第29話 再会
「古賀さん!」
俺は病室の引き戸を開け放つと同時にそう叫んだ。
ここが病院だということも忘れてしまっていた。
偶然にも、柚希の病室が個室だったことが救いだった。
「な、南條君…」
病院特有の、可動式ベッドに横たわる柚希。
彼女の頭には、ニット帽のような包帯が巻かれている。
その絵面だけでかなり痛々しい。
ベッドの傾斜によって起こされた上体をさらにこちらに乗り出すようにして、こちらに視線を送ってくる。
そばの椅子には、柚希の母親である天音さんの姿があったものの、俺は気にせずにベッドのもとへ駆け寄り、柚希の手に自らの手を重ねた。
「えっ、あ、ちょっ…」
目に見えて困惑する柚希だったが、無理に俺の手を振り払うそぶりも見せず、再会の喜びを全身で感じ、表す俺を、ただ黙って見つめていた。
柚希の右手には、痛々しいガーゼが貼られていて。
それを見た俺は、自らの左手を慌てて離す。
「ご、ごめん!痛くなかった…?」
「う、うん、平気…」
「嬉しくて…つい…今体調は大丈夫なの?」
「うん、おかげさまで。聞いたよ、毎日のようにお見舞い来てくれたんだって?」
天音さんの方へ目をやりながら、少し恥ずかしそうに言う柚希を見て、俺も自分の頬がかすかに紅潮するのを感じた。
「今日も来てくれて、本当にうれしい。本当にありがとう、南條君」
「あっと…いえ、僕が来たいと思って来たまでです」
天音さんに直接礼を言われ、気恥ずかしさを抱えながら返事をすると、天音さんは上機嫌そうに笑いながら言った。
「ふふっ、じゃあ私はいったん家に戻るわ。また夜来るからね、柚希」
「え、うん、わかった」
それじゃ、と言い残して、あっという間に天音さんは病室から出て行ってしまった。
(き、気まずい…)
おそらく、俺と柚希はこの瞬間に関しては、思考を完全に一致させたことだろう。
いきなりこの密室に2人きりにされた今、二人には気まずいという感情しかわいてこないのだ。
「寝てる間、辛かった…?」
しばしの沈黙の後、俺は意を決して切り出した。
「ううん、正直、記憶があいまいというか。ずっと夢を見てる感じだった。だからこそ、先が見えない不安とか、今どうなってるんだろうって、怖かった。だから今、すごく…すっごく安心してる」
「…そっか。怖かった、か…」
やはり、死を目の前にすると、人間は本能的に恐怖を感じるようだ。
だが、それは本人だけでなく、周囲の人間も恐怖の底へといざなう。
「俺も、怖かった」
ハッとした様子で、柚希は俺の目を見つめる。
「このまま、ずっと古賀さんが目を覚まさなかったら。もし目を覚ましても、後遺症が残ったり、最悪、俺との記憶が…なくなっちゃったりしたら…って思うと、俺、すごい怖くて…っっ」
こらえきれずに泣き出す俺を見て、柚希はその大きな目を、一層大きく見開く。
「でもよかった、本当に。今日こうして話せて…本当に…」
「ごめん、心配かけて。本当にごめんなさい」
申し訳なさ以外の感情のすべてを置いてきたかのように謝る柚希に対し、俺は首を横に振る。
「古賀さんだけの責任じゃないよ、俺がもっと…君に寄り添えていたら…こんなことにはならなかった。古賀さんに何があって、今みたいに保健室で過ごすようになったか、それを知っていれば、接し方も、未来も変えられたっていうのに…」
「聞いたの?私が高校に入学してからのこと」
「うん、白本さんから」
「あぁ、日菜が…南條君に話したら、重荷になっちゃうんじゃないかって、すごい不安で…だから、言えなかったんだと思う」
「それはしょうがないことだと思うよ。誰かに相談するのって、すごい勇気がいることだし、俺も悩み事を人に話すのはあんまり得意じゃないから」
俺は極力、優しい言葉をかけるようにした。
柚希に、柚希の心に寄り添うように。
「でもこれからはさ、いつでも、どんなことでも相談してよ。俺にできることなら何でもする…なんて言葉は軽々しく言えないのかもしれないけどさ、古賀さんの人生、古賀さんだけで生きていかなきゃいけないわけじゃないから」
「っ…」
なかなかに恥ずかしいことを言ってしまったかもしれないということに、俺は言い終わってから気が付いた。
すぐに茶化そうとした。
だが、柚希の顔を見ると憚られた。
彼女は、泣いていた。
だが、彼女の顔が悲しみに満ちていたというわけではなかった。
安堵と、少しばかりの嬉しさを混ぜたような表情。
画になるな、なんてことを考えてしまう。
それほどまでに、彼女は美しかった。
俺はまた、柚希の手を握った。
ガラス細工を、大事に包み込むように。
「ありがとう、南條君。お母さんの次にこの病室に来てくれたのが、君でよかったよ」
「そ、そんな。ただ来ただけだし…」
「それでいいんだ、私にとっては」
「え?」
「南條君がそばにいてくれるだけで、いいの。」
そうか、そうだったよな。
理子も言っていた。
そばにいてあげろと。ただそれだけだと。
俺は再び潤み始めた瞳で、柚希の双眸をまっすぐに見つめた。
2人でたくさん泣いた。
でも、同じくらい笑ったかもしれない。
『南條君がそばにいてくれるだけでいい』
そう言ってもらえて、俺は嬉しかったのもあるが、何より安心できた。
だからあの後は、お互いに笑顔で、今までのこと、そしてこれからやってみたいことを話せた。
柚希はすごく楽しそうに話していたが、それ以上に俺の話をじっくりと聞いてくれていた。
だから俺も、自分の思っていることを気兼ねなく口にできた。
天音さんが、柚希のための荷物を持って再び病室に戻ってくるまで、話し続けた。
天音さんが戻ってくる頃には、外はもうすっかり暗くなって、今日はもう帰った方がいいよと言われてしまったので、仕方なく帰路に就くのであった。




