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第43話 Take a picture of

柚希を苦しめていた渡辺風香が、柚希に直接謝罪をしてから3日ほど経った。


風香の方は、濃いメイクをやめ、ほぼすっぴんで登校するようになったようだが、学校に来ていることに変わりはない。


そのこともあって、柚希も保健室登校を継続せざるをえない状況だった。


その日は写真部も会合はなく、放課後特に予定もなかったことから、生徒の下校のピークとなる時間帯を避けて、俺は柚希と一緒に帰ることにしていた。


来客もなく、ただ理子が黙々とパソコンのキーボードを打つ音が響く室内で、俺たちは雑談をしていた。

だが、二人とも意識してなのか無意識のうちなのか、風香のことであったり、教室へ登校する予定については触れずにいた。


ふと俺はカレンダーに目をやった。


「あ、そうだ。もう文化祭まで1か月ないじゃん」

「確かにそうだね、写真部で展示するんだよね?」

「うん、ある程度写真は撮ってるんだけど…」

「けど…?」


俺が言葉に詰まると、柚希は怪訝(けげん)そうに俺の顔をのぞき込んでくる。


俺が言葉に詰まるのには、柚希にある頼みをする必要があったからである。

時はさかのぼり昨日の夜──


俺はその時自室で、有名な写真家の出した風景写真集を流し見していた。


「ん…?」

ベッドの上にほっぽり出したスマホが振動したのを感じた俺は、腕を伸ばしてスマホを手に取り、通知の主を確認する。


見ると、部長からメッセージが来ていた。

『やぁ南條君、文化祭まで1か月を切ったわけだけど、写真の選定は順調かな?前に話してくれた、写真の説明文についても、準備の方よろしくね。それで、君に提案なんだけど、ぜひ文化祭で、君の自慢の彼女さんの写真を飾ってみないかい?もちろん、顔が正面に写っているようなものを掲載しろと言っているわけではなくて、後ろ姿とか、シルエットが写っているものが1枚くらいあってもいいかなと思ったんだ。強要はしないし、彼女さんの理解を得られなければやる必要はないよ。ただ、写真っていうのは、撮る人が本当に好きなもの、人を撮った時に一番美しくなるんだ。そのことは知っておいてほしいな。それじゃ、おやすみ。返信不要だよ』


という長文だった。

そして最後にはピースサインのスタンプが追加で送られており、先輩の自由人っぷりをよく象徴していた。


(どうしたものか…)

と、いうわけで現在に戻るのだが…


「どうしたの、なんか、あんまり上手く撮れてなかったとか?」

「なんか失礼じゃない!?」

「あははは、ごめんごめん。そうだよね、すっごく上手だもんね、写真」

「いや、そこまで言われても逆に…」


柚希の歯に衣着せぬ物言いで、足踏みしていた俺も踏み出す勇気をもらえた。


「実は部長から、柚希の写真を文化祭で展示してみたらどう?って言われてさ」

「私の?なんで?」

「っと…それは…」

「?」

「その…写真ってさ、撮る人が本当に好きなものとか、あとは…人とかを撮った時に、一番きれいになるらしくて。それで、俺が本当に好きな柚希を、撮らせてもらえないかな、っていうことなんですけども…」

「っ…」

「あれ、柚希さ~ん?」


俺の言葉を最後まで聞いた柚希は、顔を両手で覆い、ふいっとそっぽを向いてしまった。


「そんなの…そんなこと言われたら…断れないじゃん…」

「いてっ」

絞りだしたような声で柚希は言うと、俺の方をぺしっと叩いた。


「早く帰ってほしいな」


パソコンのモニターの裏からそんな声が聞こえて、一人背筋を凍らす俺だった。


赤面騒動(?)があったものの、柚希に写真に写ってもらえることになった俺は早速、どこでどのような構図で撮るのがいいか、柚希と一緒になって考え始めた。


「俺としては、あんまり顔は写したくない、かな」

「え、なんで?」

「ほら、不特定多数の来場者に柚希の顔写真みられるのはなんか…怖い」

「怖いー?なに、嫉妬しちゃうの?」

「うぐっ…なんでそんなに強気なんすか…」


さっきまで顔を赤くしていたお嬢さんは、いつの間にか俺をからかう方に立場が変わっていた。

(いやなんでだよ)


「そうだなー、夕焼けに染まる浜辺で、私の後ろ姿でも撮ったら、映えそうじゃない?ベタだけど」

「あー、いいねそれ。それで撮ってみようか。別のアイデアが浮かんで来たら、そっちも試してみればいいしさ」

「ほんと?やった」


アイデア交換の甲斐もあり、すんなりと写真を撮る場所が決まった。

ぶっちゃけ構図に関しては、現場に行っていろいろ試す方が、あれこれ考えるよりも早いので、場所さえ決まれば問題ない。


「じゃあ早速行く?」

「え、今から?」

「うん。ちょうど日没じゃない?」

「確かに」

時計を見やれば、ちょうど17時を回ったところだった。

生徒の帰宅ラッシュもかなり落ち着いたころ合いで、初秋の日没時刻も迫ってくる時間だった。


「行ってきなよ、私もあんたらの惚気のろけを見守るための残業は早くやめにしたいからさー」

「えぇ…」

ミシミシッと古びた事務イスを鳴らしながら、こちらに声をかけてくる理子にも背中を押され、俺たちは浜辺に向かってみることにした。


家の近くの浜辺に行くとなると少々時間がかかり、日没に間に合わないリスクがあったのだ。


「じゃ、撮ってみよっか」

「うん。あれっ、カメラそれでいいの?」

「ん?あぁ、今日はスマホしか持ってきてないんだ。でも最近のスマホはカメラの性能もいいし、十分だよ」

「そうなんだ~」


ミラーレス一眼ではなく、スマホを構えている俺に疑問を投げかけた柚希だったが、俺の説明を聞いて納得したのか、砂浜の上をてってってーと駆け出した。


彼女を後ろから追いかけ、カメラアプリを起動させたスマホを向ける。


画面の中に写る彼女は、バレリーナのように自由に動き回っていた。


撮っているのは動画ではなかったけれど、目の前を見れば彼女は動いている。


いつしか俺はスマホを片手の中で握りしめるだけで、ただ彼女を追いかけるだけになっていた。


「撮らなくていいのー?」


前を小走りしながら、俺に言葉を投げてきた。


「今はっ、この目でっ、この景色っ、見てたいっ」


すっかり息の上がった俺は、とぎれとぎれに言葉を返す。


その様子を見た柚希は、徐々にスピードを落として、ほどなくして足を止めた。


そして、俺の方を穏やかな笑みを浮かべて見つめていた。


彼女のすぐそばまで歩いていくことはできたが、あえてしなかった。

むしろ、彼女のまとった雰囲気が、そうさせなかったまである。


こちらを見つめる彼女の目は、儚くて、ほんの少しだけさみしそうで、不安そうだった。

でも、まっすぐだった。


俺はその視線に突き動かされ、思わずカメラのシャッターを切った。


1枚だけだ。


連写なんかしないし、フィルターもかけないし、明るさの調節だってしない。


ありのままの柚希を、撮りたかった。


「撮ったな~」


いたずらな笑みを浮かべてゆっくりとこちらに歩いてくる彼女に、俺も微笑み返した。


「柚希」

「ん-?」


俺が声をかけると、彼女は立ち止った。


俺から5メートルくらいのところで。


「大好きだよ」

「っ…うん、私も」


柚希は一瞬顔をそらしかかったが、何とかこらえて、返事をしてくれた。


そんな彼女がとてもいとおしくて、今度は俺から歩み寄り、彼女の手を取った。

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