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第5話 初の勉強会

なんとも学校というのは面倒くさい代物(しろもの)である。

50分きっかり授業を受ける、ということを1日に6回も繰り返さなくてはならない。


その上、その授業で学んだことを定期テストで紙に書き、教師たちに「自分はこれだけ勉強しましたよ、あなたが教えたことは身についていますよ」と、示さなくてはならない。


俺は親に小言を言われたり、テストの点数が悪いせいで日常生活になんらかの制限をかけられるのが嫌なので、テストだけは真面目に取り組んでいた。


もっとも、テストだけだが。


今受けているのは数学の授業だ。数学の得手不得手(えてふえて)は、人によって大きく異なる科目だなぁと心底思う。俺はさほど苦手としていないが、泰正なんかは「数が苦だぁー」とか言って苦しんでいる。


別に苦手ではないからというわけではないが、この授業は退屈だ。先生には失礼な話だが。


先生が用意したプリントの問題を解き、それを先生が黒板にびっしりと書いた数式とともに解説する。


俺はなんとなく隣の席に目を向けた。そこには白本日菜(しらもとひな)という女子生徒が座っていた。


女子高校生の平均より少しだけ高い身長と、丸く小さい顔に烏の濡れ羽色をしたショートヘア、という出立(いでたち)の彼女は、視線をまっすぐに黒板へ向け、せっせと板書を書き写していて、とても集中した様子だ。


ふと彼女と目が合い、気まずくなって俺たちは目を逸らした。


その後は睡魔と戦いながら2,3,4時間目と乗り越えていき、お待ちかねの昼休みを迎えた。


「やっと昼だぁー!なんか今日、長くなかったか?」

「そうかもな、いつにも増して眠かったし」

「何よ、寝不足?」

「ゲームしてたら気づけば1時だった」

「ヤバすぎ、昼夜逆転してるニートじゃねぇか」


泰正と話しながら食べる飯は、とても美味しい。


「それで、今日も保健室行くの?」


泰正と話しながら食べる飯が不味くなった瞬間だった。


泰正に急かされ、俺は4日連続となる保健室訪問をする羽目になった。

俺は数学の教科書と、筆記用具を持って廊下を歩いていた。

気乗りしない、と言えば嘘になるのかもしれないが、足取りが軽い、と言っても嘘になる。


「また来ちゃったよ…」


白い扉を前に、俺は(ひと)()つ。

一つ息を吐き、俺は扉を開けた。


「失礼します。南條です。勉強教えに来ましたよ」


俺はそう言いながら保健室の中へと歩みを進める。やはりこの部屋には独特の匂いがあって、その匂いにはなかなか慣れない。


奥へ歩いていくと、そこでは理子が事務机に突っ伏して寝ていた。

その近くの丸椅子に座った柚希と目が合い、


「30分くらい寝てる」


と小声で言われた。


(職務放棄じゃねぇか)


そんなことを思ったが、柚希にそんな荒いことは言えない。


「そうだったんですね、じゃ、どうしましょっか」


俺も小声で返すと、柚希は右手をその小さな顎に乗せて、思案する様子を見せた。


「よし、起こすか」


何を言い出すのかと思えば、意外と力技で、俺は少し面食らった。


「え、ほんとにやるんですか、まぁいいけど…」


「うん、やるよ、はいはい!理子ちゃん!起きて〜」


そう言うと柚希は理子の肩をゆさゆさし始めた。


少しすると、うめき声というか、うなり声を上げながら理子が上体を起こした。


「んー、二日酔いなのぉ…」

「職場で寝たらダメですよ、ほら、南條さん来てくれたし」

「広哉ぁ?あぁ、柚希ちゃんが恋しくなっちゃったのねぇ、可愛い子だわぁ、ほんとに」


理子は半目で俺の姿を認めると、そんなことを言って来た。だが、寝ぼけて言っているだけだと自分に念じて、ダメージを軽減する。


「違います。勉強教えに来ただけです。先生は普通に仕事してください」

「えぇ~冷たいよぉ」


そう言って、また突っ伏してしまった。


「ほらほら寝ないー!」


また柚希が起こす。


また寝る。


また起こす…


ひとしきりこれを繰り返した後、やっと理子は立ち上がり、コーヒーを()れた。


「じゃあ勉強しなさいね、何やるのよ広哉」

「数学持って来ました」

「ん、じゃあ教えてもらいな柚希ちゃん、教えるの上手いかわかんないけど」


へへへっと笑った理子の顔がとても憎たらしかったが、俺は丸椅子に腰掛け、机に教科書を置いた。


「じゃ、始めますね〜」

「待って。なんで私だけタメ口で、南條さんは敬語なの?なんか堅苦しくてやだ」


開始早々、柚希はそんなことを言って来た。


「いや、なんていうか、礼儀?ですかね…」

「むしろ私が教えてもらう立場なんだから、南條さんが礼儀とかなんとか言う必要はないと思う」

「あ、え、そうなのか…?まぁ、わかりました、敬語やめる」

「うん!よし、じゃあ、お願いします、先生」


そう言った彼女の笑顔が、とても眩しかった。


かくして、勉強会が始まったはいいものの…


「え、わかんなーい」

「えぇ…」


この有様である。そう、この美少女、全然勉強ができない。やる気はあるのに、やる気に実力がついてきていないのだ。


「なんでこれで新たにkとかいう文字が出てくるわけ?何者?」

「それは、kを使ってこいつを表した方が都合がいいと言うか、わかりやすいからだよ」

「なにそれぇ、そんなんひらめきじゃん」

「うーん…まぁ、そういう側面もある、かな?」


とはいえ、数学が苦手というだけなのかもしれない。そうであってほしい。根気強く教えていこう。


その後も、数式と格闘を繰り広げる柚希を眺めたり、ちょろっと教えたりしていると、予鈴が鳴った。


「さて、広哉は午後の授業、行ってきな」

「はい。じゃ、お疲れ様」

「うん!」


そう言って俺は保健室を後にした。


去り際に柚希が見せた満面の笑みについて俺は少し考えてみた。


(苦手な勉強した後に、なんであんなに笑顔なんだ?)


教室に戻ると、まだそこは喧騒に包まれていた。


「お帰り広哉。今日はどうだった?」

席に着くなり、泰正がそう尋ねてくる。


「今日は数学をやったんだけど、あんまり得意じゃないみたい。泰正よりできてなかったかも」

「あれま、意外だな。広哉の話聞いてると美人でなんでもできそうな感じだけど。ギャップ萌えしちゃった?」

ふざけた様子でニヤけながらそう言う泰正の脇腹に、俺は弱っちいパンチをお見舞いしてやった。


午後の初っ端の授業は、言語文化、つまり古典の授業だった。昼食後にこんな授業を受ければ、誰しも眠くなるに決まっている。


泰正に至っては、授業開始3分で夢の中へ飛び立ってしまったようだった。


俺も、序盤こそは耐えていたものの、授業が始まって20分ほど経つと、急激な睡魔に襲われた。

眠気に身を任せ、俺は眠りの淵へ落ちて行った…


そこは色とりどりの花が咲き乱れる花畑だった。

そこに立つのは、白いワンピースを着た女の子。

心なしか、柚希に似ているような…


こちらを向いて笑顔で手を振っている。

俺もその子に手を伸ばす。

あと少し、あと少しで手が届く…


ふと肩に優しい衝撃を感じ、俺は目覚めることとなった。どうやら誰かが俺の肩を揺すっているらしい。


夢とは、本当にいいところで覚めてしまうものだ。


目を開けると、俺の左側に泰正が立っていた。


「お、やっと起きたか。まったく、寝てるくせに成績いい奴ほど、憎い者はいないぜ〜」


そんなことを言っている。


まだ脳の半分くらいしか目覚めていないのか、ぼんやりとする視界をどうにかしようと俺は目を擦った。


5,6時間目の授業をなんとか乗り切って、俺は放課後を迎えていた。


6時間目の終わりを告げるチャイムが鳴ると、教室は放課後特有の、気だるさと開放感が入り混じった空気に包まれた。


俺は大きく伸びをして、帰る支度を始めた。今日は、というか、今日も写真部の活動はない。基本的に写真部は、部費や部旅行についての打ち合わせ以外に集まることはないため、休日や放課後に各自で撮りたいものを撮る、という活動形態だ。


「いやー、今日も頑張ったなぁ。広哉、明日から土日だぞ!土日!たまんねぇな」

「あ、そっか土日か。でも泰正昨日、土日は部活って言ってなかった?」


明日は土曜日だということをすっかり失念していたことを、泰正に言われて気づいた。


「うーわ、そうだった。土曜は練習で、日曜が先輩の引退試合なんだよ〜。でも日曜の午後は暇だろうからさ、どっかで飯でも食わねぇか?」

「あーいいね。13時くらいでいい?」

「おう、いいぜ。じゃ、俺は部活〜」


そう言って泰正は、大きなスポーツバッグを肩に引っ提げ、教室を出ていった。


日曜に楽しみな用事ができた。俺は土日は基本的に家でぐうたらしているか、どこかにふらっと出かけて写真を撮っているかの2択なので、ちょっとした用事があるのは暇で何もすることがないよりよっぽどいい。


真っ白なスケジュールが楽しみというインクに染まったような満足感を抱え、帰る支度をしていた俺だったが、突如として右側に悪寒(おかん)を覚えた。


「なーんか、楽しそうじゃん」


理子だ…憎たらしいほどにニヤついた表情で、廊下からこちらを見ている。


「何の用ですか、指田先生」

「あら、急に楽しくなさそうな顔になるのね」


(誰のせいじゃ!)


そんなことを思うが、さすがにそんなことは言えない。俺は取り繕った笑みを浮かべ、


「いえ!そんなことないですよ!私に御用ですか?指田先生」

「うへぇ、なんか気持ち悪い…」

「おいごるぁ!」


たまらず俺は仮にも教員に対して全力のツッコミを入れてしまった。

「それで、何の用ですか?」


気を取り直して俺が尋ねると、理子はその口を開いた。


「柚希ちゃん帰ったんだけどさ、なんか、教えてもらったのに、全然できなくて申し訳ないみたいなこと言って帰ってったの。まさかとは思うけど、広哉、気にしてないよね?」

「当たり前じゃないですか。最初からできる人なんかいないよ。頼まれた以上、投げ出すつもりはありませんよ」


珍しく真面目に理子にそう言われた俺は、精一杯の言葉で返した。


「そっか、よかった安心したよ〜。じゃ、また来週もよろしく〜」


胸を撫で下ろした理子は、満足そうに帰っていった。

俺の心の中も、温かい気持ちで満たされていた。


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