第38話 膨らむつぼみ
8月半ば。
時刻は17時過ぎ。
俺は、JR柿崎駅前にいた。
普段はそこまで利用者数が多くないであろうこの小さな駅前には、俺の他にも多数の花火を見に来たであろう人があふれていた。
人流の中、ただ1人俺が立ち止まっているので、時折人にぶつかられる。
その度、軽く謝罪されるのだが、この場において邪魔なのは明らかに俺の方なので、申し訳なくなってくる。
最寄駅が同じであるというのに、わざわざ現地集合にしたのには、訳があった。
柚希の母親の知り合いが営む着物レンタル店が柏崎市内にあるそうで、今日柚希はそこに寄って着物を着てからこちらに向かうことになっていたのだ。
だから、俺とは乗る電車の方向が真逆なのだ。
というわけで、今日は現地集合。
もちろん帰りは家まで送り届けるつもりだが。
少しずつ夜に向かっていく夏の空を眺めていると、柏崎方面からやってくる電車が駅に近づいてきた。
おそらく柚希はあれに乗っている。
浴衣を着た状態で。
今になって考えてみれば、柚希は浴衣を着ているのに、俺はバリバリの私服。半袖短パンで来てしまった。
周りを見渡せば、甚平に身を包んだ男の人がたくさんいる。
そんな中、俺は私服。
花火デート初心者か!
というツッコミをしたそこのあなた、その通りです。
異性と花火を見るなど、人生で初めて。
初心者の極みである。
今更感しかないことを考えていると、電車から降りた人々が駅からぶわっと出てくる。
この中からなんとかして柚希を見つけださなくてはならない。
色とりどりの服をまとった人の波に目を凝らしていると黄色を基調とした浴衣に身を包んだ柚希の姿が目に飛び込んできた。
「あ!柚希!ここ!」
俺が手を振ると、彼女も俺の姿を認知したようで、早足でこちらに向かってくる。
「ごめんね!待たせちゃった」
「気にしないでいいよ、とりあえず行こっか」
申し訳なさそうにする柚希を連れ立って、俺は歩き出した。
とは言ったものの、めったに経験しないレベルの混雑で、人の波はなかなか前へ進んでくれない。
やっとの思いで砂浜まで出てきた時には、既に花火の打ち上げ開始時刻が10分後に迫っていた。
「どうしようか、もう時間ないし、屋台は後回しにする?」
「ん、そうしよ〜花火始まって空いてきたら行ってもいい?」
「あぁうん、それは全然いいよ」
(そんなに屋台行きたいんか…?)
旺盛な食欲を垣間見せた柚希に、可愛いなと思いつつ、俺は花火の打ち上げ開始を待った。
風が吹いて、会場にいるみんなの頬をなでた。
隣の柚希は、心地よさそうに目を細めている。
風に乗って、屋台の美味しそうな香りも漂う。
それと、優しくて、甘い香りも。
それは紛うことなく柚希のもの。
(俺、やっぱり好きだなぁ、柚希のこと)
好きなものを選んでいいよ、と言われ、私はいくつか浴衣を見ていた。
お母さんの友人が営む着物レンタル店。
自宅の何倍もの大きさのクローゼットに、色とりどりの浴衣が並んでいる。
大きな紫陽花が描かれたものや、綺麗な赤で染め上げられたもの──
その中で、特に目に止まったものがあった。
濃い黄色と淡い黄色が混ざり、大きなひまわりが描かれた浴衣だった。
「きれい…」
見た瞬間にそう呟いてしまうほどには、その浴衣は異彩を放っていた。
「綺麗でしょそれ〜。大人気な浴衣でね、今日ここに並んでるのラッキーだよ。気に入ったらそれにしたら?」
「そうだったんですね。じゃあ…これにしてみようかな」
「わかった、準備するね」
なかなかお目にかかれない浴衣とのことで、私は迷わず選んでしまった。
店員さんにあれよあれよという間に着付けられ、気づけば目の前の大きな鏡には、浴衣をまとった私がいた。
「わぁ…」
「似合ってるじゃん、彼氏くん惚れ直しちゃうね」
「かっ、彼氏!?違いますから!」
彼氏と出かける女子高生に見えたのだろうか、からかわれてしまった私は、顔を真っ赤にしながら否定する。
「ありがとうございました〜」
「うん。返却は明日以降3日以内にお願いね。それじゃ、楽しんでね」
「はい!」
店からあたたかく送り出された私は、高鳴る心を携えて、足を踏み出した。
「楽しみだね〜」
「マジで混んでると思うから、今のうちから手繋いでおこっか」
「絶対繋ぎたいだけじゃーん」
「ばれたか」
乗り込んだ車内で、あちこちからそんな会話が聞こえてくる。
おそらく乗客の半数以上は私と同じ花火大会に向かう人々。
同性の友達同士で来ている人もいれば、カップルもちらほら見受けられる。
(憧れちゃうな…)
密かにそんなことを思った。
それと同時に広哉の顔も浮かんで、慌てて窓の外に顔を向ける。
私だって、立派な女子高生。好きな人と付き合って、もっと長い時間一緒にいたい──そういうことにだって憧れを抱くものなのだ。
日に日に、広哉への思いは膨らんでいくばかり。
もし、彼も同じ気持ちで、同じように恋をしていたら。
そんな淡い期待を抱くと、胸の中にあたたかいものが広がるのを感じた。
けれども、正直自信はない。
彼からすれば、私は仲のいい友達の一人なのかもしれない。
今日の花火だって、単に友人と一緒に行く、という感覚なのかも。
私の心に、もやっとした、それでいてずっしりと重いものがぬうっと入ってくるのに比例するように、電車内の人も増えていく。
それぞれが、花火への期待を膨らませていく。




