<16・推理。>
流石にあんな事件があっては、工事も中断するしかないようだった。というか、徳永建設の社員の殆どがいなくなってしまい会社として回せる状態でなくなってしまった以上、どこかに業務を引き継ぐこともできないまま放置されていると言った方が正しいのだろうが。
朝イチで憐と向かった旧徳永邸は、既に建物は取り壊されており地面があちこち穴ぼこだらけになっている状態だった。いくつもの重機や資材が放置されてそのままになっている。――まさか彼等も、会社の人間の殆どが死んで、仕事どころでなくなるなんて未来は思ってもみなかったことだろう。
「火事とかで会社が焼けちゃったり重役がいなくなっちゃったりした場合って、会社ってどうなるもんなんすかね」
「俺に訊かないでよー、そんなのわかるわけないし。保険が降りたりとかするのかもしれないけど、そもそも会社の経営についてわかってる人間が今回生き残ってないパターンだろうしさー」
「あーやっぱり」
赤茶けた土がむき出しになっている土地。ロープでくくられた向こう側をそろそろと覗き込んで、千夜はため息をついた。
徳永建設での火事は去年のことだったと言っていたのではなかったか。しかし重機がほったらかしになっているのを見ると、その後もまともに対応できていないのは明らかである。ほったらかしになったらクレーンやらトラックが動きだしたりしたら危ないと思うのだが、そういうのは行政で対処してくれたりしないものなのだろうか。それとも、政府にもこの土地に眠っていた“何か”を恐れている人がいるのだろうか。
「……もう、この土地に変なものはない、と思います。ただ」
千夜はじっと目を細めて言う。
「変なもの、が埋まってた形跡はありますね」
「だね。俺もうっすらだけど気配がわかるかも。丁度敷地の真ん中あたりでしょ」
「はい」
トラックのすぐ横。やや大きく開いた穴のあたりに、御神体のようなものが埋まっていたと考えられる。それを徳永建設が作業中にうっかり掘り起こしてしまったのだろうということも。
その気配はもう消えかかっていて、本体がどこに消えたのかを確認するのは難しそうだった。この土地そのものが怪異に強く汚染されたわけではない、という意味では僥倖なのかもしれないが。
――せっかく来たけど、あんま手がかりはなさそうかな。
「話を整理しよっか」
憐が頬をぽりぽりと掻きながら言った。今日は冬場としては比較的暖かい。多少外で立ち話していてもそこまで苦痛に感じなかった。来週あたりに雪が降るかもという話もあるので油断はできないが。
「恐らくだけど。昔。山梨県のチギリ村とかチギル村とかいう名前の村では、邪神を信仰していた。その神様には毎年、二歳以下の子供を捧げなければいけなかったため、生贄が絶えないようにと村の女性達には結婚と子作りを強制させていた」
「みたいですね。個人的にはこの神様って本当にいたんだろうか?って気はしないではないです。というのも、子供を生贄に捧げるってところで誤魔化されてますけど……そのための行為を強制していたっていうのが、いわゆる淫習系を想起させるじゃないですか。だから、あのエロ系オカルト雑誌にも特集されてたんでしょうけど」
「うん、それは俺もちょっと思ってた。最初の“神様”は捏造だったかもしれないよね」
元々の目的は、生贄のためという名目で村の女性達に性的行為を強要するのが目的であった可能性がある。ようは、村の男達や上層部の頭の中が腐ったドピンクだったかもしれないということだ。子供を作る為、村を護る為と言えば乱暴な行為もある程度許容されてしまうような土台があったのだろうから。
そして実際に生贄とされた子供達は、よその人買いに売られていたのではなかろうか。――勿論、本当に土地にやばい神様がいた可能性もまったくのゼロではないが。その後に立ち上がった“英雄”の話を鑑みるに、神様なんてでっちあげだったという方がありえるように思われる。
「そんな状況に気づいて、立ち上がったのが英雄だった。いわゆる、天草四郎みたいな美少年ってやつだねえ」
どこかのんびりした口調で言う憐。
「村の女性達を逃がそうとして、失敗。自分自身が捕まった上、乱暴を受けた挙句足を切り落とされたと。そして、叫んだ」
『愚か者、呪ってやる!お前達みんな、呪い殺されてしまえばいい!!』
「あの雑誌の方向性からして、この伝承そのものは本物だったと思っていいような気がするね。でもって、ある程度実際に起きた事件が元になってるんじゃないかな」
「本当に、そんな淫習じみたことをやっていた村があったと?」
「かもしれない。で、捕まった少年は男の身でありながら身ごもって、命と引き換えに怪物を産んだと。……これ、産んだなんて表現してるけど実際は、少年そのものが怪物に生まれ変わったとも言えなくはないと思うんだよね。あるいは、本人が本物のやばい神様と、命と引き換えに契約を結んじゃったってこともあるんだろうけど」
村の掟に逆らって女性達を助けようとするような人物である。十四歳という年でありながら、相当意志の強い人物であったのは間違いない。それに、本物の神様が力を貸してもおかしくはないのかもしれなかった。
ただ引っかかるのは。村人たちを全て殺したところで、本来の少年にとっての復讐は終わりであるはずだということ。何故、その後にも無関係の人々に害を成すようになったのか。
「典子さんが霊視したんだから、このチギル村の話が今起きてる事件と繋がってるのは間違いないですよね」
うーん、と千夜は首を傾げる。
「『村は滅び、怪物はとある霊能者によって封印されたといわれているが定かではない。蘇ったならばその時は、恨みをさらにため込み、さらなる虐殺を行うことも考えられるであろう』。これがよくわからないです。虐殺後に、怨念をためこみすぎて自分の本来の目的を見失っちゃったとか?そこで霊能者が来て封印された?」
「そういう可能性もなくはないかな。で、この霊能者っていうのが……」
「宗教団体・浄罪の箱に所属する人間だったかもしれない、ですかね」
浄罪の箱という組織についてもある程度ネットで調べてみた。その結果、新しくいくつかの情報がわかっている。
一つ。この宗教法人そのものは現在も健在であること。ただし、一時期よりは規模を縮小しているらしいということ。その理由は二つ。数十年前に本拠地で食中毒事件を引き起こし、大量の信者が死亡したこと。それから、団体の一部が分裂し、別の宗教法人『アルマの鳥』に分かれたことであるという。
この本拠地での大量食中毒死というのがどうにも気になる。時期的に言うと、その団体がこの旧徳永邸の土地から引っ越したあたりとぴったりと合致するのだが――。
「これはまだ推測の範囲ですけど」
土地の穴にうっすらと溜まっている黒い煙。もう本体はなく、残り香でしかないのにこれだけ気配が強いとは。
「チギル村を滅ぼした怪物を……神様として、霊能者が御神体に封じ込めた。その霊能者が、浄罪の箱の人間だった。そして、御神体を自分達の組織に持ち帰って封印を続けていた……」
「多分ね。ただ封印を続けていたというより、その怪物の力を利用しようとした可能性もあるかな。やばいだけの呪物なら、自分達のホームに持って帰ったりしないでしょ?」
「それは言えてる。……でも、時が経つにつれ封印が充分にできなくなって、それで呪いがふりかかって大量死が起きた。で、扱いきれなくなってこの土地に御神体を埋めて逃げた……とか?」
「と、俺も思ってたんだけどねえ。で、それを何も知らない徳永建設が掘り起こしちゃって、呪いが地上に出てきちゃった可能性もあると思うんだけど。……それなら、今ネットで“知ってはいけない言葉”を広めてるのは誰?って話なんだよ。言葉そのものは怪異なんだろうけど、それを広めてるのはどう見ても人間の魔術師だ。そいつが、神様の祟りを意図的に誘発してる。だからそいつをぶっ飛ばして止めようっていうのが俺達の目的なわけだけど」
「はい……」
推理を積み重ねるのもここらが限界である。やはり、怪しいのは浄罪の箱なのだが――この土地に御神体を埋めて逃げたというのなら、もう現状の事件には彼等はタッチしていない可能性もあるのだ。
「……徳永建設が、御神体のようなものを掘り起こしたとして。それ、まだどこかに残ってるんでしょうか?会社が火事で燃えちゃった時に、一緒に燃えた可能性?」
いや、と千夜は自分で言っておきながら首を振る。
「強い幽霊とかが憑りついてる品物って、簡単に燃えなかったりするんだよなあ。それに、神様が起こした火で、神様自身が燃えるとは考えづらいですよね」
「そうなんだよ。で、燃え残ってたとしたら普通に考えて警察が怪しんで押収すると思うんだけどさ。そうなったら多分、今度は警察でパニックが起きてないとおかしいんだよ。恐らく、その御神体も“言葉”と同じように、見ただけで“呪われる”って直感的に分かるようなタイプのものだと思うからさ。でも警察がおかしな騒ぎ方してないってことは、多分警察の手にも渡ってないと思うんだよね」
「ということは、回収した何者かがいたってことになりますよね」
「そう。しかもそいつは“御神体”を触っても、“呪いの言葉”を目にしても死なないような耐性を持った奴だ。相当力の強い魔術師なのは間違いないだろうね。下手したら、そいつも人間じゃないかもしれない」
「うへえ」
そいつ自身が人外だった場合、自分達でどうにかできる可能性は低くなる。うんざりしたものの、ここまできて見て見ぬフリをして引き返す選択はない。なんのために学校休んで、あっちこっちに言い訳して憐と一緒に飛び出してきたと思っているのか。
「ひとまず、浄罪の箱について近所の人に何か知らないか訊いてみよっか。あと、可能なら暖簾分けされたっていうアルマの鳥についても」
「ですね……」
憐の、緊張感のない声だけが唯一の癒しだった。なんとも情けない話ではあるが。




