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<15・連鎖。>

 その夜は、一晩で三人もの人間が亡くなった。

 一人目は、日暮可南子。神奈川県のとある私立大学に在籍する女子大生で、学生寮で友人の甲斐谷奈々と同部屋だったという。

 日暮可南子は最近、随分と落ち込んでいる様子だった。ネットサーフィンが趣味だった彼女は、最近ネットで「呪われたものを見てしまった」と友人たちに話しており、自分も祟られると酷く怯えていたという。その日も、明らかに憔悴しきった様子の彼女を励まし、風呂に入るように勧めた矢先のことだったと甲斐谷奈々は語った。

 突然、風呂場から悲鳴が上がり、かけつけてみると可南子が浴槽の中で暴れている。何かに、お湯の中から足を引っ張られるのだと繰り返した。奈々は慌てて彼女を引き上げようとするも、引き上げるのに成功すると同時に可南子は絶命。その両足が、何かに力任せに引きちぎられたようになっているのを目撃したという。死因は当然、両足切断によるショック死。お湯は彼女の血で真っ赤になっていたが、その中には千切れた時の肉片や骨片は見つかったものの、不思議なことに足首そのものはどこにもなかったという。

 排水溝は、成人女性の足を吸いこめるほど大きいものではない(日暮可南子の足のサイズが24cmだったことを鑑みてもあり得ない)。そこに吸い込まれて足がハマってしまったということはありえなかった。警察は、大いに首を傾げることになっただろう。


『なんでこんなことになったのか、さっぱり。私が、私がお風呂くらいに入れって言わなきゃこんなことにならなかったのかな……』


 甲斐谷奈々は、そう言って自分を責めているという。ちなみに、彼女は何が友人の足を引っ張っていたのかは見ていないと言っていた。当時、可南子は浴槽に入浴剤を入れていたため、お湯が白く濁っていて何も見えなかったのだろうとのこと。その結果、現在奈々の方には特に被害の兆候は見られていない。

 さらに二人目は、愛知県の株式会社オウサカゴムに務める作業員の椎葉靖男、五十二歳。彼はこの会社の工場で仕事をしていて、作業中に姿が見えなくなっていた。同僚たちが言うに、ヘビースモーカーだった椎葉がこっそり作業を抜けるのは珍しいことでもなんでもなかったのだそうだ。


『本当はやめてほしかったんですけどね、煙草吸うためにしょっちゅう自分の持ち場の機械止めて作業中断させちゃうんですもん。おかげでみんながあの人のフォローしなくちゃいけなくなってて。……そろそろマジで言わないとだめかな、って思ってた頃でしたから。あの人がいなくなったことそのものを、深刻に捉えてる人は一人もいなかったんじゃないですかねえ……』


 同僚である、鈴木則之はそう語った。

 最近何か悩みでもあるのか、さらに椎葉の煙草が増えていることには気づいていたという。しかも、明らかにイラついている様子。むしろみんな、さわらぬ神にたたりなしで近寄らないようにしているくらいだったとか。

 ただ、一度捕まった同僚の一人が、椎葉が意味ありげにぼやいていたのを聞いているという。


『「何で俺が呪われなきゃいけないんだ、何も悪いことなんかしてないのに。足がなくなったら愛車も運転できねえだろうがよ」……そんなことを言ってたみたいです。まさか本当に、ねえ?』


 終礼の時刻になっても姿を現さないので、仕方なく鈴木が彼を探しに行った。すると、倉庫の中でスチール棚の下に潜るような形で暴れている椎葉を目撃。彼はうつ伏せの状態で、なにやら棚の下に引きずり込まれていく様子だったという。

 慌てて手を伸ばすも、鈴木が手を掴む前に椎葉の姿は棚の下に消えてしまった。そのあと、重たい棚をどうにかどけて椎葉を救出しようとしたところ――血の海の中、虫の息となっている椎葉を発見したというのだ。

 彼もまた、両足の足首から先がなくなっていた。何かに食いちぎられでもしたかのように。そして、その足首は倉庫の何処からも見つかっていないという。

 そして。


「三人目が……典子さんだったわけか」


 勝鬨神社の周辺は、警察関係者やらマスコミやらでごったがえしている。吾妻典子と、近所に住む女子高校生の榎本早稀。二人が揃って、社務所で足首を千切られた死体となって発見されたからである。駆け付けた千夜と憐も、到底入ることができずに門の前で立ち往生しているという状態だった。

 警察は犯人と、足首を千切った方法、それからなくなった足首の行方を追っている。――ただ、どちらも見つからないで終わるだろうことは既に明白だった。思わず千夜は息をつめる。既に、怪異の本体はいなくなっているはずなのに、こんなにも気配が濃い。あのアパートで、岡崎苺子が襲われた時に感じたのと同じ気配だった。

 死ぬ直前まで、千夜は典子からメールを貰っている。今から、その知ってはいけない言葉に触れてしまったと思しき女子高校生の相談を受けると言っていた。それから、彼女から聞いた話をリアルタイムで自分のところにメールやLINEで送ってきてくれていた。――多分彼女も予感があったのだろう。下手したら、自分も巻き込まれて一緒に死ぬかもしれないという予感が。実際、その通りになってしまったわけだが。


「典子さんの霊能力は、俺が知る限り本物だった。あの人は、ちょっとした悪霊くらいなら退魔法だけで簡単にぶちのめせるくらいの力は持ってる人だよ」


 苦い表情で憐が言う。


「そんなあの人があっさり殺されたってことは。やっぱり、実際に遭遇してしまったら確定でジ・エンドってことなんだろうね」

「……典子さんは、“知ってはいけない言葉”を自分で見ないように気を付けてたはずだ。でもって、相談者の人もそれを覚えてない、みたいなこと言ってるって言ってた。なのになんで?」

「まあ、多分そのタブーには“本体の姿”も含まれてるってことなんだろうね」


 ぴ、と指を一本立てて語る憐。


「多分、怪異に祟られる条件は、その神様?みたいなものに関わる一定レベル以上の情報を得るってことなんだと思う。俺は、知ってはいけない言葉と言うのはその神様の名前か何かだと思ってる。その名前を知るか、姿を見るか、場合によっては関わる音を聞くのもアウトかも。……多分典子さんは、相談者の女の子が襲われる現場に居合わせてしまって、その姿を見てしまった。で、そのまま一緒に祟りに遭ってしまったってことじゃないかな」


 やっぱり、そういうことなんだろうか。




『もし、その岡崎苺子さんだっけ?彼女が襲われている現場に遭遇して貴方も相手を見てしまったら……知ってはいけないことを知ったのと同じこと。多分、同じ末路が待ってたわよ。霊障と、それからガムテープできっちり押入れを封印してくれてた苺子さんに感謝するべきね』




 改めて、あの時典子が言っていた言葉の意味を痛感する。もし、押し入れではなく部屋の中で岡崎苺子が襲われていたら。きっと自分と雛子も、無事では済まなかったのだろう。

 そして、今回他の二人の被害者も。日暮可南子、椎葉靖男の両名が攫われる現場をもし別の人間がはっきり見てしまっていたら。きっとさらに、被害者の数は増えていたはずである。それこそ、甲斐谷奈々なんてギリギリだっただろう。もし可南子が入浴剤を入れていなかったら、水ごしに怪異の本体の姿を見てしまっていたかもしれないのだから。


「多分、これからも被害は増える」


 少し前まで生きていた典子。万が一のために、自分に少しでも情報を残そうと送ってくれていた典子のことを考えると、涙が滲みそうになる。同時に、恐怖で足が震えた。自分が、己が思っている以上にヤバい相手と関わってしまっていることを実感しつつあった。

 出くわしたら、典子ほどの霊能者であり神職であっても関係なく殺される。自分達のような、ちょっと霊能力のあるだけの一介の高校生などひとたまりもないだろう。


「千夜クン、逃げたくなった?」

「……そりゃ、逃げたいですよ。怖いですもん」

「そう?……怖いだけって顔してないけど」

「だって」


 ぐっと拳を握りしめる。


「許せないじゃないですか、こんなの」


 被害はこれからも増える。憐の見立ては正しいのだろう。なんせ、警察が万全のオカルト対策をして今回の捜査に挑むとは思えない。真相を掴めないだけならまだいいが、被害者たちの共通点が“知ってはいけない言葉”にあると分かれば、相手が人間であれそうでないものであれその言葉を探し当てようと躍起になるはずである。

 万が一、彼等が知ってしまったら。警察の人間から、大量の死者が出る可能性も充分に考えられることだ。否、むしろそうなる危険性は非常に高いと言っていい。警察組織に霊能者でもいれば警告してくれるかもしれないが、その望みは非常に薄いだろう。

 止められるのは、危機に気づいている自分達だけだ。

 邪神そのものをどうこうする力はないとしても、その邪神を広めようとする人間や媒体をどうにかすることならば自分達にもできるかもしれない。むしろ、そうすることを期待しているからこそ典子さんは自分にギリギリまで情報を送ってくれていたはずだ。


「典子さんの命を、無駄にしたくないです。怖いけど……めちゃくちゃ怖いけど、でも。これ以上、罪のない人が死ぬのを見過ごすわけにはいかない。俺達の大事な人だって危ないかもしれないんだから」

「……いい子だねえ、千夜クンは」


 はは、と憐は笑ってぽんぽんと千夜の頭を撫でた。超長身の彼にそれをやられると、なんだか自分が一気に子供になった気分になってしまう。自分だって、成人男性以上の身長はあるはずなのだが。


「とりあえず、明日は学校そのものを二人でサボろっかー。……本当に、典子さんが言った通りになっちゃったね。部活どころか、授業やってる場合じゃないよコレ。共通の知り合いが危篤ってことにでもしておこうか」

「死にそうな知り合いが捏造されるパターンですね」

「葬式も増えるかもー。そういう時は、おじいちゃんおばあちゃんから順番に殺していかないといけないんだけど」

「誤解されそうな言い方やめません!?」


 やるべきことは決まっている。まずは、旧徳永邸へ向かい、その周辺にざっと聞き込み。そこにあったという宗教団体施設『浄罪の箱』がどうなったかについて調べる。

 それから。もし組織が存続しているのならば、場合によっては直接殴り込みにいく必要があるだろう。


「まあ、なんとかなるでしょ。俺、人間相手の喧嘩ならそうそう負けないしー?」

「は、はは。そうですね……」


 憐がにっこり笑って言う。この先輩の能天気さだけが、現在の唯一の救いと言っても過言ではなかった。

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