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第31話 Start of Summer

ガチャリ、と古びた扉につけられたドアノブをひねり、俺は部屋の中へ入る。

扉の上部につけられた「写真部」という表札はすっかり朽ちているが、かろうじてその文字は読むことができる。


「あぁ、南條君。すまないね、突然呼び出して」

「いえ、特に用事もなかったので…」

中に入るとすぐに真野先輩が声をかけてきて、彼は読んでいた雑誌を机に置いてこちらに顔を向ける。


「じゃあ早速なんだが…」

そう話し始めたと思うと、先輩はおもむろにホワイトボードに文字を書き出した。


部室は20畳くらいのスペースで、真ん中に長めの机、そしてそこに4つの椅子が置かれていて、先輩が座るのは左奥の席。

そこには壁に沿うようにホワイトボードが置かれているが、数年前に当時の部員が校内の倉庫から発掘したもので、綺麗とは言い難い。

だがまぁ、貴重な備品として今日も使わせてもらっている。


先輩の対角線に座る俺は、カバンを足元に滑らせつつ、ホワイトボード上を走る先輩の手に目をやる。


「今日呼んだのは、夏の旅行について話したいからなんだけど…場所と、日程と、それから予算。この3本柱はまず決めてしまいたいね。どこを巡るかは順を追って考えればいいと思ってるから」

トン、トン、トン、とホワイトボードを指で指し示しつつ話す先輩は、どことなく真面目な雰囲気。


と、思ったのに…

「どこ行きたいとかあるー?ぶっちゃけ僕はどこでもいいんだよねー。先生も僕らに任せてくれてるし、テキトーに行きたい場所挙げていこうか」

突如として間延びした話し方になり、内容も雑なものになる。先輩には、そういうところがあるのだ。

(まぁそういう部分がこの部活でのやりやすさを演出してる側面もあるんだがな…)


「夏ですもんね、冬だったら雪山で~みたいなことになるんでしょうけど…去年はどこに行ったんですか?」

「あぁ、去年はね…」

そう、俺は写真部の旅行に参加するのは今回が初めて。

これまでは個人での活動が主、というかそれしかなかったので、俺より1年分経験のある先輩に聞くのが得策だと考えた。


「あぁ、あった。ほら、去年は仙台に行ってきたよ。松島に行ったんだけどさあ、まさかの当日は曇りで。まぁ景色がいいとは言えなかったね」

「そうだったんですか、あれ、写真部って冬にも旅行行くんでしたっけ」

「まぁ例年はね。去年の冬休みの時にはすでに3年生が卒部してて。さすがに僕にはぼっちで部旅行に行く気力はなかったから、行かなかったよ」

「なるほど…」


先輩の言葉の端端からにじみ出る寂しさを感じつつ、俺は部室内を見回す。対外的に華やかな印象がある部活とは、とてもではないが言えないので、部員は現在俺と先輩の二人。

もう少し増えてもいいんじゃないか、とは常々思っているが、撮影スポットに大勢で押しかけてもそれはそれで迷惑だろうし、部員数が増えても個人での活動がメインなのは変わらないだろう。

とはいえ、今は目の前の話題に集中しなくては。


「ん-じゃあ、日本三景繋がりで、天橋立とか行きませんか?」

「お、いいんじゃな~い?」

言いながら、先輩は再びホワイトボードに向き直って文字を書く。

線が細く、整っている先輩の字は、彼そのものを象徴するようだった。


自分で提案しておきながら、天橋立についてはあまり知らず、ここ新潟からどのくらい時間がかかるのかも知らなかった俺は、先輩に疑問を呈した。


「日帰りでも行けるんですかね」

「新幹線を使えば行けるんじゃないかな。ほら、部費があるから、先生を入れても3人分の往復運賃くらいは払えると思うよ」

「日帰りの方が安上がりですもんね」

「そうなんだよね~。それじゃ、日帰りで天橋立に行く方向で検討を進めようか」

「了解です」


そうして俺たちは、具体的な旅行の内容について話し合い始めた。


話し合いの結果、部旅行は8月の上旬に行い、6時台に糸魚川駅を出発する新幹線に乗り、天橋立に向かうことになった。

少々出発が早すぎないかとは思ったものの、調べたところ、糸魚川から天橋立までは6時間弱かかるらしく、6時台に出発しても向こうに到着するのは昼過ぎ。

(地図上では割と近いように感じてたんだがなぁ…)


日時も決まり、日帰りということでホテルの手配も必要がない。だから学校側に提出、および保護者あてに配布する文書は簡素なものとなる。

そういうわけで、真野先輩にあとは任せていいと言われ、俺は部室を後にした。


真野先輩は、不思議ちゃんキャラのようなところはあれど、仕事に関してはよくできる。

去年の文化祭では1年生にして会計係を担い、見事にその重責を果たしたとかいう話を聞いた。


来年、彼が卒業した後には俺が部を引っ張ることになる。

さすがにそのころに、写真部が大規模な部活になっているとは考えにくいが、やはり自分がしっかりしていなければな、と身が引き締まる思いだった。


だがまぁ、期末試験からも解放された今、俺を縛るものはないに等しいので。

その日から俺は、ひたすらに好きなことをして過ごす日々を送り始めたのでした。


ゲームをして、好きな時にふらっとどこかへ写真を撮りに行く。

そしてたまに柚希のお見舞いへ。


途中、期末試験の答案返却があり、”おおむね”前回と同じくらいの成績を収めることができていた。

まぁ、頑張った方だろう。うん。


柚希にそれとなくテストについて尋ねられた時に俺の大体の点数について話したら、感嘆するどころか、恐怖すら覚えたのか、もはや引いている様子であった。


今回のテストは柚希は受けていないものの、前回の定期考査、つまり1学期の中間考査は保健室で受験したそうだ。


そんなこんなで10日ほどがあっという間に過ぎ去り…


「えー、本日から夏休みとなりますが、3年生は受験の天王山と言われまして…」

俺たちは終業式にて、校長先生の大変ありがたいお話を頂戴していた。

体育館というサウナに、全校生徒を押し込めて式典を行うのは流石に酷だと判断されたらしく、各教室でのオンライン終業式となっていた。


プロジェクターによって小さなスクリーンに映し出された校長先生の顔は光の反射でよく見えないが、一応冷房が付いている部屋で、椅子に座って話を聞けるし、生徒の負担はかなり減ったように思う。


「以上で、本年度第一学期、終業式を終わります」


機械に通された声が教室内に響くと、担任が少しばかり操作をして、式典は終了となった。

「はいお疲れ様です。まぁさっきも言いましたが、高校1年の夏休みは宿題やったら、もう思いっきり遊んで、部活に精を出す。これで十分だと思ってます。本当に。2年後の今とか遊びのこととか考えられませんからね?とにかく、楽しい夏にしてください。はい、それじゃ、さよならー!」

明るい声で解散が告げられると、いよいよ教室内の高揚感は最高潮に達する。


この後さっそく遊びに行く者、部活の開始時間まで時間をつぶすという者、補習の呼び出しを食らっている者などなど…

それぞれの夏が、たった今始まったのだ。


そして、それは俺も例外ではなく──


今日は柚希が退院する日。

彼女に日常が戻ってくる日。

俺の日常に、夏に、彼女が仲間入りする日だ。


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