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第35話 退院記念の勉強会!?

「はっ」

気づけば目の前には、白を基調としたつくりの部屋が広がっていた。

柚希の部屋、なのだろうが、そこに本人の姿はなくて。

トイレにでも行っているのかな、なんて考えて、俺は周りを見回す。


最小限のものしか置かれていない空間であったが、殺風景だなとは一切思わせず、無駄のない、言ってみれば洗練された空間だった。

そしてその空間に充満するのは、何とも表現しがたい甘い香り。

においのキツイ香水などの香りではなく、もっとなんていうかこう、優しくて、柔らかい、フローラルな香りだった。

別にクンクン嗅ぎまわったわけではないものの(そんなことすれば俺は社会からさようならだ)、自然な呼吸をする中で、俺の体の中にふっと入ってくるのだ。

そしてその香りは、どこか心地よいものだった。


ガチャ、と斜め後ろから音がして、そちらを見れば、お盆を抱えた柚希の姿。


「お待たせ~、いろいろ持ってきたよ」

「あ、ありがとう」

「ん?そんな緊張しなくていいのに」

「いや、なんか、すごい緊張する。その、女の子の部屋入るのだって、初めてだし…」

「そう、なんだ。変じゃない…?かな」

「いやいやそんな変だなんてとんでもない、なんていうか、整然としてて、うん、なんか、すごい、いい、と思う…」

「そ、そっか。よかった」


(やべぇ…!!!感想絶対変だったああああああマジで変なこと言ってしまった…消えたい…帰りたいよぉ…)


なぜか柚希が顔を赤らめており、俺たちの間に気まずい空気が流れる。


「それで…何しようか…」

「えっ、と…とりあえず、広哉君が買ってきてくれたケーキ、食べよっか」

「え、俺食べてもいいの?」

「うん。うちお母さんと二人だからさ。3つ買ってきてくれたじゃん」

「そうだったんだ、ごめん、なんか俺の分を買ったみたいになっちゃって…」

「ううん、そうじゃないっていうのはわかってるから、大丈夫。じゃ、食べよ」

柚希はそう言ったが、俺はさらっと彼女に打ち明けられた、父がいないことについてそこそこ驚いていた。


柚希に差し出されたフォークを受け取り、お盆に乗ったお皿の、俺に近い方を手に取る。


ついさっき買ったガトーショコラ。

ぶっちゃけ俺の好みで選んでしまったが、問題ないだろうか。

いただきまーす、と言ってフォークを口に運ぶ柚希を、俺は少しの不安を込めて見守る。


「ん、おいし」


そうこぼした彼女の顔は、本当に満足そうで何より。

続けて俺も口に運ぶ。


「うま」

「おいしいよね!買ってきてくれてありがと~」

「喜んでもらえて何よりです」


その後も柚希は、パクパクとガトーショコラを口に運んでいた。


いくらでも買ってあげたい…


そう思ってしまった…


ケーキを食べ終えた柚希は、本当に満足そうに後片付けを進めていた。


「いや~おいしかったよ、ありがとう」

「古賀さんに満足してもらえて何よりだよ」

俺は綺麗になった皿を柚希に手渡しながら答える。


「あ、そうだ。私広哉君のこと名前で呼ぶようにしたからさ…」

「ん?あ、えっ、俺も名前で呼べと…?」

見れば、柚希は少し顔を赤らめ、うつむきがちにうなずいていた。


(いやいやいやいや!え!?なんすかこの急なデレ展開!?)

第一なぜ彼女が俺を名前で呼び始めたのか、それすらもわからない状況だというのに、「私が名前呼びしてるんだからあなたも名前で呼んで」と言ってきているのだ。

俺の人生史上、類を見ない謎さである。


だがしかし、柚希もその謎さについては理解しているようで、自分から言ったというのにすごく恥ずかしそうにしている。

(まぁそれも可愛いけd)


以下略、というか自主規制。


そんな顔をしてお願いされて断るなど、あまりに無慈悲だと思ったので…


「じゃ、じゃあ…柚希…さん」


呼んでしまった。


いや呼んでしまった。


直後に赤面したのは言うまでもない。

柚希も同じように顔を伏せたまま、プルプル肩を震わせていた。

(いや恥ずかし!!泰正ならなんともなく呼べるのに、異性相手だとこんなに違うのか!?)

女子を名前で呼ぶなんて、人生でも片手で数えられるくらいしか経験がない俺に、これは心労がデカすぎる。


「ま、満足した…?」

「う、うん、ありがと。そ、それじゃ、片付けてきちゃうね~」

そう言って柚希は、皿とコップがまとめられたお盆を手にし、立ち上がろうとする──


ゴンッ


が、しかし、テーブルの天板に阻まれてしまった。

立ち上がろうとした柚希は、膝をテーブルにクリーンヒットしてしまったのだ。


「ちょっ、大丈夫?」

退院したばかりで、またケガをしてしまったり、治りかけの傷にダメージを負ってしまったりしては大変だと思い、俺はすぐさま駆け寄った。

「平気平気、もう治ってるから」

俺の心配をよそに、柚希はケロッとしていた。

そして再び立ち上がり(今度はぶつけることなく)、片付けてくるね、と言い残して部屋を出て行った。


思いのほか予後は良好らしい。

今も、すたすたと快活に歩いて行ったし、表情も明るいように感じた。


ほどなくして戻ってきた柚希は、流れるように俺の前に座り、俺の双眸を見つめてきた。


「それで、何しよっか」

「どうしようね、何かやりたいことある?柚希…さん」

「ふふっ、ぎこちないね~。柚希でいいよ」

「なにせ慣れないもので…善処します…」

「うむ、よかろう。それで、広哉君にはせっかく来てもらって悪いんだけどさ、うちには二人で遊べるようなものもないし、かといって何もせずに過ごすっていうのも違うし…勉強、教えてもらってもいい?久しぶりに」

「え?勉強?いいけど…それでいいの?」

「うん、私この1か月、ほぼ勉強時間ゼロだからさ、お願い!」

「俺は全く構わないから、柚希がそれでいいなら」

名前を呼ぶとき、少しだけ意識してしまったが、呼ばれた本人は気にしていない様子。


かくして、退院記念の(?)勉強会が始まったのである。


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