだよね?その方法を続ければ、少なくともまた軽い供物で神様が満足するくらいまで戻ってくれる、と」


 ただし、と憐が苦い顔で言う。


「そこで必要なニンゲンの生贄が、どれだけの数になるかはまったく予想がつかないし、それを許容するってことは秋風がやってる“ネットに神様の名前をバラまいて祟らせる”行為を見逃すってことになるわけだけど。で、それが見逃せないから、あんたらはなんとかしようとしてるわけで」

「仰る通り。……ゆえに、私達は別の解決策を取ることにしました。生贄ではなく、別の方法で神を鎮めることです」

「別の方法ってことは、お母さんに会わせるってこと?でもそれが出来ないから、回りくどく生贄を捧げ続けてきたんじゃないの?」


 ひょっとしたら、憐は既にその方法に心当たりがあったのかもしれない。なんとなく、さっきから遠田に対する言い方がきついような気がしていた。まあ、千夜が知る限り、憐の喋り方がつっけんどんなのは今に始まったことではないのだが――。


「その方法を見つけたのです」


 ざわり、と。少しだけ木々が妙な音で鳴いたような気がした。なんとなくわかった。仮面の下で今、遠田が笑みを浮かべたであろうことが。


「そもそも、御影千夜さん。一つ、おかしいとは思っていませんでしたか?何故、貴方は“知ってはいけない言葉”と岡崎苺子さんの死が関係していると知ることができたのでしょう?……岡崎さんの部屋のパソコンが、“たまたま”ついていて情報を確認できたからではありませんか?」

「え」


 何であんたがそれを知ってるんだ、と思った。それも、彼の超能力で知ったというものなのだろうか。

 いや、今はそんなことよりも。


「掲示板で知ったのは確かですけど、それが何、か……」


 ここで。ようやく千夜は、どこかで引っかかっていた違和感の正体を知ることになる。




138:百物語をしたいななしさん@真夏のこっくりさん

>>137

ひとのことばでせつめいなんかできない

あれは


139:百物語をしたいななしさん@真夏のこっくりさん

きたきたきたき


140:百物語をしたいななしさん@真夏のこっくりさん

ゆびがかってに


141:百物語をしたいななしさん@真夏のこっくりさん

あしつかまれたたすけていたいとれちゃう




――あの時の、苺子さんの書き込み。まるで、パソコンを打ってる最中に浚われたみたいな文章だった。でも。


 実際、彼女が死んでいたのは内側からしっかりガムテープで封印された押入れの中であったはずだ。そして、パソコンは押入れの外にあったのである。

 あの文章を打った後で、押し入れに入ってガムテープで封印を施した?――そんな馬鹿な話があるわけがない。どうして気づかなかったのだろう。

 あの文章は、苺子本人が打ったものではない。とすると、苺子の考えたことを読み取って彼女のフリをして掲示板に流し込んだ者がいたか――あるいは苺子のフリをして打った者がいたということになる。

 秋風にそんなことをする動機はない。とすれば。


「やっとお気づきになられましたか」


 血の気を引かせる千夜に、遠田は言った。


「貴方は、最初から神に選ばれ、呼ばれていたのです。貴方が自分の元に辿りつくように、全て仕組まれていたこと。そう、これが偶然であろうはずがない」


 そして、千夜の手を握って、とんでもないことを告げたのである。


「御影千夜さん。貴方には、神を収める新たな器となって頂きます」

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