<22・方法。>
「そん、な……」
千夜は、言葉を失う他なかった。
宗教法人・浄罪の箱。その上層部の人間に会いたいと面会を申し入れてみたところ、あっさりと中に通して貰えた千夜と憐。その理由は、実際に幹部の一人である濱田寛助の話を聞いて理解できた。――既に、事件は浄罪の箱の手を離れてしまっている。魔術師の一人であったはずの濱田の力を持ってしてでも、どうしようもないところまで事態は進行しつつある。となれば、藁にもすがりたい気持ちになるのは当然と言えば当然だろう。たとえ相手が、ちょっと霊能力がある程度の一般人の高校生たちであったとしてもだ。
「……なるほど。それで、大体筋が通ったかも」
憐が頷きながら言った。声と口調は落ち着いているが、その表情は険しい。
「神様や怪物本体が、ネットにあんな書き込みするってのはちょっと考えづらかったからさ。生きた人間が手引きしてんだろうなと思ってはいたけど……それにしてはやり方が中途半端だなとは感じてたんだよ。積極的に被害を増やしたいなら、神様の名前を書いたリンクを即座に削除する必要なんかないじゃん?なんていうか、一定の人数にだけ見せたらあとは削除して、被害のレベルを調整してるって印象はあったんだよね。どうしてかなと思ったら、そういうことか」
「……神様のお告げに従って動いてた、ってことですかね」
「多分だけどね。例えば神様に“三人の足が欲しい”って言われたら、三人くらい画像を見たなと判断したところでリンクを削除するってことしてたんじゃないかな。本人は生贄を捧げるのを“神様を救うために仕方なく”やってるって認識なんだろうから、無駄に被害を増やす気はないってことだと思う。それでも充分すぎるほど迷惑ではあるんだけど」
まったくもってその通りである。
ただ、今のこの話を聞いていると、闇雲に秋風という男を止めていいのかも怪しくなってくる。現在、神様の手綱は秋風が完全に握っているような状態だろう。もし、生贄を神様がどんどん要求しているような状況ならば。秋風を斃してその供給が止まった場合、神様が怒ってさらに大きな祟りを成す可能性も否定できないのではないか。
元より、その力を完全に封じ込めるということができなかったからこそ、御神体を埋めた土地にはじわじわ呪いが漏れ出ていたわけで。最終的に、掘り起こされて大惨事を招いたわけであるのだから。
「その、濱田さん……」
とりあえず、自分達だけでは知識が足らない。この様子だと、濱田も過去の自分達のやり方を悔いて、今の現状をどうにかしたいと思っているのは間違いないようだ。協力体制を築くことはできないものだろうか。
否、その気がないなら濱田も自分達を招いてはいないだろう。
「お尋ねしたいんですけど。……えっと、濱田さんたちのリーダーである、遠田寿さんという方は今どうなさっているのですか?」
「我らが教主様も、秋風を止めたいと考えておられる。今はその方法を探して、少々遠方に出ているところだ。いずれお帰り下さるとは思うが……」
千夜の言葉に、濱田は苦い表情で言った。
「この状況は、それこそ秋風を殺したところで解決するものではない。下手をしたら、秋風を殺すことで枷が解かれ、神がますます暴走する可能性も考えられよう。……今までの経験から言わせて貰うなら、神が要求する生贄は願いと等価交換である可能性が高い。今まで教団が叶えて貰ってきた願いのツケの分の生贄をさしだし、かつその間神に余計な願い事をしなければいずれ清算は終わる。やり方にはまったく賛同はできないが、秋風という男が欲深さのない純粋な人間であることは間違いない。奴の手元にある限り、確実に清算は進むだろうが……」
「問題は、その清算が終わるまでに何人死ぬのか見当もつかないってことだね?」
「その通りだ。さすがに、それを看過することはできない。要求される生贄は、それこそ何万人という単位かもしれないのだからな。神を目覚めさせてしまった者の一人として、我々にはそれをどうにかする責務があると考える。ただ……どうしてもいくつかの問題が解決できずに、頭を悩ませているところなのだ。正確には、教主様の判断待ちとなっている」
「そっか……」
いくつかの問題。言うまでもなくそれは、“いかに被害を出さずに神を満足させるか”にあるだろう。
再び神を眠らせる方法として、秋風がやっている儀式は間違ってはいないのだ。神が要求する生贄を全て捧げ、その間余計な願いをしなければ支払はいずれ終わる。そうすれば神は大人しくなり、再び蟲や動物程度の供物で儀式と信仰を続ければ安定するようになるだろう。
だが、それまでにどれほどの犠牲が出るのかがまったくわからない。万歩譲って仮にその犠牲を許容できたとしても、神を収めた御神体を見るだけで殆どの人間が祟りを受ける状況が変わらないのは間違いない。それこそ、秋風が本当に自らの欲の一切ない、神に願い事をしない完璧な司祭だったとしても。彼も人間である以上いずれ寿命は来るし、不慮の事故だって起こりうる。そうなった時、次は誰が司祭をやるのかという問題はいつまでもついて回るのだ。
それこそ、何でも叶えてくれるとわかっている本物の神を前にして、秋風のように自らの欲を願わないでいられる人間はそう多いものではない。むしろ、殆どの人間にとっては不可能に近い。願いを言葉に出さず、儀式の場で思うだけでもアウトというのだから尚更だ。
それならば、眠らせたあとで再びどこかの土地に封印すればいいのではと思うかもしれない。ただ、その場合はその土地を半永久的に“忌み地”として管理できる人材が必要不可欠となる。その土地が一般に売り出されてしまい、地面が掘り起こされてしまったせいで御神体が発掘されて祟りが振り撒かれたのだから。
否、掘り起こされなくても、その上に住む人間達にはある程度悪影響が出る事がわかっている。全員が祟られて殺されるわけではなくても、ゴミ屋敷を作ってしまったおじいさんのようにチャンネルが合う人間が住んでしまえば、住むだけで人を廃人にしてしまうことも充分あり得るだろう。
それらの問題を、全て解決する方法が見つからない。それは、千夜にとっても同じことだった。
「完全に除霊できればオールオッケイなんだろうけど。それは、あんた達であっても不可能なんだよね?」
憐がストレートに言う。元々その神様を信仰していた団体に対してなんともいい度胸である。
「残念ながら、ほぼ不可能と言っていいな」
が、濱田はあまり気にしていないようだった。青ざめた顔で、首を横に振る。
「そもそも、教主様は元々は我らが神を浄化するつもりで村を訪れて、それができなかったから封印して連れ帰ってきたのだ。それほどまでに、あの神が持っていた人間への恨みは深すぎた。自分の愛する“母親”と“同胞”を苦しめた者達を殺してなお、その憎悪が止まらないほどに」
「ああ、そう言ってたっけ」
「時間をかけて浄化するための方法が、儀式によって軽い供物を捧げ続けることであったのだ。それも、個人ではなく教団として組織で行うことにより、半永久的に祀りを続けていけるだろうという算段だった。神が、供物と引き換えに願いを叶える力を持っていると、その時は教主様も思っていなかったのだろうな。もっと言えば、信者達の欲望というものを教主様が見誤っていたというのもあるのだろうが……」
つまり、と彼は続ける。
「国内でも指折りの霊能力者である遠田様をもってしてでも、緩やかに浄化させていく方法しか取ることができなかったのだ。……少なくとも、人間という供物を要求するほどまでの状態に悪化してしまった神様を、今すぐ浄化できる人間の魔術師などこの国にはいないだろう。やはり、一度大量の供物を与えて満足させ、眠らせて封印するしかない」
濱田自身、自分でも言っていることが矛盾しているのはわかっているはずだ。供物を捧げる=大量の犠牲者が出るこの状況を良しとしないからこそ悩み苦しんでいるはずなのだから。
「……供物を与える、か」
しかし、どうやら憐の方はその方法に一応心当たりがあったらしい。
「ひょっとして、ヒトガタ使って代用する方法って使える?陰陽術の部類に入るから、あんたらの専門外かもしれないけど」
「ヒトガタ?」
「千夜クン、俺たまーに使う方法なんだけど知らない?って言っても、俺が作れるヒトガタって数もレベルも大したことないんだけどさ。独学みたいなもんだし」
憐が呆れたように言う。そういえば、何度か彼と一緒に悪霊祓いをするにあたり、人形を用いるやり方をしていたのを見かけたことがあった気がする。人形を人間に見立てて囮にしたり、身代わりにしたりするのだ。本人は“正式なやり方無視してるし、多分まったく同じ方法は俺にしかできないだろうけどねー”とかなんとか言っていたが。
「人間の生贄を捧げられないなら、人間に見せかけた人型の足で代用できないかって話。ただ、これができるならなんで最初からやんないの?ってのは疑問ではあるんだけどね」
どうなの、と憐が尋ねると。濱田は“君の言う通りだ”と頷いた。
「理論上は、ヒトガタでの代用ができるだろう。本物の人間の足を捧げずとも、ヒトガタの足で済むというのならば犠牲を払わなくて済むからな。しかし、君が言う通りその方法を使えなかった理由はもちろんある。一つは、神を騙しきれるほどのヒトガタを作れる術士が極めて少ないこと。そして……仮に神を満足させたところで、御神体に封印して眠らせたのでは恐らくまた時間をかけて祟りがぶり返すことがわかっていること」
「埋める場所の問題があるんだよね?」
「ああ。ただ、負の感情が強い場所……人が多く死ぬような、樹海のような場所に埋めることはできない。そして、掘り起こされなくてもその土地を使った人間に悪影響が出るのは避けられないし、恐らくその影響範囲は時間をかけてじわじわ広がるだろう。とすると、できれば御神体ではない……もっと魔術的耐性の強い器を用意して封じ込める必要がある。だが、どのような素材を使えば封じ込められるのかが現状まったく見当がついていない……」
はあ、と。彼は深くため息をついた。そして、自分の名刺を取り出して、その裏に何やら番号を書き、千夜に渡したのである。
「遠田様ならば、神を騙せるヒトガタを作ることも可能かもしれない。器に関しては、まさに今探されている最中であるはずだ。……場合によっては、君達に協力を要請する。我々も、秋風と神を止めたい気持ちは同じだからな。……裏に書いたのは、教主様の携帯電話番号だ。何かあったらそちらから連絡が行くし、なんなら君達からかけてくれてもいい」
そして彼は、深々と頭を下げたのだった。
「一般人に迷惑をかけてすまない。……どうか、よろしく頼む」




