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番外編② 皮

本性を他人に明かせないという人がいる。


猫を被る 化けの皮を被る


そんな表現が世の中で多用されているくらいだから、今を生きる僕らにとって、それは珍しいことでないのだろう。


僕もその一人だ。


本性を明かそうとしないし、もう本性がどんなものであったかさえ覚えていない。

今までの”自分らしさ”というものを見失ってしまったのだ。


なんとか今まで通りあろうとするけれど、どうにも自分の中でしっくりこない。


そして挙句の果てには友人から


「お前、なんか変わったな」


と言われる始末。


別に変わることは悪いことではない。

仏教の教えには、常に変わり続けること、それが不変である、というものもあるくらいだから、現状維持よりはむしろ変わっていく方がいいのだろう。


今の僕は言ってみれば、命綱を絶たれ、宇宙空間をただようだけの宇宙飛行士のようだ。


自分を制御するものは何もない。

だからこそ行き先を自分で決めることもできないし、広すぎる空間の中で、迷子というには壮大すぎるほど、自分の現在地を見失ってしまっているのだ。




──小5の頃、母親を失った。


突然の出来事だった。

亡くなる1年ほど前にガンが見つかり、治療をしても治るかどうかは半々、と言われていた。

当時まだ10代になったばかりだった僕にも、母と一緒にいられる時間はもう長いこと残されていないのだと悟っていた。


最初の頃はわりかし元気で、なんだ大したことないじゃないか、と感じている節があった。


だが、本格的に暑くなってきた時期に、突然体調が悪くなった。

夏バテもあったのかもしれないが、母の明るい表情の下で、ガンは着々と彼女の体を乗っ取っていったのだ。


そしてそれからはあっという間だった。

8月の半ば、それはそれは暑い日だった。

僕がまだ寝ている間に、母は病院で息を引き取った。


朝起きたら、父さんと姉さんがいない。

時計を見れば10時。

二人とももう出かけていてもおかしくはない時刻だった。


1年前なら、「お寝坊さんね~」と笑いながら、朝食の乗った皿を出してくれる母さんももちろんいなかった。


ほどなくして、家の固定電話が鳴った。


『起きた?』

電話越しに聞こえてきたのは姉さんの声で、受話器を介しているため、感情を聞き取ることはできなかった。


「うん」

『…はぁ…母さんね、亡くなったから。今から迎えに行くから、病院行くよ』

「え…」


それだけ伝えて、姉さんは電話を切った。


それから姉さんが車を走らせて家に着くまで、僕は立ち尽くしていた。




そしてそれから2年経って、中1の秋。

残暑もすっかり消え去って、いよいよ秋に向けて葉っぱが衣替えを始めた時期。


初めての文化祭に向けて、意気揚々と準備している時だった。


プルルルルッ


中学生になって買ってもらったスマホが振動した。


画面を見れば、父さんからの着信だった。


「はい、もしもし?」

直人(なおと)か?父さんだ。いいか、由美(ゆみ)が玉突き事故に巻き込まれて病院に運ばれたらしい。今連絡があった。父さんは今車で向かってるから、直人もすぐにバスで来なさい』

「え…事故って…は?」

『詳しい話はあとだ、市民病院だぞ、いいな?』


運転中だったのか、父さんはプツリと電話を切ってしまった。


あまりに急な連絡に俺は動揺を隠せず、先輩に断ってから僕は学校をあとにした。


すっかり涼しくなったのに、ビー玉のような汗をだらだらたらしながら、バス停まで歩いた。

でも行先に市民病院の文字はなくて焦った。


今思えば、スマホで調べるとかいくらでも方法はあったのに、当時は気が動転していて、そこから病院まで歩いていくという決断を下してしまった。


実に8キロの道のりだった。

1時間半かかって、やっと着いたころには、姉さんは亡くなっていた。


父さんは茫然と立っていて、周りの医療機器は既にどかされ、看護師や医師の姿も全くなかった。


(ねぇ)ちゃんは…なんも悪くなかったんだってよぉ…ただ、ただ巻き込まれただけだったって…」

「そんな…」

「でも…でも発端になった運転手は生きてて…さっき歩いて病院を出て行った」


父さんの泣いている姿は、初めて見た。


母さんが死んだときでさえ、彼は泣かなかった。

余裕がなさ過ぎただけかもしれないが、それでも、子供の僕の目には、強くあろうとする父の背中のように見えた。


「あいつは…あいつはっ…生きてるのによ…こんなのって、こんなのないだろ…」


僕は何もできなかった。

病院の無機質な床に座り込んでしまう父を、見下ろすことしかできなかった。


姉はガサツな性格だった。


ちょうど彼女の大学受験の時期に僕は生まれ、昼夜問わずうるさくする僕に、姉は精神をそがれたことだろう。


その影響もあってか、多少僕には当たりが強いような節があった。


それでも、頼めば車を出して迎えに来てくれるし、母さんがいなくなってからは家事を全部やってくれていた。


時折家で晩酌をして酔っぱらうと、僕のこめかみを(こぶし)でグリグリしてくるが、それが愛情故の行動であることを、僕は知っていた。


そんな姉が大好きだったし、この人と家族になれてよかったとも思った。


そんな自慢の姉が、突如いなくなってしまった。


僕の人生で大事なピースが、神様のいたずらで、どんどん抜け落ちて行ったんだ。


僕に残されたものは、もう少なかった。


それからだ、僕が”変わった”のは。


無自覚のうちに誰かを演じていた。


本音で語り合うことを忌み嫌っていた。


今日の部活で、後輩が話してくれた。

その後輩の彼女は、いじめを受けていたらしい。

だが、養護教諭の指田先生の助けもあって、謝罪させることに成功したんだとか。


だがこの話はほんのちょっと複雑だった。

どうやらそのいじめっ子は、自分の容姿に自信がなく、いじめをするに至ったんだという。


そしてそのいじめっ子は、いつも濃いメイクを施していたそうだ。

本当の自分を隠すために、だと思う。


なるほどな、と思った。


いじめはもちろんよくないことだが、自分を隠すという点では共感してしまった。


それに、メイクには時間がかかると聞く。

彼女は毎朝早起きしてメイクしていたんだろう。


でもそれくらい苦ではないのだ。

本当の自分を見られる方がよっぽど怖い。


だから今日も僕は、飄々(ひょうひょう)とした先輩を演じる。


仮面をかぶる。




写真部部長、真野直人のひとりごと。

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