表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/45

第39話 結実(けつじつ)

浜辺に集まった人たちの喧騒を一気に打ち消すような、大きな花火の音が俺の耳に響いた。


それまで全く異なる話題を話し、意識を別々の方向に向けていた集団が、瞬時に注目点を1つに集約した。


「わぁ…」

「始まったね」

周りでぽつぽつと歓声が上がる中、俺と柚希も感動を共有する。


色とりどりの花が、瑠璃紺の空に次々と花を咲かせ、散っていく。


儚いなと思わせるが、それをも美しいと感じさせてしまう花火の魅力というものは、なんとも形容し難いものがある。

(一言で言えば綺麗ってことです、はい)


そして、隣の柚希も、綺麗だった。


そんなことを真正面から言えるはずもない…


はずだった。


「浴衣、似合ってる…」


気づけば、そう言ってしまっていた。

完全に恥ずかしさをなくすことはできなかったが、俺にしてはなかなかいい感じだった、と思うが…


「あ、ありがと」

柚希はどこか照れた様子でそう言った。

花火のせいでどんな表情かは見えなかった。

だが、それをわざわざ確かめるのも野暮と思ったので。


「もうちょっと奥の方行ってみようか」

「うん」


俺たちの後ろには出店が並び、お祭りや野外イベントでよく見る発電機がせっせと動いていた。


屋台に並ぶ人に加えて、花火に見とれた人たちがゆっくりと歩くため、この場所はどうにも居心地が悪い。


花火を落ち着いてみるためにも、俺たちは移動することに決めた。


会場の入り口から奥に進んでいき、浜辺の比較的開けた、そして人もまばらな場所まで歩いてきた。


「ふー、やっと一息つけるね」

「うん。ごめんね、結構歩かせちゃって」

「全然大丈夫!」

ふと柚希が下駄をはいていることに気が付いて、俺は少し申し訳なくなってしまった。


相変わらず、花火は大きな音を立てながら咲いて、散っている。


そして、俺の心臓だって、絶えず鼓動し、そのスピードはそれなりに早い。


「きれいだね~」

「だね」


心なしか俺は、柚希への返答も簡素なものとなり、意識が、花火ではない別の何かへ移ろっていくのを肌で感じていた。


「私もあんな風にきれいに咲きたいなぁ」

「柚希になら、できるよ」

「ほんと?嬉しいな。でもたぶん、広哉君のおかげだよ。今の前向きな私がいるのはさ」

「っ…」


そんなことを言われてしまったら。


そんな目でまっすぐに見つめられて。そんな美しく。


俺は自分の胸の中から、あたたかく、でも芯はすごく熱いものがあふれ出てくるのを感じて──


「好きだ、柚希」


息を吐き出すように言った。


聞こえなかったかもしれない。


言った直後、急に怖くなって、柚希の顔を見ようとした。


けれど、できない。

直視できない。


どんな表情をしているのか、それが、怖かった。


だから──


「私も」


「私も、好き。広哉君のこと」


そう言ってもらえたのが、嬉しくて。


嬉しくて。


「嬉しい。ありがとう。そう、言ってくれて…」


夏のムっとするような気温の夜に、俺は泣いた。


生暖かい風が頬を撫でて、涙でぬれた頬を冷やす。


「泣かないでよ…私まで泣いちゃうから…」


浜辺で2人、嗚咽を漏らした。

周りなど見えない。

気にしない。


「これから先、いつもうまく行くなんて、思ってない。でもさ、いろいろあっても、俺支えるから。柚希のこと。絶対」

「うん…」

「どんな時も、支える。それと、さ」


俺は少し照れくさくなってはにかんで言った。


「俺弱いからさ。たまに情けない姿見せるかもしれない。そんな時は、柚希。君にそばにいてほしい。隣に居てくれるだけでいいんだ。お願い」

「うん、もちろん。一緒にいるよ、約束」


そして数度うなずいて、互いの気持ちを確かめて。


「俺と、付き合ってください」


「はい、喜んで」


こうして、夏のよく晴れ渡った夜。


花火の下で、俺たちは。


告白されてしまった…


そして、OKしてしまった…


まだドキドキしてる。

気温が高いのもそうだけど、体のいたるところから汗がにじむのを感じ、においとか、シミとか、そういうことを考えてまた冷や汗が出てきてしまう。


「以上を持ちまして、本日の柿崎納涼花火大会を終了とさせていただきます。たくさんのご来場、誠にありがとうございました。どうぞお気を付けてお帰りくださいませ」


花火の打ち上げが終わったことを告げる合図を聞き、私たちは駅の方へ歩き出す。


浜辺の出口に近づくにつれて、人の量も増えていく。

左手には、売れ残りを回避しようと、必死に声を張り上げる出店のスタッフが並んでいる。


「人多いね~」

「うん…念のため、手。繋いでおこ」

「あっ、うん」


(たぶん、こういうところなんだろうなぁ…)


出店を流し目に見つつ、私たちは人流に乗ってのろのろと出口に向かっていく。


その間、私と彼の間に会話はなかった。

ちらりと横目に彼の顔を伺うと、少しだけ恥ずかしそうにしているのがわかった。


その様子をからかいたい欲望にもかられたが、私はその気持ちを胸にそっとしまって、ほんの少し、彼の手を握る右手の力を強くした。


「ふぃー。すごい人だったね」

「うん。でも大抵は新潟市内に帰っていく人っぽかったね」

「そだね~」


駅までの混雑はすさまじかったが、糸魚川方面の電車内は空いていた。

なので、ここまで来てしまえば2人で落ち着いて話せる、というわけだ。


私たちの最寄り駅に着くまで、二人で今日の感想やら、夏の思い出やらを話した。

広哉は今月下旬に写真部の部旅行があるとのこと。

行先は天橋立らしい。

(羨ましい…)


2人とも一通り夏休みの課題は終えていたから、この先は夏休みを十分に満喫できそうだ。


プシュー。


「ご乗車ありがとうございました。糸魚川駅に到着です。お忘れ物なさいませんようお気を付けください」


糸魚川駅に着いた電車のドアが開き、私たちはそろってホームに降り立った。

他の号車のドアからは、私のように浴衣を身にまとった人たちが数人降りている。


「今日はありがと、また遊びいこーね」

「あ、送ってくよ」

「いいの?ありがとう」

不意に彼が見せたやさしさに、私は胸が温かくなるのを感じた。


8月の、日が長くなった頃とは言えど、時刻はかなり遅い。


私たちは暗い夜道を並んで歩いた。


いつの日か、この空に浮かんでいる星の下を一人で歩いている時──


広哉のことを考えたことがあった。


おんなじ星の下に暮らしているんだ、なんてことを。


その彼は今、私の隣を歩いている。


それって、すっごく素敵なことなんじゃないか。

その”素敵”が、いつまでも続いてほしい。


ロマンチックな星空に、思いがけず感化された私は、車道側を歩く、大好きな彼の手を握った。


星に願いが届くことを願って。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ