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<17・教団。>

「あらあらあらあら!ハンサムねお二人とも~」


 閑静な住宅街なので人がいるかどうかなと思っていたら。近所のマンションの前で、犬の散歩がてら井戸端会議をしているおばちゃん×3に遭遇した。高校の制服を着て行ったことが功を奏したのかもしれない。すみませんー、と千夜が声をかけると、おばちゃんトリオは顔を輝かせて話をしてくれた。

 ちなみに、彼女らの足元で小型犬三匹が完全にスイッチを切っている。茶色のトイプードルは伏せた状態でうとうとしているし、チワワはその場で立ったままぼーっとしている。茶色のコーギーに至ってはその場にお腹を出してひっくり返っていた。少々大物すぎやしないだろうか。


「まあまあ、背が大きいのね!そっちの貴方、何センチあるの?何かスポーツやってる?」

「俺?198cmだよー、もっと伸びるかも!バスケットボールやってると、大きいって武器になっていいよねえ」

「まあ、バスケ部なのね!結構シュッとしたブレザー着てるけど、どこ高校?」

「おばちゃん達知らないかも?檜砂羽(ひのきさわ)高校なんだけどー」

「知ってるわ!かなり頭いいところよね、うわあ、うちのバカ息子にも爪の垢煎じて飲ませたいわよー」

「あ、はは……」


 こういう時、マジで憐が一緒にいてくれて良かったと思う千夜である。同年代の女の子ならまだ千夜も扱えるのだが、大きく年上の女性となるとどうしても苦手なのだった。なんというか、圧力に負けておろおろしてしまうのである。その点、ぼんやりしているようでいて空気が読めて、おばちゃん達の話を上手に誘導するのが得意な憐が一緒だとめちゃくちゃ楽になるのだった。

 霊絡みの事件を解決する時は、知り合いなどからの聞き込みが必要不可欠になるケースも多い。憐のこの能力は社会人に行ってからも役立つだろうな、としみじみ思っている。敬語で喋らないのに、それがちっともイヤミに聞こえないというのも凄い話だ。


「俺達さ、学校の課題で土地や宗教について調べてんのね」


 おばちゃん達と話す時の鉄則は、彼女らの無関係な話にある程度付き合った方が良いということ。しばらく学校やバスケについて彼女らに問われるがまま答えていた憐は、折を見て本題を切り出した。


「で、新興宗教とかについても知りたくて。この場所に昔、宗教団体の施設が建ってたらしいんだけど、知らないかなあ?かなり前のことだから、おばちゃん達も見たことないかもしれないんだけど……」

「宗教団体の施設?」

「うん。浄罪の箱っていうんだってー。なんか、ある日突然お引越ししちゃったみたいなんだけど」


 ちなみに、おばちゃんズの年齢は多分四十代から六十代といった様子。浄罪の箱、が移転したのは何十年も前のことであるようなので、知っているかどうかはギリギリなところである。

 が、その中の一人、恰幅が良いおばちゃんが「知ってるわ」と声を上げた。


「あたし、子供の頃超おてんば娘でね!男の子たちと一緒に悪戯ばっかりしてて……ここにあった施設にもこっそり忍び込んで遊んだりしてたから!」

「そりゃすごいね」

「近隣の家の庭とマンションとアパートにはひとしきり侵入して鬼ごっこした記憶があるわよ。管理人さんに見つかって怒鳴られるまで遊んでたっけ。……と、浄罪の箱、のことよね?特によく覚えてるわ。だって、すごくおどろおどろしい変な建物だったんだもの」


 えっとね、と彼女は思い出すように視線を斜め上に投げる。


「全体的に、黒いお屋敷みたいなのでね。……ほら、ここの近所って広い家も多いでしょう?昔はもっと、日本家屋ぽいのも残ってるくらいだったのに……随分西洋かぶれのお屋敷があるなと思ったのよ。それも、屋根も壁も全部黒いの。四つ煙突があって、極めつけは屋根の真ん中に変なおばけみたいなオブジェがくっついてたことかしらね」


 オブジェ。

 千夜は慌てて、バッグの中からファイルを取り出した。浄罪の箱、の建物の外観については資料が残っていたので、印刷してきたのである。

 全身真っ黒の洋館。四つの煙突。窓はみんな嵌め殺しになっていて、まるで監獄のようだという印象を受けたものである。

 そして、彼女が言うオブジェとはこれだろう。――丸い茶色の壷のようなものに、顔がくっついていて、背中からは指が生えている。その顔は、左目を細めるようにして歪み、なによりその下にずらずらと並んだ人間の歯茎がむき出しになっている――という。一見して、バケモノとしか思えないようなそれ。


「そうそう、こんなのよ!よく資料残ってたわね」


 千夜が写真を見せると、おばちゃんは楽しそうに頷いた。


「あの屋根の上の化け物が、夜な夜な屋敷の屋根から降りて子供を襲いに来るんじゃないかーなんて噂もあったものよ」

「あー、それ私も聞いたことがあるわ。ってそんなお屋敷に忍び込むなんて、チエさんもやるわね!」

「地元で有名なワルガキ五人組の一人だったもの、ふふーん!……しかも中で行われていたのが、なんとも魔女の儀式みたいなものだったんだから余計興味持っちゃうじゃない?まあ、あたしが無闇に調べなくても、駅前で普通にビラ配りしてたから教義を知るのは簡単だったんだけどねえ」


 おばちゃんによると。

 浄罪の箱は、この世界に破滅を齎す怪物を封印した、凄まじい霊能者が作った宗教団体だという設定であったという。その霊能者が「怪物を神格として崇めて正しく封印を施すことでセカイを共に守りましょう、そして神様の恩恵でみんなで幸せになりましょう!」みたいなことを言って組織を運営していたというのだ。

 組織の中には、リーダー以外にも数名有名な霊能者がいたらしく、その人たちが幹部としてチラシの中で紹介されていたという。残念ながら、当時子供だった彼女もその顔や名前を憶えているわけではないようだったが。


「何でも、とある村で産まれた怪物を封印した像?か何かを御神体として崇めてたみたい。ただ、その御神体を見ると祟りを受けてしまうこともある……というくらい強い力を持つものだったみたいでね?だから、リーダーと幹部の人以外は御神体本体を見ることはできなくて、そのレプリカを偶像として崇めていたみたいよ。そのレプリカっていうのが、屋根にくっついているこれそっくりな姿だったみたいね」


 ということは、と千夜は憐と顔を見合わせる。

 掘り起こされた偶像とやらも、この壷のようなハニワのような?怪物と同じ姿をしていた可能性が高いのだろう。呪いを振り撒いているあたり、掘り起こされてしまったそれがレプリカではなく、御神体そのものであったのはほぼ間違いなさそうだ。


「御神体を直接見ることもできない宗教なんて、珍しいねえ」


 憐がのんびりした口調で感想を漏らした。


「何で見るだけで呪われちゃうのかな?俺個人の考えなんだけど、霊能力みたいなのって個人差がありそうじゃん?霊能力が高い人、っていうのが信者の中にいてもおかしくないと思うんだけど」

「えっと、なんて言ってたかしらね?たしか……そう、“魔術師”だけは、呪いをある程度防ぐことのできる防御壁を張る力があるから、御神体を直接見ても大丈夫とかなんとか、そんなことを言ってた気がするわ」

「なるほどねえ」


 魔術師。千夜の脳裏に過ったのは、典子の言葉である。




『書きこんだのは、クトゥルフ的に言うのであれば“狂信者”か“魔術師”ってところね。正気度が残っているかどうかは不明』




 彼女がどこまで見抜いていてそう言ったのかはわからないが、どうやら大よそ正しかったということらしい。しかも洋館を建てていた、魔女的儀式だったというのなら、その宗教は日本古来の者よりも西洋魔術をベースとしたものであったと考えた方が良さそうだ。

 呪いを受けない者達というのは、防御魔術を使える人間であったからか。あるいは――神様を鎮めるための儀式を行える“祭祀”であったからかは定かでないが。


「怪物を封印して、神様と崇めて、世界を守ると同時に願いを叶えて貰うって。なんていうか、設定盛りすぎですね」


 思わず千夜が感想を漏らすと、おばちゃんは「そうよねえ!」と笑い声を上げた。


「案外、設定もりもりにしすぎて神様に怒られちゃったのかもしれないわね!大量食中毒事件なんて、そうそう起こるもんじゃないでしょうに」

「それが起きたから、この場所からお引越ししたんですっけ?」

「そーよー。でも、あれは本当に食中毒だったのか、ってあたしは今でも思ってるんだけどね。確かに、ここにあった浄罪の箱の建物には、何人もの信者の人達やリーダーや幹部が寝泊まりしてたし、みんなで食事をすることなんか珍しくなかったんでしょうけど……」


 彼女はどこか懐かしそうに、旧徳永邸がある方角に視線を投げた。


「あたしはしょっちゅう、あの敷地に忍び込んで遊んでたから知ってるの。あれ、きっと食中毒なんてもんじゃなかったわ。だって教団で騒ぎが起きる前に、建物の中で信者の人達が大騒ぎしてるのを聞いたんだもの。事件が起きる日の夕方くらいだったかしらね。外まで聞こえるくらいの大声で幹部の人が喚いてたのよ……『足がたらない』って」

「足が……たらない?」

「何のこっちゃわからないけどね。このままでは儀式が失敗するとか、やっぱり無理だったんだとか、まあそんなことをワーワーと。何か怖くなって、その日はすぐにあたしも友達も敷地から逃げてきたんだけど……もうその日の夜のことよ、食中毒事件が起きたのは。しかも、その時の事件って結構妙だったから、近隣でも噂が広まってね」


 なんと、と彼女は声を潜めた。


「食中毒で人がばったばったと倒れたところで、鍋が爆発して大変なことになっちゃって。バラバラになったり、燃えて死んだ人がいっぱいいたみたいなの。幹部の人でさえ、何人か死んだそうよ。しかもその事件、近隣では大騒ぎになったのに……新聞には小さく記事が載っただけ。全然大きく報道されなかったの。不思議よねー」


 それって、と千夜は思わず憐と顔を見合わせた。実際は足がなくなって死んだ人がたくさんいたのを――事故に見せかけて隠蔽した、ということではないだろうか?もしくは、本当に爆発が起きたのかもしれないが。


――バラバラになった人がたくさん出たなら、何人か足がなくなっていてもわからなかったかもな。当時の科学捜査の技術じゃ余計に……。


 教団は、怪物を抑えこむのに失敗した。そう考えるのが自然だろう。


「まあ、流石に建物もボロボロになっちゃったしね。教団は本拠地を引っ越すことにしたみたい」


 おばちゃんの足元で、トイプードルがふわーと大きくあくびをした。その背中を撫でながら、彼女は続ける。


「そのあとは普通の個人とかに土地が売られていったみたいだけど……地元の人はずっと噂してたわよ。あそこには、教団が残していったやばいものが残っているかもしれない、ってね」

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