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<23・無力。>

 何かが進展しているようでいて、結局何も進んでいないような気がしている。千夜は憂鬱とした気分のまま、教団の建物を後にすることになったのだった。

 宗教団体と聞いていたのでやや警戒していたのだが(正直、昨今の日本人にありがちな“新興宗教への警戒心”というものはどうしても千夜にもあったのである)、受付のお姉さんの対応も親切であったし、通り過ぎる信者の人達はみんな笑顔で会釈をしてくれた。もちろんそれは、幹部のお客様ということで丁寧に対応されただけなのかもしれないが――それでも、自分の中の偏見を少々改めるには充分だったのである。

 魔術師という呼び方からして一番不信感があった濱田本人も、話してみればなんてことはない普通の中年男性だった。少々憔悴しきってはいたものの、自分達みたいな年下の高校生を無下にするということもない。藁にもすがる気持ちだったというのもあるだろうが、それ以上に一人の人間として尊重してくれたという印象を受けた。わざわざ、自分の名刺に加えて教祖の連絡先まで渡してくれたほどに。

 もちろん、自分達に辿りついた時点で、千夜たちの能力に一定の信頼があったというのもあるかもしれないけれど。


「……結局、俺達ができることは何もないんですかね」


 千夜はため息交じりに言った。今日は比較的温かいとはいえ、それでもコートなしで外を歩けるというほどではない。駅へ続く道をてくてくと歩きながら、早く春になってほしいと切に願った。基本的に、冬は嫌いだ。ウィンターカップやクリスマス、正月などのイベント面は好きだけれども。


「教祖様?の連絡が来るまで殆ど何もできないなんて。……確かに、ヒトガタを作るだの、新しい御神体を見繕うだの、そういうのって俺達みたいな訓練もしてない素人にできることじゃないんだろうけどさ」

「そうだね。でも、その方が良いよ。セカイを救うヒーローなんてそうそうなるもんじゃない。そんなのに耐えられる人間なんか一握りなんだから」

「そりゃ、そうかもしれませんけど」

「千夜クンは雛子さんのためにもできることをしたかったんだろうけどさ、自分にできる精一杯をして教団まで辿りついたんだから、それで充分だって」

「そうかなあ……」


 慰めるように、憐がぽんぽんと頭を撫でてくれる。子ども扱いしないでくださいよ、と今は思わなかった。実際、自分は無力な子供であるのは事実なのだから。


「こうしている間にも、秋風って人がどんどん“知ってはいけない言葉”をネットか、あるいはそれ以外の場所に振り撒いてるかもしれないでしょ。それも、神様を鎮めるために必要なことなのかもしれないけど。……そうやって割り切れるのは、結局自分自身や身内に被害が及ばなかった人間だと思いません?」


 渋い顔で、千夜は憐を振り向く。


「確かに、先輩の言う通りです。誰か一人の命で、世界が救われるとなった時。その、たった一人になれる人間なんてそうそういないと思うんです。自分の命なんかどうでもいいと思ってる人間の多くは、世界のことだってどうでもいいから……己の命を、世界のために使おうとは思わないでしょ?」

「ま、そうだねえ」

「で、世界に滅んでほしくない人は、大抵自分なり他人なりと大切なものがあって、それを失いたくなんかないわけです。だから、心のどこかで願ってる。自分でもなく自分の好きな人でもない誰かが手を挙げて、ひっそりと世界を救ってはくれないかなって。自分が何もしなくても、なんのリスクも負わなくても世界が救われてくれないからって」


 俺、と千夜は続けた。


「そういうの、すごく嫌です。……自分や自分の大切な人が死にそうになったら泣いて抵抗するのに、見ず知らずの他人なら何人死んでもどうでもいい、なんて考え方。罪悪感もなくそんな風に思うようになっちゃったら……ニンゲンとして、大切なものを失ってる気がする」


 そうだ、と気が付いた。秋風は、神様を鎮めるために彼なりの最善策を取ろうとしているのかもしれない。それでも、彼がやっていることがどうしても肯定できないのは――単に、実際に親戚のお姉さんが死ぬところを見てしまったからというだけではないのだ。そして、何万人も死ぬかもしれない、という数字だけの問題でもない。

 結局のところ、秋風も祭祀になることによって、自らが“世界を救うための生贄”になる任を逃れているのである。自分は神様の御神体を見ても、名前を聞いても平気。その呪いを、見ず知らずの赤の他人に押しつけて、安全圏から高みの見物を決め込んでいるようなもの。

 それはさながら、電車の座席の話にも似ている。座席が全部埋まっている中、今にも倒れそうな老人が乗り込んできた時。世の中にはいるのだ――他人に善意を強制する、という一番最悪のタイプの人が。

 自分が席を譲るという人は親切だろう。席を譲りたくないので見て見ぬフリをする人がいるのも、まあ、わからないことではない(ましてや一見して若い人でも、内部に障害のある人や体調が悪い人もいるし、疲れ果てている人もいる。そう言う人に譲れというのは酷だ)。最低なのは、自分も座っているくせに他の人に「可哀想だからおじいさんに席を譲ってあげなさいよ」と言ってくる人だ。そう思うなら何故自分で譲らないんだ!というものである。それでいて、他人に席を譲らせておきながら自分は「おじいさんのために席を作ってあげた優しい人」ヅラをするのである。

 そう、秋風がやっているのはそういう行為を想起させて、生理的な嫌悪がハンパないのだ。確かに、祭祀の役割ができる人間はそう多くはないかもしれない。でもそれならそれで、他人にその役目を委ねた上で自分が真っ先に犠牲になることを選ぶこともできたのではないか。


「人に犠牲を強制しておいて、自分は安全圏で……世界を守る救世主の顔をする。そう言う人を、野放しにしておきたくないんです。だからできれば俺の手で……一発ブン殴るくらいのことはしてやりたかったのに!」


 千夜が鼻息荒く言うと。憐は何を思ったか、ちょっとストップ、と千夜の肩を掴んで止めたのだった。


「ちょっと待ってて、千夜クン。歩きスマホしちゃだめだからさー」

「んあ?」

「いいから。ちょっと道路のはしっこ寄ってー」

「?」


 言われるがまま、千夜は憐と共にコインパーキングの脇に身を寄せる。なんとなく、憐の機嫌が良いような気がするのは気のせいだろうか。彼はスマホでの上で指を滑らせ、何かを検索している様子だった。


「あ、ラッキー。駅の反対側まで歩くけど、スポーツジムあるよ。屋内体育館みたいなのも併設されてて、ボールとかシューズとか借りられるってさ」

「へ?」

「バスケして帰ろ。今日一日できなかったから、千夜クンも欲求不満でしょ。ワンオンワン付き合ってあげるからさー」


 ね、と。彼はニコニコしながら言った。


「千夜クンが良い子だから、俺からご褒美。どお?」


 なんじゃそりゃ、と千夜はついつい笑ってしまった。確かに、少し苛々が溜まっていたのは事実だ。何か思いきり発散してから家に帰りたい、という気分であったのも。学校を休んだ手前、今から部活だけ出るというのも何だな考えていたのは、どうやら憐にもわかっていたことであったらしい。

 しかし、結局ご褒美がバスケとは。部活をやっているのと同じではないか。どれほどバスケ馬鹿だと認識されているのか。


「ついでにそこらへんで安いアイスも奢ってあげちゃう。霧生先輩の大サービス」

「冬ですが!?食べますけど!!」

「食べるんじゃん」

「アイス好きなんで!でも安いのじゃなくて、ハーゲンダッツがいいです。ストロベリーを所望します」

「ハーゲンダッツは高いからやだ!」

「ケチ!」


 少しだけ、沈んだ気分が浮上した。明らかに気を使われたのだとわかっている。いつもマイペースで楽天的であるようでいて、なんだかんだ此の人は周囲をよく見ているのだ。千夜が無力さに打ちひしがれる一歩手前、だったのにすぐ気が付いてくれたのだから。

 千夜と憐が一緒にコンビを組んで、この手の事件に関わることは既に何度もあったが。それでうまくいったのは、お互いに霊感があったからというだけでないことは千夜自身がよくわかっているのである。

 ようは、此の人が優しくて、千夜が此の人のことを好きでいるからだ。そんなこと言ったら絶対彼は調子に乗るし、自分もこっぱずかしいので言えないけれど。


「そうそう、千夜クンはそんな調子で生意気してればいいんだよ。俺も安心してイジれるし」


 うりうり、と千夜のこめかみをぐりぐりしながら言う憐。


「確かに、俺達にできることなんて少ないよ。こんだけ調べても、結局最終的な結論が『プロの霊能者にお任せするしかない』『犯人と直接対決もできないかもしれない』じゃ納得いかないってのもわかる。俺だって、もやもやする気持ちがないわけじゃないんだから」


 でもさ、と憐は続ける。


「セカイには、自分にできることさえしようとしない人が山ほどいるんだよ。それこそ、たった一人が死ねば世界が救われる……なんてなった時に。そういう答えを出すところまで調査をした人とか、そうすれば世界が救われる状況まで持っていったって人がたくさんいるってなわけ。その脅威が異星人なのか、はたまた天災なのかゴジラなのかは知らないけどさ。……そういう人達のことを、理不尽だと大衆は責めるけど。でも、文句ばっかり言う大衆は、“そういうお膳立てもしなかった、やれる努力をなんもしなかった”人ばっかりなんだよ」

「……確かに」

「でしょ?非難されるのって大抵、矢面に立ってなんらかの努力をした人達なわけ。……俺と千夜クンは、確かに無力だったかもしれないけど。でも、何もしなかったわけじゃないでしょ。自分達にできる精一杯をやった上で、あとはそれが出来る人に任せるしかないねってなったわけ。それは、文句ばっかり喚いてる有象無象の野次馬とは全然違う……そうでしょ?」

「……はい」

「ね。だから……それで充分なんだよ。充分だって、思うことも大事なんだから」


 いつもよりも優しい声色に、じわりと涙が滲みそうになる。そもそも、憐は本来なら今回の件に関わる必要がなかった人物だ。自分が相談したことで巻き込んでしまったのだから。本来ならば、こんな面倒な事件なんてごめんだとつっぱねられてもおかしくなかったはずなのである。

 それなのに彼は逃げずに、ここまで自分に付き合ってくれた。感謝しなければいけない――心から。


「……ありがとうございます、霧生先輩」


 よし、と拳を握りしめた。そして。


「じゃあ、バスケやりますか!今日こそ先輩のディフェンス突破してみせますよ!」

「やってみなよ、返り討ちだからー!」


 今日と同じ、明日が来る保証はない。オカルトだのなんだの、そういうこととは無関係にそう思う。

 だからこそ、今自分ができる精一杯をすることが大切なのだ。日々を楽しむ、努力も含めて。

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